不安と緊張が入り交じる空気感に慣れていないわけではない。これまでも負けられない戦いを繰り返し、生きてきたのだからある程度の事では心は揺るがない。
ただケンの吐息や触れる手から感じる自分以外の感情が伝わる瞬間だけはどう受け取っていいのか未だに良くわかっていない。
嫌だと思う事はないけれど、リュウにとってそういった経験は少ないと言っても過言では無いから。
一緒に寝るのとは違う事をする、というのを幼少期に教えられてからはそういうものなのだという理解はしていた。その時は動揺しながらいつもとは違うケンの表情に戸惑い、怖さを覚えてしまって涙を溢してしまった恥ずかしい過去もある。
本当はケンが怖かったんじゃない、知らない事を知るのが怖かったのだろう。
今になって分かる事も多いが、知らぬ事も日々増えて行く。
こうして考え事をしている間もケンは胸元で何やら動いている。さらりとした髪がくすぐったくて声を上げると、動きを止めてヒゲの生えた顎を乗せてきた。
「なぁんだよ、リュウ?」
「…いや…楽しそうだな、と」
「そりゃ、まぁ」
「いつまでしているんだ?」
鼻を軽く摘むとケンが目を細めていて、と小さく呟いた。そのまま目元を軽く撫でて髪に指を差し込みながら撫でると大きな犬が懐くように頬を擦り寄せて、機嫌が良さげに笑っていた。
「たまにはいいだろ?」
「…あぁ、そうだな」
「お前がこうしてゆっくりだらしなーく寝転がってるのってあんまりないからさ…。」
だらしないと言う言葉に眉をひそめて、リュウが体を起こそうとするが分厚い手が胸元を抑えて阻止されてしまった。
謝りながら目元や口元にちゅ、ちゅっと音を立てながら唇を押し当てられて身を捩った。
「な、たまにはずっと寝てても良いだろ?また手合わせもしたいけど…お前とこうしてるのも悪くないと思ってるんだ。」
「……それは…構わない…が」
…ベッドに居てケンがキス以上の事の事をしてこないことに少しだけ違和感があって落ち着かない。まるで期待をしているような自分に気が付いて言葉に詰まってしまった。
別にいつもそうして来たわけではないのだからと思いながらケンから目を逸らしてふと目を瞑る。もういっそこのまま寝てしまって、起きたら朝になっている…なんて事になればいい。どうもおかしい、今日はなんだか変な感じだ。
(…疲れている?)
あまり感じた事はないが久々の手合わせで疲れ切っているのかも知れない。そう思うと、納得がいくなと顰め気味だった眉が緩んだ。
「あ、おい…ほんとに寝るのかよ」
──寝るも何も言い出したのはそっちだ。
リュウの頭が徐々にぼんやりとして意識がとろりと溶けていく。もう言葉を発したかどうかも分からなくなっていた。
ケンが何やら話しているようだがリュウの目が開くことはなかった。
「…………マジかよ…。」
「…」
「おい、おいってば、リュウ!」
「……。」
健やかな寝息とともに穏やかな表情のリュウを見て肩を落とした。本当に寝るやつがあるか、と鼻をピンッと指で弾いたが特に何も反応は無い。
「ちょっと、引っ張り過ぎたかな…。」
本当はのんびりいちゃついてからリュウを抱きたかったのに。
そんな愚痴にもならない言葉を頭の中で思い浮かべながらお預けを食らったケンは、大人しくリュウの隣にのそべりながら呆れた様に笑った。