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    ほさとさんお誕生日おめでとうございます🌸

    10 Apr. 2022 その年は記録的な暖冬だった。この国の二月は冬を極めるのが常だというのに、妙に暖かくて過ごしやすく、彼の誕生日ですらコートをしまおうかと話したほどだ。二人で暮らすリビングの窓際、俺が淹れた紅茶を飲みながら景色を見つめ「今年は冬が短かった」と、のんびり話す菊の表情は実に穏やかで、ああ、春がもうすぐやってくるのだな、とそう感じた。
     三月の下旬には草木が芽吹き、実際に桜も咲いたのだろうが、新年度に向けて慌ただしくしているうちに、なぜか冬が舞い戻ってきた。慌ててしまい込んだダウンコートを引っ張り出し、早くに咲いた満開の桜には雪が積もる。早く咲きすぎた桜、季節外れの雪。冷たい風が吹きすさび、道や山裾に生えていた木々を揺らして、黒々とした枝の先にこんもりと付けていたポップコーンじみた桜はすべて散り落ちてしまった。
     三月は学生の身分である俺たちにとって、やることが多すぎる。試練ばかりがやってくる。四月はこの家の更新月であるし、院生生活を送る彼も留学生活を送る俺も忙しい。そうして狂った春を過ごしている晩に、同居人が――菊が「そういえば」と言い出した。
    「お花見やってない気がしますね」
     毎年、花が咲き暖かくなると、この国の人は外に出て食事をし酒を飲み、楽しく騒ぐ。菊も例にもれずそうした文化を大切にし、研究室のメンバーや俺と花見をした記憶がある。俺にとって花見とは当然、思いを寄せる相手と出かけるチャンスであり、あたりを淡い桃色に染める満開の桜に囲まれた幻想的な雰囲気の中で、見るものといえば、この年上のくたびれた黒髪の男しかいないために、眺めた桜の色や匂いなど覚えているはずもない。
    「ああ。そういえば、今年は何も見ていない」
    「というより、記憶がありません。忙しくて」
     留学したてのころ住んでいたマンションの契約更新と、同じゼミに所属する先輩の本田菊の住まい変更が重なったタイミングで、「一緒に住むと居住費を節約できるから」という適当な理由で、なんとなくルームシェアが始まった。共同スペースであるダイニングのテーブルにタップトップを広げ、菊はこちらを見ずに手元を忙しく動かしてタイピングしている。俺はというと、課題に取り組むポーズだけをとっておきながら、その実ぼんやりとスマートフォンを操作していた。集中力はどこかに霧散し、しばらく経つ。
    「うーん。アーサーさん、牛乳が切れていましたよね」
    「いや、夕方買い足した。ついでにトイレットペーパーも」
    「じゃあ、洗剤は……」
    「それも十分にある」
    「どうしてこんなときに限って、あなたは生活能力が高いんだろう」
     この男とルームシェアを始めたとき、恐らく規律正しく過ごす彼とはうまくいくだろうと思っていた。だが、何かに集中すると睡眠も食事も忘れ、ボロボロの状態で自室から這い出てくることも珍しくなく、見た目以上にこいつは無精者である。菊はキーボードから指を離し、眼鏡のテンプルをいじくった。ため息を吐いて唸り、「うーん」と腕組みしたのちに、「じゃあ直球で言いましょう。お花見、行きませんか」と早口で言い放った。
    「え? 今、深夜二時だけど」
    「まあまあ、いいじゃないですか。ちょっとそこまで」
    「明日、講義あるんじゃないの?」
    「アーサーさんが起こしてくれるから、大丈夫」
     勝手なことを主張して顔を起こし、俺をまっすぐ見つめて菊は微笑む。結局、こうしたところで俺が「いや、明日は早いから寝ましょう」と突っぱねるわけがない。同じ男なのに、それも、割といい歳をしている小柄で年上のこいつなのに。数分後、美しく笑う思い人の言う通りにカーディガンをはおり、マンションから出て二人で扉を閉じた。


     四月に入り十日目、春めいてきたといっても先日までは、ブリザードじみた天候が続いていたために夜間はずいぶんと冷え込んでいる。桜の様子を見ようと、近くを流れる川沿いの遊歩道を目指す。両脇には桜がずらりと植えられて、観光名所であるために日中は観光客でごった返している。対照的に平日の夜間である今は閑散としており、気温も低いからかこの時間まで酒を飲む住民の姿もいなかった。夜行性なのか、夜空の中で鳥の鳴き声が響き、車がときおりヘッドライトを照らしながらエンジン音を響かせ、通り過ぎてゆく。
     ひたひたと降ってくるような闇夜の静けさの中で、菊はリングプルをひねった。小気味よい音が響き、次に泡がはじける音がする。見れば喉元がうねるように動き、先ほどコンビニエンスストアで購入したビールを、勢いよく煽っていることが分かる。ふとこちらに目をやり、「開けないの?」と訊ねられた気がしたので、俺も指先を動かし、缶を開けた。
    「桜、終わっていましたね」
    「まあ、だろうなあ。今年は変な感じだったし」
     急ぎ足でやってきた春。忘れたころに出戻ってきた冬。見上げた桜の木は紫色の細い茎が何本も突き出し、緑の葉がゆらゆらと夜風に凪いでいた。吹き飛ばされた花びらはほとんどが道路に落ち、排水溝口に溜まったり川の水面にたゆたっていたりする。
    「葉桜を見上げて、飲む酒というのも乙なものですね」
    「ハザクラ。あ、これも見て楽しむものなのか?」
    「……いえ。わざわざ桜の葉を見に来る人はいませんよ」
     桜の葉は食べるものです、と静かに締めくくってもう一度ビールを飲む。俺もならって飲んでみたものの、キンと冷えたアルコールはどうも寒い春の夜には似合わない気がした。
     晴れた春の日向の中で、ぬるいビールを飲んだこともあった。あれは、菊と暮らしはじめてすぐだったと思う。

     
     マンションの契約更新で悩んでいたときに、本田菊に話しかけられた。この国の住宅契約って、お金がかかるでしょうと穏やかに話す。が、故郷であるロンドンの方が契約の末に家賃が高騰することも日常茶飯事で、そこまで困ってはいなかったものの、菊が「一緒に暮らしませんか」と言い出したことで俺たちの関係は始まる。「その方が安くてよい物件に暮らせますし、海外だとよくある話でしょう。ルームシェア」。聞けば、彼の方は自身の借りていたマンションが手狭になり、とくに蔵書をしまうスペースに悩んでいたとのことだった。
     大学の同期や研究室の学生に手伝ってもらった引っ越しは、春のある日に完了した。そのまま、彼の好きな桜の花見に繰り出す。その年は暖かくて桜も咲きほころび、明るい光の中で人々は思い思いの楽しみ方をしていた。桜を眺める男女二人組や、ベンチに座り話し込む老夫婦、小さな子どもが犬とともに駆けてきて、緑地帯にはシートを敷いて宴会を始めるグループもいた。
     引っ越しの手伝いのお礼に、と飲食代を出しているせいか、花見で過ごすメンバーは散々に盛り上がっており、誰一人俺と菊が輪を抜けたことに気付かなかった。春の陽気に当てられてぬるくなったビール缶を片手にその姿を探すと、一本の桜の根本で、菊は太陽の光を楽しむ黒猫のように目を細めて花を見上げていた。しゃがみ込み、時折ビールを飲む。
     決して絵になる風景でもなく、酔っぱらった単なる学生の一人にすぎないが、桜吹雪の中で佇む彼は触れると消えてしまいそうな、そんな均衡の中にいるような気もした。心のどこかがざわっと落ち着かず、話しかけるまでに時間を要したほどだ。
    「ああ、アーサーさん」
     俺を認めると、ここに座れ、と隣を指さす。缶ビールを重ねて鈍い音を出し、「乾杯」と菊は楽しげに続けた。
    「願はくは花の下にて春死なむ、そのきさらぎの望月の頃」
     これ、ご存じですか?と訊ねてくる。
    「できたら、桜の下で死にたいな、春のいつかの日に、って意味です」
     調べると大層な歴史があったが、このときの菊は適当にそう説明した。
    「こんなときに、死ぬことを考えるなよ……」
    「はは。でも、日本人は桜を儚い存在と思う傾向にあります。こんなに綺麗なのに、桜はすぐに散ってしまう。見頃なんて一週間程度しかありませんからね」
     確かに死んでも後悔がないほど、綺麗ですねえ。木漏れ日の中でのんびりと続けて、さらにビールを煽る彼は、正直当分死にそうにはない。だが、この男の死に際は、さぞかし美しい花風景で、今日のように暖かな日なのだろうな、となんとなくそう思った。そして、俺はその死に際まで見届けたいと、そう願うのだろう。


    「一緒に暮らして、もう三年が経ちますね」
     葉桜を眺めて場違いな冷えたビールを飲み続けていると、菊がぽつりとつぶやいた。俺は留学生活最後の一年が始まるし、彼も修士課程を終わらせ、来年は就職するはずである。
    「あと、お前と何回桜が見れるのかな」
     聞こえないようにそっと呟いたために、菊からの返事はなかった。だが、これでいい。いつかは終わるこの暮らしの最後にも、恐らくあの時に見た「死に際の桜景色」のような春の日がやってくるのだろう。
     いよいよ夜が明ける気配さえしてきて、空気はいっそう冷えた。空になった缶をくしゃっと潰して、二人でベンチから立ち上がる。遠くの方でバイクの走行音がし、ガタンとポストが揺れる音もあるために、恐らく新聞配達が回る時間にまでなっているのだろう。
    「そうだなあ、あと少ししか見れないかもしれませんね」
     とりとめもなく、菊が話し始めた。
    「八十歳まで生きたとして、あと六十回もないかも」
    「え?」
    「あれ? 一緒にいてくれないんですか?」
     歩く足を止め、先を行く菊の背中を見つめる。ふと彼も立ち止り、笑いながら振り返った。隈ができた目元が、やんわりと弧を描いて俺に笑いかける。その表情に見とれて呼吸を一瞬忘れ、次に「今なんて?」と問い返したときには、菊は「なんでもないです」とはぐらかした。聞き間違いではないはずだ。そうであって欲しい。慌てて、桜並木をさっそうと二人の部屋へと帰る彼の姿を追う。
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    gmksk

    MOURNINGクリスマスイベント用の漫画を小説にしました。言い訳でございます。どっちが得意とかそういうのより、私は絵を描けないということがはっきりしました。イベントはとても楽しかったしみなさんの朝菊は最高にエモかったです。
     小説すら、間に合わない。もういい、適当に書こう。アーサー・カークランドはその日、なんやかんやあってファストフード店に入った。クリスマス限定アルバイトとしてさんざんホールケーキを売り、着ぐるみを着用しアーケードの通行人にキャンペーングッズを配り、時折上司にあたる製菓店員に叱られながら、なんとか終業を迎えたころだ。クリスマスイブに当たる二十四日である今日は、どこも飲食店には客がひしめき合い、行列は店の外まで飛び出している。
     一緒にアルバイトをこなしていた、本田菊はとある店を指さした。「あそこなら、空いてるんじゃないんですか」と物静かな視線が店の明かりに向かう。そこが、ファストフード店だ。牛丼と呼ばれるこの国の人気料理を取り扱う店で、明らかに一人客が多く、やはり普段よりは混雑しているものの、滞在時間が短く回転が速い。よし、ここで、とどこでもいいから休みたい学生の二人は、慌てて店内へと入った。
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    gmksk

    TRAINING朝菊 13 妖精さん
     今朝、見つけた四つ葉のクローバーを頭に乗せると、彼は黒くて丸い瞳をきらめかせてわたしを見た。滑らかな黒髪の上にあるクローバーは今にも滑り落ちそうで、羽根を使って宙に浮き、茎を必死に両手で押さえる。「ああ」と優し気な声がして、瞳の縁から放射線状に生えた繊細なまつ毛が揺れた。
    「これ、頭に乗せるとあなた方を拝見できるのですか?」
    「そういうこと。ちょっと、ニホン。これ持っててちょうだい。離れたら見えなくなるのよ」
    「では、私に何か用でもあるのでしょうか」
     あるわ、と自分の口から言葉が飛び出したものの、その尖った響きに我ながらびっくりする。想像以上に、わたしはこの男に嫉妬心を抱いているらしい。
     日本がロンドンへとやってきたのは、昨晩のことだ。イギリスは今日どうしても外せない用事があって、早朝、庭にやってきてわたし達に挨拶と優しいキスを送ったあと、そのまま出かけてしまった。「じゃあニホンは一人で家の中にいるのね」と、わたしはそのままマナーハウス近くに流れる小さな川に行く。小一時間ほど飛び回り、探し出したクローバーを、ブランチを食べるためにテラスへとやってきた日本の頭に乗せた。よく知られてはいることだが、わたし達ピクシー妖精は人間の目には見えない。――イギリスとはしっかりと目が合い、彼はわたし達をひとしく認めてひとしく愛してくれるのだけど、「国の化身だから」という理由ではないらしい。日本には、数百年も前からずっとわたし達の姿は見えなかった。
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    gmksk

    TRAININGほぼ日朝菊 12
     果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることがある。数百年ほど拗らせた恋人との付き合いも、突然我に返ることがある。「今一緒にいなくても、まだまだこの先はずっと続く。別に、必死にならなくても良いのではないか」と思うものの、結局は彼をここに呼び寄せ、短い休暇を共に過ごしているのだからいよいよ自分が分からない。ぼうっとしながら、昨晩遅くまで起きていたために未だ布団に体を横たえている国の化身を想像した。手元には冷えて硬くなった鶏肉がある。醤油ベースのタレが付いており、ところどころ黒い焦げ跡が見えるので「炭火焼き」は実際本当なのだろう。
     昨日の夜、仕事終わりにコンビニへと立ち寄った。その日、イギリスがやってくることをすっかり忘れていたために、自分だけの夕食に缶ビールとカップに入ったサラダ、レジ横のスナックケースから焼き鳥を購入し、帰路を辿っている。しばらく住宅街を歩き、着いた自宅には明かりが点いていた。アポイントなく訪れる大国の化身を想像したり、もしかすると先ほど別れた部下がなぜだか日本宅へと先回りしており、「あ、日本さん」とこちらを見る姿を思い浮かべた。引き戸を開くと途端に辺りの寒々しい風が遮断され、遠くの方にオレンジ色の光が見える。沓脱に目をやると、見慣れた革靴がきちんと揃えて置かれていた。「あっ」
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