果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることがある。数百年ほど拗らせた恋人との付き合いも、突然我に返ることがある。「今一緒にいなくても、まだまだこの先はずっと続く。別に、必死にならなくても良いのではないか」と思うものの、結局は彼をここに呼び寄せ、短い休暇を共に過ごしているのだからいよいよ自分が分からない。ぼうっとしながら、昨晩遅くまで起きていたために未だ布団に体を横たえている国の化身を想像した。手元には冷えて硬くなった鶏肉がある。醤油ベースのタレが付いており、ところどころ黒い焦げ跡が見えるので「炭火焼き」は実際本当なのだろう。
昨日の夜、仕事終わりにコンビニへと立ち寄った。その日、イギリスがやってくることをすっかり忘れていたために、自分だけの夕食に缶ビールとカップに入ったサラダ、レジ横のスナックケースから焼き鳥を購入し、帰路を辿っている。しばらく住宅街を歩き、着いた自宅には明かりが点いていた。アポイントなく訪れる大国の化身を想像したり、もしかすると先ほど別れた部下がなぜだか日本宅へと先回りしており、「あ、日本さん」とこちらを見る姿を思い浮かべた。引き戸を開くと途端に辺りの寒々しい風が遮断され、遠くの方にオレンジ色の光が見える。沓脱に目をやると、見慣れた革靴がきちんと揃えて置かれていた。「あっ」
「やっと思い出したようだな」
「スマホ、充電切れていたんでした。すみません、イギリスさん。昼頃到着したのでしょう?」
光の灯るキッチンからイギリスが顔を出し、廊下をまっすぐ歩いて玄関へとやってくる。慣れた様子で暗がりにある壁のスイッチを操作し、ジジ、と低い音を出した電球が数秒遅れて灯った。ぱっと視界が明るくなる。
「昼頃ここに着いて、ちょっと仮眠した。布団、借りたぞ」
その割には着乱れていないスーツ姿で腕を組み、背筋が伸びた彼は美しい。「すぐに食事にしましょう」と言えばふわりと表情を柔らかくし、後ろを振り返ると頭上には寝ぐせがついていた。ようやく、安心する。
キッチンに行き、ダイニングテーブルに鞄を置く。机上にはイギリスが読んでいたらしき本が伏せてあり、その横に、ビニール袋があった。手を伸ばす。まだ、温かい。
覗き込むと購入したものと同じ焼き鳥が入っており、さらには同じ銘柄のビール――以前、イギリスが好きだと言ったものだ。ついでにサラダカップまで同じものだった。
「え?」
慌てて自分の手元を見る。やはり先ほどコンビニに立ち寄った際のビニール袋は存在し、つまり同じ簡単な夕食が二つキッチンに揃っていた。「イギリスさん、これって」
「ああ、さっき買ってきた。日本は帰りが遅くなるんだと思って」
はは、と思わず笑いがこぼれる。笑い出した日本の姿をイギリスはぽかんとした表情で見つめ、ビニール袋を指さし、日本が説明するとやっと笑った。
こんなところで揃うなんて。と、愉快になる。次の瞬間、この人が好きだな、と日本は感じる。果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることは当然ある。が、今この時は離れていてもどこかかみ合ってしまう彼を、愛しく思わずにはいられない。
結局一晩では食べきれず、翌朝に少しだけ焼き鳥を残した。冷蔵庫から卵を取り出しボウルにあけて溶き、スライスした玉ねぎを炒めて焼き鳥を同じフライパンで温める。だし汁と溶き卵とを流し込むと親子丼が完成するはずだが、背後で「日本、米が炊けていない!」と声があった。振り返るとイギリスが起きてきて、炊飯器を指さしている。金色の髪の毛がほうぼうに散っており、襟元が緩く伸びたシャツからは首筋が覗いていて、気の抜けた姿はまさに休日の象徴という気がした。「嘘でしょう!」
「こんな時は、あれだ。パンに挟もう」
「えっ、親子丼ではなく親子パンですか?」
「サンドイッチは間違いねえだろ。大丈夫」
イギリスの言葉に偽りはなかった。食パンにしみ込んだ出汁と卵の味は組み合わせとしては悪くなく、得も知れぬ香ばしささえ感じる。
「なんのおもてなしもできず、すみません」
「いいや、まったく。お前といると、意外となんとかなるもんだよな」
頷きながら親子丼の具材を挟んだ食パンを、ぱくぱくとかじっている。ふよふよと揺れる寝ぐせが視界に映る。長く一人暮らしをしているものの、この人となら一緒に暮らしても楽しそうだな、と日本はしみじみとした。「なんかついてる?」と口の端にパンくずを付けて、イギリスは首を傾げる。