幼馴染の日常 二月某日──────
すっきりと晴れた日和にも関わらず、森の奥の小屋に篭って書物を読む魔法使いがひとり。
そこへ、トントンと扉を叩いて訪れた魔法使いがもうひとり。
「シノ、いる?」
「どうしたヒース、こんな所まで」
「レモンパイが焼けたから呼びに。焼き立ての方がいいかなと思って」
「奥様のレモンパイか! やった!」
レモンパイというワードを聞くやいなや、腰掛けていたベッドから勢いよく立ち上がったシノに微笑みを零しながらも、シノを小屋の中に閉じ込める理由となった物がヒースクリフは気になるようだ。
「シノがここでじっとしてるなんて珍しいね、読書?」
「ああ、これか? ヒースについて書かれた書物を沢山手に入れたからな。立派な従者たるもの、主君のことはしっかり知っておかないと」
「えっ俺について!? ど、どこで?」
「今朝、城下町に行ったら祭りが開かれてたぞ。女の子達がいっぱいいてキャーキャー言われた」
ふふんと得意気なシノはいつものことだ、というように特に気にせずヒースクリフは話を続ける。
「お祭りの予定なんてあったかな?」
「みんな前々から楽しみにしてたみたいだ。目が血走ってるやつや、手が震えてるやつもいたな。楽しみすぎて夜眠れなかったのかもしれない」
「えっ、それは心配だね……今夜はゆっくり休めるといいんだけど。ちなみに、その本にはどんなことが書いてあるの……?」
恐る恐る問うヒースクリフの不安定な声を、明瞭快活な声がすくい上げた。
「どの本のヒースも格好良くて可愛い! オレのことも優秀な従者として書かれてる。ブランシェットの民はみんな見る目があるな」
「そっか、良かった」
「例えば、この本のヒースは、全体を見て指揮を取りながら、個々への配慮も欠かさない。優しくて頭がいい!」
「そう……」
「なんだ? 自分から聞いたくせに、退屈か? こっちの本もすごいぞ」
「も、もういいよ! ストップストップ!」
シノのテンションと反比例して、ヒースクリフの顔が曇ってゆく。
「でも十八歳以上じゃないと読ませてくれない書物もいっぱいあった。次は一緒に行こう。そうしたら手に入る」
「そう、だね。領民の声はちゃんと聞きたいし……うん、次は俺も行きたいな」
「さすが次期当主様だ! かっこいいな」
「やめろよ。ほら、早く行くぞ! 母上が待って……」
チュッと小気味の良い音が、穏やかに流れる空気を震わせた。
「シ、シノ〜〜!?」
「やっぱり目の前のヒースが一番だな」
予備動作もなく唐突にヒースクリフの唇を奪ったシノは、十八番の表情でふふんと笑い、殺し文句を捧げた。
顔を赤くした主君を眼に納め、レモンパイが待つ城へ向けて軽やかに歩を進める。
ところが、ヒースクリフも負けじと、半ば強引にシノの腕を引き、バランスを崩したシノを抱きとめると、首元をじぅ、と吸い上げ花を咲かせた。
「つ、……なんだよどうした」
「なんでもない!」
「なんでもなくないだろ!」
「なんでもなくなくない!」
「いいや、なんでもなくなくなくない!」
そんな二月某日昼下がり。次回即売会への坊ちゃん方のご来場、城下町一同、心よりお待ち申し上げておりません!