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    800字朝菊 6日目

     仕事が終わり、日本人設計士が作ったと言われるイタリア・ナポリの街を歩いている。自由で奔放な街ではあるが、昼間はスーツ姿のビジネスマンが多くオフィス街の雰囲気で包まれていた。昼間から陽気にグラスをかかげ、オープンカフェで歌を歌うイタリア人の姿はここにない。
     地下駐車場へと向かおうとしたときに、赤いフェラーリが日本の隣にぴったりとくっついた。もちろん警戒し、胸元にしまいこんだスタンガンへと意識を向かわせる。そのまま歩みを止めずに気にしないふりをしていると、ウィンドウが静かに開いた。
    「すみません、ミラノに行きたいのですが高速道路の入り口をご存じないですか?」
     存外に、丁寧なクイーンズイングリッシュだ。その響きにぎょっとし、のろのろとついてくるフェラーリに目を向ける。イタリア君が好きそうな、スタイリッシュでデザイン性に溢れた車。その中に乗っていたのは、まさかと思うがイギリスだった。イギリスは日本と視線を合わせるとにやっと笑う。
    「なあ、あんたセクシーだな。どう? 俺と今晩食事でも。おいしいリストランテを知っている」
    「ちょっとイギリスさん、何やってるんですか」
    「日本、早く乗ってくれ。追われてるんだ」
    「え? 誰からですか!」
     なんとなく恐ろしい妄想に駆られ、――それは国の化身ならではの、何を考えているのか分からない組織や人間からの襲撃だったり、何もかもを知り尽くしたつもりの自分たちでも知らない未知だったりしたのだが、言われるとおりにスピードを落とし、完全に停車した赤い車の助手席に回る。ドアを素早く開け、それが閉じる前にイギリスはアクセルを踏んだ。ぐん、と重力が身体にかかり、シートに強く押しつけられる。
    「何やっているんですか? この車は」
    「レンタカー。とにかく追われてる。ほら、見てみろよ」
     イギリスのハンドルさばきは手慣れている。指先でシフトチェンジを行い、変速しながらステアリングで車道を征く車やトラックを追い抜いていく。言われたとおりにサイドミラーとフロントミラーを確認すると、フェラーリの動向に惑わされている車体がいくつか見えた。
    「何台?」
    「えっ、左後方に一台、それから右に二台。ああ、前方のフィアットももしかすると、我々を探しているかもしれません」
    「いいな! さすがだよ、最高」
     突然、車体が揺れる。前につんのめりそうになる身体を支えながら、イギリスが左折専用レーンで停車していることが分かった。前方には反対方向を走る車が通りすぎ、イギリスの追手は次々と同じ車線に入ってくる。
    「何が起きたんですか」日本ははらはらしながらも、身体にシートベルトを巻き付ける。「トラブルでも?」
    「ぜえったいにやりたくない仕事があった。逃げてるうちにイタリアを訪れていて、車を走らせていたら好みのヤツがいたから声を掛けただけだ」
    「なんだか、イタリアナイズされていますねえ。では、追いかけているのはハワードさんたちですか」
    「そういうこと」
     左折を示す信号機が点った。が、イギリスは発進しない。そのうちに後方車がクラクションを鋭く鳴らし、耳の奥を刺激する。
     信号が変わる間際でクラッチペダルを軽く踏み、身震いのようなエンジン音をふかせた後でアクセルを思い切り踏んだ。両手でハンドルをぐっと回し同時にブレーキも踏み、フェラーリは反対車線へと回転を始める。アスファルトを走るタイヤが高い音を出す。日本は助手席で車内を混ぜるような引力に耐えながらも、何とか体制を持ち直した。次の瞬間にイギリスは赤い流星のようなスピード感を持って、直進する。
     信号を律儀に守るイギリス人の乗る車が、何台か見えた。すぐに消えていなくなってしまう。「そういえば、今日は十一月二十二日だ」とイギリスが呟く。車窓から見えるナポリの景色は飛ぶように過ぎていき、カラフルな街並みが引き伸ばされて視界に鮮やかだ。
    「そうですね、現地時間だと」
    「イイフウフの日、だろ」
    「おや、ご存じですか。我が家の語呂合わせを」
    「だから付き合ってくれ。一緒に逃げよう」
     誰が夫婦なのか、これからどこに行くのか、日本だって見つかるとまずいに決まっている。でも、イギリスの運転するフェラーリは止まらない。いささか乱暴な二人の逃避行は始まったばかりで、高速道路の入り口までやってきた。ミラノ・ルガーノ方面を選び、スピードをぐんぐんと上げて、追手から逃げる。バックミラーに何も映らなくなった時、日本はようやくめちゃくちゃな逃走劇に声を上げて笑った。
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    gmksk

    MOURNINGクリスマスイベント用の漫画を小説にしました。言い訳でございます。どっちが得意とかそういうのより、私は絵を描けないということがはっきりしました。イベントはとても楽しかったしみなさんの朝菊は最高にエモかったです。
     小説すら、間に合わない。もういい、適当に書こう。アーサー・カークランドはその日、なんやかんやあってファストフード店に入った。クリスマス限定アルバイトとしてさんざんホールケーキを売り、着ぐるみを着用しアーケードの通行人にキャンペーングッズを配り、時折上司にあたる製菓店員に叱られながら、なんとか終業を迎えたころだ。クリスマスイブに当たる二十四日である今日は、どこも飲食店には客がひしめき合い、行列は店の外まで飛び出している。
     一緒にアルバイトをこなしていた、本田菊はとある店を指さした。「あそこなら、空いてるんじゃないんですか」と物静かな視線が店の明かりに向かう。そこが、ファストフード店だ。牛丼と呼ばれるこの国の人気料理を取り扱う店で、明らかに一人客が多く、やはり普段よりは混雑しているものの、滞在時間が短く回転が速い。よし、ここで、とどこでもいいから休みたい学生の二人は、慌てて店内へと入った。
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    gmksk

    TRAINING朝菊 13 妖精さん
     今朝、見つけた四つ葉のクローバーを頭に乗せると、彼は黒くて丸い瞳をきらめかせてわたしを見た。滑らかな黒髪の上にあるクローバーは今にも滑り落ちそうで、羽根を使って宙に浮き、茎を必死に両手で押さえる。「ああ」と優し気な声がして、瞳の縁から放射線状に生えた繊細なまつ毛が揺れた。
    「これ、頭に乗せるとあなた方を拝見できるのですか?」
    「そういうこと。ちょっと、ニホン。これ持っててちょうだい。離れたら見えなくなるのよ」
    「では、私に何か用でもあるのでしょうか」
     あるわ、と自分の口から言葉が飛び出したものの、その尖った響きに我ながらびっくりする。想像以上に、わたしはこの男に嫉妬心を抱いているらしい。
     日本がロンドンへとやってきたのは、昨晩のことだ。イギリスは今日どうしても外せない用事があって、早朝、庭にやってきてわたし達に挨拶と優しいキスを送ったあと、そのまま出かけてしまった。「じゃあニホンは一人で家の中にいるのね」と、わたしはそのままマナーハウス近くに流れる小さな川に行く。小一時間ほど飛び回り、探し出したクローバーを、ブランチを食べるためにテラスへとやってきた日本の頭に乗せた。よく知られてはいることだが、わたし達ピクシー妖精は人間の目には見えない。――イギリスとはしっかりと目が合い、彼はわたし達をひとしく認めてひとしく愛してくれるのだけど、「国の化身だから」という理由ではないらしい。日本には、数百年も前からずっとわたし達の姿は見えなかった。
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    gmksk

    TRAININGほぼ日朝菊 12
     果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることがある。数百年ほど拗らせた恋人との付き合いも、突然我に返ることがある。「今一緒にいなくても、まだまだこの先はずっと続く。別に、必死にならなくても良いのではないか」と思うものの、結局は彼をここに呼び寄せ、短い休暇を共に過ごしているのだからいよいよ自分が分からない。ぼうっとしながら、昨晩遅くまで起きていたために未だ布団に体を横たえている国の化身を想像した。手元には冷えて硬くなった鶏肉がある。醤油ベースのタレが付いており、ところどころ黒い焦げ跡が見えるので「炭火焼き」は実際本当なのだろう。
     昨日の夜、仕事終わりにコンビニへと立ち寄った。その日、イギリスがやってくることをすっかり忘れていたために、自分だけの夕食に缶ビールとカップに入ったサラダ、レジ横のスナックケースから焼き鳥を購入し、帰路を辿っている。しばらく住宅街を歩き、着いた自宅には明かりが点いていた。アポイントなく訪れる大国の化身を想像したり、もしかすると先ほど別れた部下がなぜだか日本宅へと先回りしており、「あ、日本さん」とこちらを見る姿を思い浮かべた。引き戸を開くと途端に辺りの寒々しい風が遮断され、遠くの方にオレンジ色の光が見える。沓脱に目をやると、見慣れた革靴がきちんと揃えて置かれていた。「あっ」
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