10話 騎士団の競技場では朝から刃と刃がぶつかる音、そして魔法が放たれる轟音が響いている。
昼に近づけばその音も収まり、代わりに電池を失った玩具のように地面に倒れ込む2人の人間だけが残った。
「貴方達、思ったより粘るのね」
白く光る剣を鞘へと戻しながらノースはふたりへとなげかける。
鍛えている剣士ですら音を上げそうなメニューをこなしているというのに、目の前の2人は毎日きちんとこなしている。そんな様子から最初は彼女らを毛嫌いしていたノースも、魔女は嫌いではあるが何処か同情の感情を覚え始めていた。
それは何もノースだけでは無い。ノースの周りの騎士達もまだ数日間とはいえ彼らの頑張りを見れば、同じ鍛錬に励むものとして共感するところがあったのかもしれない、段々と当たりが弱まっていくのがわかる。
「ひとつ聞いてもいいですか」
荒れた息をととのえつつ問いかけたシラーの言葉に、ノースは汗を拭ったまま「えぇ」と承諾の意をこぼす。
「神託については聞きましたよね」
「⋯聞いたわ」
「それを踏まえてなのですが、誰が犯人だと思います?」
「⋯そうね、あの場にいたのは枢機卿団の方々と団長方。可能性があると考えるのなら団長方のどちらかでしょうね」
貴方に決まっているでしょ!とでも怒鳴られる覚悟で聞いたシラーは、予想外の返答に目を大きくする。
何よ、とシラーを見下ろす鋭い眼光を見れば、優しくなっているかもと思っていた感情を撤回したくなった。
「どうして枢機卿団の方々が外れるのでしょう?」
「まず、神託の内容は教皇猊下の命に関わる自体が起きることを予知しているわよね。攻撃方法を考えるならナイフや魔法かしら、でも、枢機卿の方々は神職者。我々とは違ってそういった武器を使っての武闘を得意とはしていないわ。」
「毒を使えばいいのでは?」
「確かに危害を加えるというのなら毒という方法もあるわ。枢機卿の方は猊下と接近することが多くて、盛る機会もいくらでもある。ただ教皇猊下は毒の類は女神様の加護で効かないの、臣下の者の中では一応共通認識なのよ」
重い体を起こし、土をはらいながら話を聞きいるシラーなど目もくれず、視線を落としたノースは思案にふけっている。
「⋯なら、危害を加える方法は物理攻撃。枢機卿団の方々は魔法を使える方は多いだろうけれど、我々の警備を突破できるとは思えない。つまりは⋯」
剣を柄を撫でながら言葉を詰まらせたノースの様子を見るに、やはり自分の尊敬する人を疑いたくは無いのだろう。
考えては浮かぶ言葉を噛み潰し飲み込む彼女の為にもここは切り上げなければ。
「あ、ありがとうございました。もうだいじょ「犯人はカルヴェ団長だろ」
言葉を遮られてしまった。声のする方へと視線を向ければ赤い騎士団の制服を身にまとった男性がこちらへと歩いてきていた。
「やめなさい」
「だってそうだろ、ヴァレンテ団長は在籍歴も長い。何より15年戦争で我が国を戦勝に導いてくれた」
静止の言葉を押し退け淡々と綴っていく言葉にノースは苦々しい表情を浮かべる。
それに比べ、と男の口はさらなる言葉を続けた。
「カルヴェ団長は戦後の着任だ。あまり人と関わっているところも見ていない上に、愛想も無いし我々への当たりも強いじゃないか。それに余りいい噂は聞かない。信頼度からいえばカルヴェ団長が怪しいだろう」
「⋯」
「それに、俺たちは教皇猊下を、この国を守るために剣を捧げた聖騎士だ。例え身内に裏切り者がいたとしても、公正に対処しなければいけない」
「⋯今日はこの辺りで終わりとするわ。解散。」
もう聞きたくないとばかりにノースは踵を返すと足早にその場を後にする。
「俺はお前達のこと信用してるんだぜ」
頑張れよ、と残された言葉は状況が状況なだけに心地の良いものでは無い。
人を疑うと言うことがこんなにも心地の悪いものだとは思っていなかったシラーは、気分転換もかね、遠くの方で水を飲んでいたヘルラに声をかけると、日課になりつつある森散策へと向かった。
ウェルーシャの開花終了まであと1日が迫っており、捜索を進める2人にも余裕がなくなってきていた。
手分けして探そうという事で、現在、ヘルラはシラーと別れ単独で探している。
木々を掻き分け、小さな草の下や石の下まで、至る所を探し回っても目的の物はその花弁の一片さえも見当たらない。
屈んでいた体を起こし、額に流れる汗を拭おうとした─────その時。座っていた地面が突如として崩れ、地面にできた窪みに沈み込んでしまった。
「わっ!!」
慌てて受身を取ったおかげか身体に怪我はないように思う。
しかし随分深い穴だ、1人では出れそうにはない。
自力での脱出が不可能であると考えつくヘルラは、どうにかしてシラーを呼ぶ策を講じなければいけない。
「シラーさ─────」
とりあえず大きな声を出してみるかと名前を呼びかけた瞬間、丁度穴の近くを何かが通ったらしく、ヘルラの視界にはキラキラとした何かが入る。
「ん?」
「あ!どなたかいらっしゃるなら助けてください!」
穴の外から聞こえた声にヘルラはチャンスだと声をかけた。
暫く時間が経った後に穴からは幼い子供の顔が覗き込まれた。年は10代くらいだろうか、ヘルラよりも幼いように思う。髪の毛は白色で、毛先は新芽のような若緑色に色付いている。
「あ〜穴に落ちちゃったの?ちょっとまっててね〜」
顔を引っ込めてしまった所を見るに、助けでも呼びに行ってくれたのかと安堵の息を零したヘルラだったが、次の瞬間には先程の幼女が穴に飛び込んできた。
「え!?」
慌てて両手を差し出すと小さな体をすっぽりと抱き留めることが出来た。
「わぁ、ありがとう」
あっけらかんとした表情の彼女をとりあえず地面に下ろそうと腕を下ろす。が、彼女の体は抱きとめたその場にとどまっていた。
「??」
見れば彼女の背中からは、おおよそ人間とは思えない綺麗なクリスタルの羽が生えていた。
薄暗い穴の中、その羽だけがほんのりと光っている様子が現実離れをしており、御伽噺に出てくる妖精を見ている気分だった。
「えっとねぇ、これねぇ⋯はいっ」
腰につけていたポシェットを漁っていた彼女はヘルラの頭上から何か粉のようなものを振り落とした。
キラキラと木漏れ日に当てられている金粉はどこか幻想的で、それに目を惹き付けられているといつの間にか彼女に手を取られていた。
「じゃぁねぇ⋯いくよ〜!」
「な、何を⋯わぁ!」
彼女の羽が一つ羽ばたいた瞬間に、つられて自分の体も浮き上がっていた。
先程自分が落ちた地面が遠くなっていき、遂には地上に降り立っている。
「はーい到着〜どこか怪我ある?」
ぱたぱたと羽ばたいていた羽を消した少女を見つつ、未だ状況を飲み込めていないヘルラは暫く呆然としていた。
「ん〜?ん、大丈夫そうかな!」
パッパッと先程の金粉を払いながらヘルラの体の周りをぐるりと一周したらしい少女の様子に漸く意識を浮上させた。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ〜多分猟師さんの使わなくなった罠だったのかな?他にもあると思うから気をつけてね〜」
「ま、待って!」
近くに置いていた薬草らしき葉っぱを沢山詰んだ籠を持ち上げ、ヘルラに背を向けた少女を思わず呼び止めてしまった。
「なぁに?」
やっぱり怪我あった?と振り返る優しげな表情の少女。
「あのね、今ウェルーシャって言う花を探しているんだけど、知らない?」
もしかしたら、とヘルラは少女に問いかけた。
「ウェルーシャ⋯?」
気づけば夕日が森の端に差して、当たりは黄昏色にとっぷりと染まっている。少女の白色絹髪は森の香を運ぶ少し涼やかな風にはらはらと揺蕩っていた。
少女は暫く考えた後に、その小さな口をゆっくりと開いた。
「その花なら─────もう絶滅しているけれど」