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    800字朝菊 5日目

     電車に乗り、空いている座席を見つけ周囲を「誰も座らないよね?」と見渡してから、そうっと座った。休日とはいえ帰宅ラッシュの夕方の電車はほどよく混んでおり、座席は埋まりつつあり立つ乗客の姿も見える。座ったと同時に、スマホを取り出した。これはもう、条件反射のようなもので、顔認証のスマホロックを外すとすぐにSNSフォルダに触れる。その中にある、紫だか赤だかよく分からないアイコンをタップするとインスタグラムが開かれ、適当に画面をスライドさせて投稿を見る。アカウントに鍵をかけた友人の一人が花屋に併設されたカフェに行った写真を載せており、次は彼氏と出かけた友人が浜辺で両手を空に向けていた。恋人と思しき男の手がぬっと画面の至近距離でピースサインを作るのが、実にわざとらしい。いいなあ、みんな充実しているな、と適当に「いいね」を付けながら見て回った。
     では、私はどうなのか、というと先週彼氏と別れた。交際前は好印象だった点も付き合ってみると「なんか痛くない?」と思うことが増え、惰性で繰り返したデートの一つで別れを切り出したのは私の方だ。なんだかなあ、とインスタグラムを見続けながら、電車に揺られる。ガタン、と大きな音を出し、車両は小さな川を渡す橋に差し掛かった。
     隣に座る男性が「夕食って」と話し出す。先ほどまでずっと黙っていたので、突然の声に聴覚が反応し、スマホを見ながらも耳はその男性に向いていた。「どうしますか、買って帰る? 作る?」
    「あー、疲れたから適当に買って帰ろうぜ。酒も」
    「いいですね。チャミスルが飲みたい。チヂミって売ってるかな」
    「この前さ、コーンチーズチヂミが売ってた。ミルクソースで食べるらしい。スイーツなのかおかずなのか」
     座る男性は黒髪で、どうやら前方の吊り輪を掴んでいるもう一人の男性と話している。顔を動かさず横目でちらちらと確認するところによると、表情は整ってすっきりとし、相当格好がいい。落ち着いた声色も高得点! と私は嬉しくなる。
     その、甘いチヂミは最近の流行りだ。丁度手元のインスタグラムでも甘い韓国食が表れ、それは甘いチーズハットグなのだが「これです、これこれ。それ美味しいから食べた方がいいですよ」と言い出したくもなる。が、私は未成年なので酒が飲めない。つまり、コーンチーズチヂミがチャミスルと合うかどうかは定かではない。
     恐らく二人で出かけたのであろう男性たちは、このあと夕飯も一緒なのか。仲がいいなあと思いつつ、ちらりと前を見ると立っている男の人は金色の髪をした外国人だった。え、と驚きたくなるほど端正な顔立ちで、思えば何かのいい匂いが彼からはしていた。
     しばらくは、彼らのとりとめのない会話が続く。書き出すほど大したことはなく、「あの教授の講義は眠たくなる」だとか「カラオケの一曲目の最適な選曲をここで決めよう」だとか、有意義とも言えなくもないものを聞きながらスマホを弄っていると、一瞬会話が止まった。
     あれ、と私は手元を止めて彼らを伺う。すると、金髪の男が手をちょいちょい、と黒髪の男に向けた。「こっちを見て」のジェスチャーに思える。次に、声を出さず口をゆっくりと動かす。リップシンクだ。
    「あ」
     あ?
    「い し て る」
     あ、いしてる。愛してる。え? と私はぽかんとした表情で、隠すこともなく彼らを見ていたと思う。が、二人の世界を築き上げる彼らには見えていないらしく、告げられた黒髪の男性はじっと金髪を見つめ、それから小さく笑った。ささやかな笑い声が心地よく耳に届く。
     その一瞬で、私の頭は年齢や性別を超えた愛の形をまじまじと描く。恐らくインスタグラムで気軽に写真に載せられないほど、彼らの世界は複雑で繊細だ。なのだろうが、気付かれる前にとにかくスマホにまた顔を伏せながら、いいなあ、充実しているなあとありきたりな思いを抱く。
     新しい恋人を作ろう。そう誓って、電車は次の駅に到着した。私の最寄り駅だ。さっと立ち上がり、金髪の男性が微笑む横をすり抜ける。お幸せに、とおせっかいにもそう思う。
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    gmksk

    MOURNINGクリスマスイベント用の漫画を小説にしました。言い訳でございます。どっちが得意とかそういうのより、私は絵を描けないということがはっきりしました。イベントはとても楽しかったしみなさんの朝菊は最高にエモかったです。
     小説すら、間に合わない。もういい、適当に書こう。アーサー・カークランドはその日、なんやかんやあってファストフード店に入った。クリスマス限定アルバイトとしてさんざんホールケーキを売り、着ぐるみを着用しアーケードの通行人にキャンペーングッズを配り、時折上司にあたる製菓店員に叱られながら、なんとか終業を迎えたころだ。クリスマスイブに当たる二十四日である今日は、どこも飲食店には客がひしめき合い、行列は店の外まで飛び出している。
     一緒にアルバイトをこなしていた、本田菊はとある店を指さした。「あそこなら、空いてるんじゃないんですか」と物静かな視線が店の明かりに向かう。そこが、ファストフード店だ。牛丼と呼ばれるこの国の人気料理を取り扱う店で、明らかに一人客が多く、やはり普段よりは混雑しているものの、滞在時間が短く回転が速い。よし、ここで、とどこでもいいから休みたい学生の二人は、慌てて店内へと入った。
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    gmksk

    TRAINING朝菊 13 妖精さん
     今朝、見つけた四つ葉のクローバーを頭に乗せると、彼は黒くて丸い瞳をきらめかせてわたしを見た。滑らかな黒髪の上にあるクローバーは今にも滑り落ちそうで、羽根を使って宙に浮き、茎を必死に両手で押さえる。「ああ」と優し気な声がして、瞳の縁から放射線状に生えた繊細なまつ毛が揺れた。
    「これ、頭に乗せるとあなた方を拝見できるのですか?」
    「そういうこと。ちょっと、ニホン。これ持っててちょうだい。離れたら見えなくなるのよ」
    「では、私に何か用でもあるのでしょうか」
     あるわ、と自分の口から言葉が飛び出したものの、その尖った響きに我ながらびっくりする。想像以上に、わたしはこの男に嫉妬心を抱いているらしい。
     日本がロンドンへとやってきたのは、昨晩のことだ。イギリスは今日どうしても外せない用事があって、早朝、庭にやってきてわたし達に挨拶と優しいキスを送ったあと、そのまま出かけてしまった。「じゃあニホンは一人で家の中にいるのね」と、わたしはそのままマナーハウス近くに流れる小さな川に行く。小一時間ほど飛び回り、探し出したクローバーを、ブランチを食べるためにテラスへとやってきた日本の頭に乗せた。よく知られてはいることだが、わたし達ピクシー妖精は人間の目には見えない。――イギリスとはしっかりと目が合い、彼はわたし達をひとしく認めてひとしく愛してくれるのだけど、「国の化身だから」という理由ではないらしい。日本には、数百年も前からずっとわたし達の姿は見えなかった。
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    gmksk

    TRAININGほぼ日朝菊 12
     果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることがある。数百年ほど拗らせた恋人との付き合いも、突然我に返ることがある。「今一緒にいなくても、まだまだこの先はずっと続く。別に、必死にならなくても良いのではないか」と思うものの、結局は彼をここに呼び寄せ、短い休暇を共に過ごしているのだからいよいよ自分が分からない。ぼうっとしながら、昨晩遅くまで起きていたために未だ布団に体を横たえている国の化身を想像した。手元には冷えて硬くなった鶏肉がある。醤油ベースのタレが付いており、ところどころ黒い焦げ跡が見えるので「炭火焼き」は実際本当なのだろう。
     昨日の夜、仕事終わりにコンビニへと立ち寄った。その日、イギリスがやってくることをすっかり忘れていたために、自分だけの夕食に缶ビールとカップに入ったサラダ、レジ横のスナックケースから焼き鳥を購入し、帰路を辿っている。しばらく住宅街を歩き、着いた自宅には明かりが点いていた。アポイントなく訪れる大国の化身を想像したり、もしかすると先ほど別れた部下がなぜだか日本宅へと先回りしており、「あ、日本さん」とこちらを見る姿を思い浮かべた。引き戸を開くと途端に辺りの寒々しい風が遮断され、遠くの方にオレンジ色の光が見える。沓脱に目をやると、見慣れた革靴がきちんと揃えて置かれていた。「あっ」
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