9話 翌日、いつものように厳しい訓練をこなしたシラー達は森の中にいた。
フェーネルリアの端に位置する久遠の森は動植物が数多く生息する緑豊かな場所である。
落ち葉を踏みしめ、雑木林奥へと進めば冷たく澄んだ空気で肺が満たされる。どこか神聖な気を纏うそこは、今は絶滅したと言われる妖精が生息していたと言われれば納得する場所だった。
「《ウェルーシャの花》だっけ、どういうところに咲いてるの?」
「うん、えっと⋯」
手元の愛読書に目をやり、パラパラとめくっていけばそのウェルーシャの花についての説明ページにたどり着く。
「数年に一度しか咲かない花で、高い所に良く咲くみたい」
「ウェルーシャの花はアベーレ彗星って言う彗星から魔力を受けて成長するみたい。その星が爆発して見えるようになるのが1週間。4日前には星が観測されたらしいから、この依頼のタイムリミットはおおよそ後3日だね」
「3日⋯なら早く見つけないとだね⋯」
ペラペラとその花のページを眺めていたシラーは、ウェルーシャの花から精製する禁忌魔法という文字をたどった。
博物誌兼魔導書のこの本にはこういった禁忌魔法も載っているのだ。
この禁忌魔術がどれほどの危険性があるかを見ながらページを捲れば、その魔法の精錬方法が載っていたであろう次のページがないことに気がついた。
破られていると言うよりは白紙のページだけ残っているようで、どうやらそれも1ページだけでは無さそうだ。
不思議に思っていれば前方のヘルラがこちらを呼んでいるのに気がつく。
「ねぇ!あの山とかどうだろう!結構高いからあるかもしれないよ!」
見上げれば濃緑色に染まる小高い山が目に入った。シラーは山頂辺りを眺めながら手元の本を閉じる。
「確かに。じゃあそこを重点的に探そうか」
時間は数時間後へと進む。森の中を散策していた二人は木下で休んでいるところであった。
持参していた水筒の水を飲みながら、木々の隙間から零れ落ちる光の溜まり場を見つめる。
「まさか、こんなに見つからないなんて⋯」
ため息混じりに吐き出すシラーの言葉にヘルラは大きく頷く。
「ほかの薬草なら沢山見つかるのにね。この広い山から小さなお花を見つけれるかな⋯?」
「分からない⋯⋯でも、きっと大丈夫だよこれもひとつの経験!」
「そうだね⋯!あ!これ、騎士団の人に貰ったんだ」
そう言ってヘルラが差し出した手のひらにはほんのりとミルクが香る焼き菓子が載せられている。
「クッキー?」
「そう!今日焼いたらしいよ、これ食べて、暫くしたらまた探そう」
そう笑うヘルラの表情につられ、シラーも不安げだった表情が緩んだ。
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「─────はい、こちら⋯⋯です」
フェーネルリア帝国内、帝都フランツェには久しぶりの雨が齎されていた。
空は墨を水で滲ませたような雲が多い、次々と弾幕の様な雨が建物へ、人へ目掛けて落ちかけてくる。
突然の雨に慌てて商売道具を片付ける商人や、子連れの親子が家へと駆け込んでいく。
暫くの騒がしさを抜ければ、人通りが少なくなった街路や路地裏には雨の音と静けさだけが残った。
そんな路地裏では秘匿通話が行われていた。
通話をする人物の服には頭上から降りしきる雨によって、大粒の雫がいくつも染み込んでいき、服の生地は鈍い色へと変色している。
「はい、予定通り9月28日に実行します。──はい。」
雨音で音が遮られるため、雨の日は通信日に調度良いのだろう。雨音によって通話の内容を聞くことは叶わないが、何やら定期交信のようだ。
短い報告を終わらせた後、そうそうに通話を終了させようとした人物に、通話相手からまて、と引き止めが掛かった。
何か、と言葉を促した。通話相手の発した言葉を聞いた人物は少し黙る。
「────2日後、ですか。⋯わかりました。そのように致します。では、─────────暁の祝福があらんことを」