The nearest fixed star「星が綺麗ですね」
社交場の喧騒から離れた、静寂のバルコニーにて。夜空を讃えるヴィオラの呟きに、隣の男は分かりやすく肩を強張らせた。
ギギギ、と軋む音が聞こえてきそうな程ぎこちなく彼女へ振り向き、
「……それは……お前の方が綺麗だ、とか言った方がいいやつか……?」
ムードもへったくれもない返答をした。
「花火じゃないんですから」
「そ、うか……」
流石は交際経験に乏しい副団長さまである。ヴィオラは苦笑を溢した。部下の戯言なんて、適当に受け流せばいいのに。
「いや、その……建前では、ないんだが……」
難しいな、と副団長は困ったように頭を掻く。
意表を突かれ、ヴィオラは目を瞬かせた。
「──勿体無いお言葉です」
胸に手を当てて、一礼。
綺麗というなら、会場内の女性たちの方が余程華々しく煌びやかだろうに。ドレスでもなければスカートですらない、闇に融け込みそうな自身の格好を見つめながら、ヴィオラは内心首を傾げた。
──わたしは星じゃない。
良家のご令嬢が苦手な副団長のために、ヴィオラはフィアンセ役を請け負っている。ベストにスラックスという男装と見紛う装いだが、その方が却って気が楽だ、むしろそうしてくれと頼まれたのだ。ヴィオラ自身も女性らしい格好は恥ずかしかったので、丁度良かった。
とはいえ普段なら絶対に引き受けないのだが──取引材料に手合わせを持ち出されてしまっては、断る理由が無かったのである。
壮麗な剣技と名高い副団長との一騎打ち。傍目では理解に及ばぬ体さばきを、この身を以て知るのだ──ああ、考えるだけでドキドキする。
ワルツのステップより、剣術の足運び。
菫青石の首飾りより、研ぎ澄ました刃。
守られるレディより、守る騎士。
かつて戦災孤児であったヴィオラに、あまり少女趣味はない。だから、星より綺麗なはずがない。
──星より綺羅めくどころか、濡羽色の翳り、なのに。
「ヴィオラ」
副団長に名前を呼ばれて、顔を上げた。
「先程の問いの……上手い返しを、考えていたんだが」
──え、未だに……!?
否、彼は負けず嫌いであった。チェスは絶対に勝ち越すし、団員からの飲み比べの挑発に乗っては翌朝吐いている。妙な所で生真面目さを出すのは、副団長らしいが。
「……思い浮かびました?」
「ああ。俺が太陽でありたい、と思う」
「太陽……ですか?」
「ここで言う……星、というのは全て恒星だろう。自力で光る天体で、一番近い“星”は太陽だ」
「……太陽は沈むじゃないですか」
「それを言うなら月も星も沈むだろう。そもそも沈んでも関係ない」
彼はヴィオラを見据える。
「──俺はずっと、お前の一番傍で輝いている。見えない時は背中を預かっている」
夜の帳が下りていても、その瞳は燦めく。
まさに陽だまりのような温情だ、と思った。
──ああ。部下の戯言なんて、適当に受け流せばいいのに。
ヴィオラは微笑んだ。
「……星が綺麗ですね」
「俺が太陽でありたいものだ」