今朝、見つけた四つ葉のクローバーを頭に乗せると、彼は黒くて丸い瞳をきらめかせてわたしを見た。滑らかな黒髪の上にあるクローバーは今にも滑り落ちそうで、羽根を使って宙に浮き、茎を必死に両手で押さえる。「ああ」と優し気な声がして、瞳の縁から放射線状に生えた繊細なまつ毛が揺れた。
「これ、頭に乗せるとあなた方を拝見できるのですか?」
「そういうこと。ちょっと、ニホン。これ持っててちょうだい。離れたら見えなくなるのよ」
「では、私に何か用でもあるのでしょうか」
あるわ、と自分の口から言葉が飛び出したものの、その尖った響きに我ながらびっくりする。想像以上に、わたしはこの男に嫉妬心を抱いているらしい。
日本がロンドンへとやってきたのは、昨晩のことだ。イギリスは今日どうしても外せない用事があって、早朝、庭にやってきてわたし達に挨拶と優しいキスを送ったあと、そのまま出かけてしまった。「じゃあニホンは一人で家の中にいるのね」と、わたしはそのままマナーハウス近くに流れる小さな川に行く。小一時間ほど飛び回り、探し出したクローバーを、ブランチを食べるためにテラスへとやってきた日本の頭に乗せた。よく知られてはいることだが、わたし達ピクシー妖精は人間の目には見えない。――イギリスとはしっかりと目が合い、彼はわたし達をひとしく認めてひとしく愛してくれるのだけど、「国の化身だから」という理由ではないらしい。日本には、数百年も前からずっとわたし達の姿は見えなかった。
だからクローバーを頭に乗せるのだ。それも、幸福を呼ぶ四つ葉でないといけない。三つ葉でも五つ葉でもなく、四つ葉。
日本は指先でわたしが乗せたクローバーをつまむ。こうでしょうか、と風で飛ばされないように頭に固定し、わたしはバケット入りバスケットの縁に腰かけた。ふう、と彼がため息を吐き、こちらに優しく微笑みかけてくる。
「初めて、お話できましたね」
「わたし達のこと、知ってるの?」
「それはもちろん。気配はあるけれど、姿は見えませんでした。イギリスさんからもよく聞いておりますよ。まさか、こんなに綺麗な方だとは思わず」
寝起きの姿ですみません、と目を細めて恭しく接する姿は、なぜだか紳士的なイギリスを想像した。小さく心が跳ねる。いや、違う。わたしは楽しくお話するために彼の前に現れたのではない。春の日差しにあたためられた風がふわりと舞い起こり、日本はクローバーをよりいっそう握りしめた。
「突然だけど」
「ええ」
「わたし達にあなた、ニホンが認められていると思わないでちょうだい」
「おや、それはもしかすると」
「そうよ。わたしはイギリスが好きなの。ニホン、あなたはイギリスのどこが好きなのよ」
「なるほど、あなたはイギリスさんが好きなのですね」
足を組み替えてむっとした表情をつくり、わたしは「悪い?」とつっけんどんに言い放った。その態度にも嫌な顔を見せず、彼は嬉しそうにする。「イギリスさんも、あなたのことを大切に思っていますよ」と微笑む。知ってるわよ、そんなこと。
「あの方の好きなところですか。なんだろうなあ。しいて言うなら、孤独なところ、でしょうか」
「えっ、確かにイギリスは一人でめそめそしてるけど……。その悲しんでる姿が好きってこと?」ニホンの趣味を疑う、とわたしは怪訝な顔をする。
「そうではなくて」
曰く、目的のためなら孤独をいとわず、ストイックなまでにやり遂げる姿勢が好きなのだという。「本当は、誰かと親しくしたい。嫌われたくないって怖がっているのに」それでも、イギリスは高みを目指すことをやめない。
「そんな彼の孤独が、美しく思えるから好きなんでしょうね」
日本はそこで、ソーサからカップを摘まみ上げ一口飲んだ。「おいしい」と表情を和らげるので、わたしも張りつめていた気持ちが解け、ああ、と肩を落としたくなる。
「本当はいじわるでも言いたい気分だったけど、なんだか拍子抜けしちゃった」
「えっ、そうなんですか。どうしてですか?」
それはあなたが、わたしと同じ考えだからよ。でも、ライバルにそれは教えてあげない。
「でも、あなたがイギリスさんのことを好きでも、申し訳ないのですが引いて差し上げるのはできません」
「あら、ニホンもそんなこと言うのね」
「これまでも、たくさんのライバルを蹴落としてきましたから」
彼は少しだけ胸を張り、自慢げにわたしを見下ろした。「ええ、どんな人を?」と恐る恐る訊ねるが、それでも今話す気はないらしい。
「長くなるので、またお時間が合うときにお話ししてもよろしいですか?」
「もちろん!また、クローバーを探すわ」
「いえ、あなたにお手数おかけするのはいけません。私が探して、お呼びしますよ」
約束ね、とわたしは顔を上げる。日本は笑って、絶対に、と小指を差し出す。
化身の手はわたし達にとって少し大きい。両手で小指に抱き着くようにして触れると、日本はゆっくりと動かした。指切りげんまん、とわたしが知らない遠い異国の歌を歌う声は穏やかで、身体の奥底が浮かぶようにあたたかくなる。イギリスがこの人のことを好きな理由は、十分に理解できる。
でも、ライバルだから絶対に教えてあげない。歌い終わると日本はまた笑いかけ、「食べ終わるまでもう少しお付き合いいただけますか?」とわたしの顔を覗き込んだ。大きく、頷く。