Persona Doffy それは、偶然の出来事で。
普段は利用しない山にまで足を運んだのは、食糧調達の問題であった。最近、よく利用していた山が魔物に荒らされてしまって、野生動物がめっきり、減ってしまったのだ。
よって、新たな狩場を見つけるために、遠くまで足を運び、そこで猟銃を使って鹿を狩った。大雨の中でも決行したのは、逆に魔物にとっても不利である環境だと予想したからだ。そこで内臓の処理を終わらせ、ソリに乗せて運んでいる最中。大雨でぬかるんだ地盤のせいで、足を踏み外し。ゴロゴロと転がって落ちた先で。全身を強打した挙句、足を捻挫して動けなくなった。
降り続ける雨に、駆け抜ける痛みに、畜生と毒づいた。陽が落ちていくにつれて、さらに視界が悪くなっていく。このまま、万が一。魔物にでも見つかってしまったなら。最悪だ。どうにかずぶ濡れの視界の中、対魔物用の銃弾は猟銃に込めて、準備をしていく。この視界の悪さでどこまで抵抗が出来るのかは分からないが、いざという時はやるしかない。周囲の気配に敏感になりながら、上半身を起き上がらせて、銃を両手で持ち、待機する。が、雨で奪われる体力が想像以上に負荷をかけてくる。顔を上げていられず、少し俯いていると。
「こんな所で濡れ鼠になって何してる」
突然、声が聞こえた。瞠目する。気配を全く感じなかった。しかし、魔物の気配ではない。聞こえてきたのは、人間の男の声だ。
顔を正面に向けると、真っ黒いフードをすっぽりと被っている様子が見えた。そのおかげで顔は全く見えない。
「……誰だてめェ」
「その情報、今必要か?」
フッフッフ!と独特な笑い声がこの雨の中、響いた。癪に触る。少々イラっとしたが、そんな感情を抱いている場合ではない。得体の知れない男が目の前にいるのだ。この悪天候の中、この森にいる時点で、ただの人ではない。敵意は感じないが、念のため、銃口を向ける。
「おいおい! 随分と物騒だな」
「警戒するに決まってるだろ」
「大方、この雨で泥濘んだ地面のせいで、上から落ちて足捻って動けないってトコだろ?」
馬鹿にするように、人差し指を上に向けて。男は笑う。その様にチッと舌打ちをした。どうやら、見られていたらしい。
「困ってんなら助けてやるぞ?」
「……見返りはなんだ」
こんな状況だ。ただの善意なわけがない。そう踏んで、ため息を吐きながらその良ように吐き捨てると。
「───もう貰ってるからいい」
言いながら、男は。目の前に、先ほど狩りをした鹿の乗ったソリを引きずってきた。俺は驚いた。
「これ、あんたの獲物だろ? ありがたくいただくぜ?」
なるほど。すでに等価交換はなされているようだ。
どちらにせよ、誰かの手を借りたほう良い状況であることは分かっていた。完全に警戒を解くことはせずに、俺は立ち上がるために男の手を取ることにする。その時、一陣の風が駆け抜けた。地面に落ちた雨すらも巻き上げる風に、二人して腕で顔を守ると。男のフードが脱げた。
その下から出てきた「モノ」に、俺はさらに驚かされる。
「……なんだ、その革紐は」
男のちょうど両目を隠すように、まるで首輪のような形状の、太い革紐が男の顔を一周覆っていた。これでは全く、視界が見えないはずだ。不便なことのこの上ない。
「こうすりゃ、俺がお前の顔を見なくて済むだろ?」
「……どういうことだ」
「俺が死ぬんだよ」
そこでようやく、男の声色が変化した。
「他人の顔を見ると死ぬ呪いがかかってる。これが、俺が命を守る最良の手段だ」
まるで、無邪気に。それが、この世の摂理とでも言わんばかりに、さも当たり前のように。男は言ってきたのだ。