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    ほぼ日で練習する朝菊掌編 11

     マーケットを出て、本田はスマホを操作していた。そのあとを遅れて扉を開け、アーサーが現れる。電球の明かりを、一段階落としたような暗さが辺りを包んでいた。アーサーの姿に顔を上げた本田がうっすらと笑い、その背後に控える空の黒々とした雲の形に「あれ?」と視線を向ける。先ほどまでずっと晴れていたのに、いつの間にか天候は表情を一変させていた。
    「まずい、降りそうだな」
     その言葉を合図に、本田はスマホをパンツのポケットへとしまう。「荷物、持ちましょうか」と夕飯の食材を指すが、アーサーは首を振る。
     声が空に届いたのか、硬く立ち込めた雨雲の隙間から、地上に向かって銀色の雫が降ってきた。短い斜線となってアスファルトに染みを作り、最初は小さな水玉模様を描いていたものの、次第に視界をすべて雨の色に変えていく。ざあと雨脚が「ほら見たことか」とあざ笑うように強くなり、本田とアーサーの頭や額や肩を、ぱちぱちと打ち付けていった。
     本田のマンションまで、走れば数分で到着する。にわか雨のさ中会話はなかったが、黙々と帰路を辿っていたもののだんだんと歩幅のリズムは速くなった。建物が見える辺りでは成人した男性ができる限りの疾走となり、腕で頭を覆い、雨脚をくぐるようにして玄関を目指している。
     本田の方が足が速い、とアーサーはその時ようやく気付いた。必死に足を動かすが、もう少しのところで彼の方が先を行く。理由は当然、アーサーが食材を持っているからに過ぎないが、彼の濡れたうしろ髪や雫が垂れる首元を見る彼は気づいていない。背中に垂れ下がる黒いフードが駆けるたびに揺れている。追いかけるようにして走っていると、ふと彼が振り返った。こっちへ、と濡れた顔を向けて手を伸ばす。
    「アーサーさん、鍵持ってます?」
    「え?」
    「鍵、私多分研究室に置いてきました」
    「おい、大丈夫かよ」
    「まあ、明日持って帰ればいいんじゃないですか?」
     一階の東側角、本田の部屋の前に来て身体をねじり、鞄から鍵を取り出した。昨晩のこと、「これはアーサーさんの」と押し付けられた銀色のそれは吸い込まれるようにしてドアノブへと向かい、がちゃりと開錠の音を鳴らす。
    「つめた」
    「シャワーでも浴びる?」
    「それ、いいですね。あー、鍋の材料が全部濡れてる」
    「冷蔵庫入れとく」
     靴を脱ぎ、廊下に転がり込むようにして入ると室内の滞った空気が肌にまとわりつく。秋の雨は身体を芯から冷やし、衣服は水滴を吸い込んで重たい。額に張り付いた前髪を払うと、本田の濡れた髪が見えた。
     友人の濡れた髪、というのは見る機会が少ない。当然一緒に風呂に入ったり水泳をしたり、スポーツジムのシャワーを浴びれば見る機会ではあるものの、限られたシーンに違いない。普段は目にかからない程度の長めの前髪は濡れるとすっかりと目元を覆い、隠されていた額が晒される。髪の端が首筋にくっつき、ほっそりとした輪郭をなぞっていた。水の底のような深い黒がこちらを向く。繊細なまつげにも水滴が付き、足元は細身のパンツが肌にぺたっと張り付いていた。足の形があらわになっている。
     その奥にある肌の色が、常夜灯だけ点いた部屋の中で艶めかしく光るのを、アーサーは覚えている。揺さぶるとこちらを呼ぶ声が次第に高くなり、聴覚が効かなくなり、思考がホワイトアウトし、達する瞬間に吐く息の熱さが今にも甦る。
     はっとすると、本田がこちらをまじまじと見つめていた。「何?」と言えば、「いえ、ちょっと」とビールを手に取り、開いたままの冷蔵庫に入れた。
    「濡れたアーサーさんを見て、エロいなと思っていました」
    「正直だな……」
    「あなたもそう思ってるくせに」
    「菊、風呂一緒に入る?」
     男二人で? と昨晩一緒にシャワーを浴びたにもかかわらず、本田は怪訝な表情を浮かべる。大丈夫、身体をこう折り曲げたら、浴槽にも収まるはず。実践するとその動きが面白かったのか、笑い声が上がった。本田は立ち上がり、「お風呂作ってきますね」と脱衣所へと向かった。背中を伝うひんやりとした感覚があり、肌寒さを感じるためにアーサーはすぐ、食材で満たされた冷蔵庫の扉を閉める。
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    gmksk

    MOURNINGクリスマスイベント用の漫画を小説にしました。言い訳でございます。どっちが得意とかそういうのより、私は絵を描けないということがはっきりしました。イベントはとても楽しかったしみなさんの朝菊は最高にエモかったです。
     小説すら、間に合わない。もういい、適当に書こう。アーサー・カークランドはその日、なんやかんやあってファストフード店に入った。クリスマス限定アルバイトとしてさんざんホールケーキを売り、着ぐるみを着用しアーケードの通行人にキャンペーングッズを配り、時折上司にあたる製菓店員に叱られながら、なんとか終業を迎えたころだ。クリスマスイブに当たる二十四日である今日は、どこも飲食店には客がひしめき合い、行列は店の外まで飛び出している。
     一緒にアルバイトをこなしていた、本田菊はとある店を指さした。「あそこなら、空いてるんじゃないんですか」と物静かな視線が店の明かりに向かう。そこが、ファストフード店だ。牛丼と呼ばれるこの国の人気料理を取り扱う店で、明らかに一人客が多く、やはり普段よりは混雑しているものの、滞在時間が短く回転が速い。よし、ここで、とどこでもいいから休みたい学生の二人は、慌てて店内へと入った。
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    gmksk

    TRAINING朝菊 13 妖精さん
     今朝、見つけた四つ葉のクローバーを頭に乗せると、彼は黒くて丸い瞳をきらめかせてわたしを見た。滑らかな黒髪の上にあるクローバーは今にも滑り落ちそうで、羽根を使って宙に浮き、茎を必死に両手で押さえる。「ああ」と優し気な声がして、瞳の縁から放射線状に生えた繊細なまつ毛が揺れた。
    「これ、頭に乗せるとあなた方を拝見できるのですか?」
    「そういうこと。ちょっと、ニホン。これ持っててちょうだい。離れたら見えなくなるのよ」
    「では、私に何か用でもあるのでしょうか」
     あるわ、と自分の口から言葉が飛び出したものの、その尖った響きに我ながらびっくりする。想像以上に、わたしはこの男に嫉妬心を抱いているらしい。
     日本がロンドンへとやってきたのは、昨晩のことだ。イギリスは今日どうしても外せない用事があって、早朝、庭にやってきてわたし達に挨拶と優しいキスを送ったあと、そのまま出かけてしまった。「じゃあニホンは一人で家の中にいるのね」と、わたしはそのままマナーハウス近くに流れる小さな川に行く。小一時間ほど飛び回り、探し出したクローバーを、ブランチを食べるためにテラスへとやってきた日本の頭に乗せた。よく知られてはいることだが、わたし達ピクシー妖精は人間の目には見えない。――イギリスとはしっかりと目が合い、彼はわたし達をひとしく認めてひとしく愛してくれるのだけど、「国の化身だから」という理由ではないらしい。日本には、数百年も前からずっとわたし達の姿は見えなかった。
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    gmksk

    TRAININGほぼ日朝菊 12
     果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることがある。数百年ほど拗らせた恋人との付き合いも、突然我に返ることがある。「今一緒にいなくても、まだまだこの先はずっと続く。別に、必死にならなくても良いのではないか」と思うものの、結局は彼をここに呼び寄せ、短い休暇を共に過ごしているのだからいよいよ自分が分からない。ぼうっとしながら、昨晩遅くまで起きていたために未だ布団に体を横たえている国の化身を想像した。手元には冷えて硬くなった鶏肉がある。醤油ベースのタレが付いており、ところどころ黒い焦げ跡が見えるので「炭火焼き」は実際本当なのだろう。
     昨日の夜、仕事終わりにコンビニへと立ち寄った。その日、イギリスがやってくることをすっかり忘れていたために、自分だけの夕食に缶ビールとカップに入ったサラダ、レジ横のスナックケースから焼き鳥を購入し、帰路を辿っている。しばらく住宅街を歩き、着いた自宅には明かりが点いていた。アポイントなく訪れる大国の化身を想像したり、もしかすると先ほど別れた部下がなぜだか日本宅へと先回りしており、「あ、日本さん」とこちらを見る姿を思い浮かべた。引き戸を開くと途端に辺りの寒々しい風が遮断され、遠くの方にオレンジ色の光が見える。沓脱に目をやると、見慣れた革靴がきちんと揃えて置かれていた。「あっ」
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