【全きみ番外編(仮題・未完)】「わあ!すっげえや!」
デルムリン島の森の中に、ダイの歓声が響いた。
「まっ、おれにかかりゃあ、ざっとこんなもんよ」
ポップが得意げに鼻の下を指で擦ると、ダイはキラキラとした目で隣に立つポップを見上げ、「さすがポップ!!」と声を弾ませる。
ふたりが今何について会話しているかといえば、つい今しがた完成した、ふたりの住まいについてだった。ポップが呪文を駆使し、ものの数分で作り上げたのである。
家を作り上げたとは言っても、ポップがやったことと言えば、威力を調整したイオやバギで岩盤を掘削し、岩壁に穴を開けて明かりとり用の窓を作成し、岩の破片やら土埃やらを吹き飛ばし、住みやすく整えただけだった。ダイの探索の為にあらゆる呪文を身に着け、扱い方も手慣れている今のポップにとっては、造作もないことである。けれど。
(…なんか、報われた…って感じだな)
そんな風に思って、なんだか感動してしまう。何と言っても、ニ年もの間探し求めた相手と再会できて、想いを受け入れて貰えて、彼のために身に着けた力を共に暮らす家を作るために活用できて、しかも本人に喜んで貰えたのだ。
(幸せだ…)
改めて、しみじみとそう感じる。すごいすごい、と言いながら隣ではしゃいでいるダイが、愛おしくて仕方が無い。
「あ、ねえポップ。家はできたけど、必要なものが色々あるよな。どうする?島にあるもので、何とかなるものもあると思うけど…」
不意にダイにそう尋ねられたポップは、満面の笑みを浮かべた。
「買い出し行くぞ!ダイ、デートしようぜ!」
「デート?…って、何?」
ダイがキョトンとした表情で、こてんと首を傾げる。大変可愛い表情と仕草だが、彼の言葉の内容は、ポップを思わず苦笑させるものだった。贅沢を言えば笑顔で了承して欲しかったのだが、デートそのものを知らないのなら仕方が無い。
(まっ、無理もねえか…)
ダイの出身地はこのデルムリン島で、彼は十二年間も『自分以外皆モンスター』という環境で育ったのである。それに、それどころではなかった、というのも大きいが、一緒に魔王軍を倒すための冒険をしていた頃の会話の中には、『デート』なんて単語は出てこなかったのだ。
あの大戦の後、彼がどこで何をしていたのかは本人もよく分かっていない部分が大きいようだが、彼曰く、ずっとひとりでいたそうだから、デートなんて言葉の意味を知る機会は無かったのだろう。
(まあ、知らねえんなら、おれが教えてやりゃいいだけのことだよな)
そう結論づけたポップは、とりあえず適当な説明を試みた。
「デート、ってえのはさ。特別に好きなやつ同士が、一緒に出掛けることだよ」
「え……」
ポップの言葉を聞いたダイが、目を丸する。彼は呆然とした様子で「特別に好き…」と呟くと、その頬をじわじわと赤く染めた。
「…そっか。へへっ、それなら、おれとポップが出掛ければ、デートになるな!」
桃色に染まった頬で、はにかんだ笑顔のダイにそんなことを言われてしまった、ポップの心境はと言えば。
(やっべえぇぇ!!可愛すぎんだろ!?)
…と、いうものだった。恋愛対象として見ていなかった頃でさえ、ダイのことは可愛いと思っていたのだ。ダイを探し求めた二年間で想いを自覚し、想いを募らせ、再会して想いを通い合わせた今となっては、ダイの一挙手一投足が愛おしく、可愛くて仕方がない。
その上ダイときたら、こんな風に不意打ちで、可愛い顔で可愛い仕草で可愛いことを言ってくるので、ポップとしてはたまったものではないのである。
「ポップ?どうかしたか?」
一人で顔を覆って身悶えていたポップに、ダイが気遣わしげな声をかけてきたので「あ!いや、なんでもねえよ!」と、手を振って誤魔化した。
「それよか、デート行こうぜ!今日の目的地は、ベンガーナのデパートな!」
「うんっ!」
ポップが満面の笑みでダイに手を差し出せば、ダイもまた満面の笑みでその手を取ってくれる。そうしてポップは、幸せを噛み締めながらルーラを唱えたのだった。
***
「楽しかったなー!」
「そうだな!」
買い出しを終え、大荷物を抱えて帰還したふたりは、新居に入ってすぐの地面の上に、それらをドサリと置いた。
「んじゃ、ダイ、ちょっと待っててくれよな。さあてと…」
ポップはダイの頭をひと撫でして微笑むと、両手を前に突き出して目を閉じ、呪文の詠唱を始める。ポップの全身が緑色の淡い光に包まれ、その光が消えた直後、今まで何も無かった場所に、ベッドやチェストなどの家具類が姿を現した。
「わっ、凄い!本当に送られてきた…!!」
「な?だから言ったろ?」
ポップはダイに向かい、ぱちんとウインクをして見せる。デパートで次々と買い物をするポップを見て「そんなにたくさん、どうやって持って帰るんだ?」と訝しげだったダイに向かい、ポップは「心配ねえよ。一度に運べる数に限りはあんだが、リリルーラの応用で、おれがいる場所に転送できっから。デカいやつはそれで送るよ」と宣言しておいたのだ。
これもまた、ダイの探索のために身に着けた能力だった。元々は、ダイの剣がダイの元へ向かった際に後を追うために、ポップが開発した呪文だ。任意の物がある場所に自身を移動させられるという性質を逆に利用すれば、自分がいる場所に物を呼び寄せることが可能なのである。
「ポップ!やっぱりおまえは天才だよ!」
ダイにキラキラした目で見つめられて、ポップの頬は緩みっぱなしだ。
「さて、と。とりあえず、今日はデカい家具を配置しねえとな。あと他にやっときてえのは…水源の確保か」
「それなら大丈夫!森の中に湧き水をくめる場所があるんだ。後で案内するよ!」
「お、さっすが!頼りになるな!」
ポップがダイの癖っ毛にポンと手を置き、髪の毛をかき混ぜるようにして撫でてやると、ダイは僅かに頬を染め、嬉しさを隠しきれないと言った様子で「へへっ」と小さく笑う。
(うっ…可愛い……!!)
思わずそのままダイを抱え込んで思う様撫でくりまわしたくなってしまったが、それをしてしまうとダイを離してやれそうにない気がしたので、断念せざるを得なかった…のだが。
「そんじゃ、まずは家具から運ぶか。呪文じゃ細かい位置までは調整できねえから、手伝ってくれ」
どうにか未練を振り切ったポップの言葉に、パァッと顔を輝かせ、「うん!任せて!!」と声を弾ませながら両手を上げ、力こぶまで作ってみせたダイの元気溌溂な可愛い姿に、再び悶絶することになったのだった。
***
「そういえば、ベッドはひとつでよかったのか?」
寝室にすると決めた部屋にベッドを設置し終えたタイミングで、ダイがそんなことを尋ねてきた。心当たりのありすぎる質問に、ポップはギクリと身体を強張らせる。
実のところ、ベッドは最初から、ひとつしか買わないと決めていたのだ。勿論のこと、下心があってのことである。そんなわけで、ダイが物珍しげにあちこちキョロキョロしているうちに、ポップが単独で店員との商談を済ませておいたのだ。
「一緒に寝ればいいだろ?……嫌か?」
尋ねることに、だいぶ勇気のいる質問だった。けれどダイが、すぐに満面の笑みを浮かべて「ううん、嬉しいよ!毎日一緒に眠れるな!」と返してくれたので、ポップはホッと胸を撫でおろすことができたのである。けれどポップにはまだ、拭いきれない不安があった。
お互いに、相手が好きだということは確認し合った。これから一緒に生きていこうという約束もした。ダイの育ての親であるブラスにも頭を下げ、(ポップの勢いに気圧されただけかもしれないが)ダイとともに生きることを許可して貰った。
ポップとしては、ブラスへ告げた「ダイをおれにください!」という言葉は、二度目のプロポーズのつもりだった。隣で聞いていたダイに、そんなポップの意図が伝わっていたかどうかは分からない。けれど。
『じいちゃん。おれ、ポップが好きだ。だからこの先ずっと、ポップと生きていきたいんだ』
ダイがポップの手を取ってぎゅっと握り、まっすぐにブラスを見つめてそう言ってくれたから、幸せを噛み締めることができて。………だが。
(…ダイのやつ、どこまで分かってんのかな…)
これが、ポップの懸念事項なのだ。
(もしかしたらダイのやつ、本当にただずっと、一緒に生きていくだけだと思ってんじゃねえか…?)
ベッドの件だって、反応から鑑みるに、本当にただ一緒に寝るだけだと思っているに違いなかった。ポップはもう随分前から、それだけでは足りない領域に突入してしまっているというのに。
(…でも、ありえるよなあ…ニ年前なんて、ぱふぱふすら知らなかったくれえだし。もし本当にそうだったら、どうすっかねえ……)
ダイを大切にしたい。真綿で包むようにして、あらゆる憂いから遠ざけて、甘やかして、たくさん笑わせてやりたい。そんな風に思う気持ちも本心だけれど、それだけでは駄目なのだ。
ポップは、ダイの身も心もすべて手に入れて、彼の身体を作り変えてしまいたかった。ポップがダイ無しでは呼吸すらままならないのと同じように、ダイにも、ポップ無しではいられぬようになって欲しいのだ。──あんな風に置いていかれるのは、もう二度と御免だから。
「ポップ、どうかした?」
黙って思考を巡らせていたポップの顔を、ダイが下から覗き込んできた。
「…なあ、ダイ」
「なんだい、ポップ」
呼びかければ、応えて貰える。これを幸せと言わずに何と言うのか。ニ年もの間探し求め続けた姿が、今は目の前にある。手を伸ばせば、触れられるところに。そして、ほんの少し距離を詰めれば、簡単にキスできてしまうほど近いところに──そう、思ったら。
(……確かめてえな)
夢でも幻でもなく、今ここにダイがいるということ。それを、実感したくて仕方がなくなってしまった。同時に、ダイへの想いとそれに付随する欲があっという間に膨れ上がり、内に留めておけなくなる。
「おれは、おまえが好きだ」
「えっ…」
自然と口をついて出た告白に、ダイが目を丸くした。けれど、すぐに彼はふんわりと頬を染めて。
「へへ。おれも、ポップが好きだよ」
幸せそうに微笑みながら、そう言ってくれたのだ。可愛い、愛おしい、触れたい。そんな思いで、胸がいっぱいになる。
「あのさ。キスしてもいいか?」
「きす?」
こてんと首を傾げたダイの顔に『なにそれ?」と、書いてある。デートに誘った時と、ほとんど同じ反応だった。
(やっぱ、それも知らねえか……デートも知らなかったくれえだし、そうかもとは思ってたが…)
デートもキスも知らないとなれば、やはりその先にある、ポップが切望していることについても知らないのだろう。
(…道のりは遠そうだな…ま、いいか)
もとより、長期戦は覚悟の上だったのだ。それに、逆に言えば、まっさらな彼に色々と教え込めるということでもある。そう考えれば、この状況も中々楽しいかもしれない。
「キス、ってえのはだな。口と口をくっつけることだよ。これも、特別に好きなやつ同士がやるんだ」
ひとまずダイにも理解しやすそうな言葉を選びながら説明してやると、彼は小さな声で「口と口…」と呟いた後、ハッとしたような顔になった。
「それなら、モンスターのつがいがやってるの、見たことあるよ!そっか、そういう名前なんだな、あれ!」
「おう。んで、だ」
ポップはダイの両肩に手を置いて、彼の目をじっと覗き込んだ。そして。
「おれは、おまえとキスがしてんだけど。してもいいか?」
「えっ…!?」
ポップが再度伺いを立てると、目を見開いたダイの頬が、ほんのりと赤く染まる。
「えっと…あー、そっか……そういう話だったよな……」
「ダメか?」
ポップが重ねて尋ねると、ダイは慌てたように、ブンブンと首を左右に振った。
「だ、ダメじゃないよ!!でもあの、ちょっと、急だから、びっくりして…」
「ダメじゃないなら、いいよな?」
「えっ、えっと……うっ、うんっ…!」
わりと強引な迫り方だという自覚はあったが、ダイはそれでも了承をしてくれた。続いて彼は、目をギュッと閉じ、顔を上向きにもしてくれる。固く握られた両手と力の入った肩から、彼が緊張していることが如実に伝わってきた。
(可愛いな…)
ごく自然にそう感じ、心の底から愛おしさが溢れ出てくる。滑らかな頬にそっと手を添えれば、ダイの睫毛がふるりと震えた。ゆっくりと顔を近づけていくと、距離が縮まるほどに鼓動も高まってゆく。触れ合う寸前など、心臓が胸を食い破って飛び出すんじゃないかと、ありえないことを夢想してしまった程だった。
初めて触れたダイの唇は、温かくて柔らかく、しっとりとしていた。この温度や感触をじっくり堪能したいという気持ちも湧き上がってはきたものの、まだ一度目ということもあり、ごく僅かな時間触れ合わせるだけにとどめておく。
ちゅ、という小さなリップ音を響かせて唇を離すと、お互いの口から「はあ…」という、熱い吐息が零れ出た。閉じていた目を開けたダイが、彼の両手を自分の胸の上へと乗せる。
「なんか……なんだろ…すっごいドキドキした…今もまだしてるよ…」
上気した頬で、瞳を潤ませながらダイがそう呟いた。痛いほどの胸の高鳴りを感じていたのが自分だけではないと知り、ポップの心が弾む。
「おれもだよ。おれも、すっげえドキドキしたし、今もしてる」
ポップはそう言いながらダイの右手を取り、己の胸の上へと導いた。
「わ、ほんとだ…ポップもドキドキしてるな…そっか…そっかあ……」
ダイは桃色に染まった頬でポップを見上げ、はにかんだ笑顔を浮かべる。
「へへ。なんかちょっと恥ずかしいけど、嬉しいや……へっ!?」
たまらなくなって、つい抱きすくめてしまった。ダイが「えっ、なに!?」と慌てた声を上げ、ポップの腕の中で身じろぎをする。
「急にどうしたの、ポップ…」
「…ダイ」
思わず漏れ出た呼び声には、我ながら熱が籠もりすぎていたように思う。
「う、うん……なに?」
ポップの様子がいつもと違うことを感じ取ったのか、ダイの声音には動揺が滲んでいた。ポップはダイの肩に再び両手を置き、真正面から目を合わせる。そして、彼の目をじっと見つめながら、今の気持ちを口にした。
「おれ、おまえに触りてえんだけど、いいか?」
「触る?」
ダイが、再びこてんと首を傾げる。その顔に『なんで?』と書いてあった。
「おまえが好きだからだよ。好きな相手には、触りたくなるもんなんだ」
「よくわからないけど、ポップがしたいんならいいよ!」
屈託のない笑みで間髪入れずに返された言葉に、思わず苦笑する。この様子ではやはり、ポップの真意は伝わっていないだろう。触りたいというのは本音だが、それは本当の欲の表層にすぎないのだが。
本音を言うのならば、今すぐにでもダイを抱いてしまいたかった。ダイは、ポップに全幅の信頼を寄せてくれている。今の時点でも、望めば受け入れてくれるかもしれない。けれど、それでは駄目なのだ。ポップは、ポップがダイを求めるように、ダイにもポップを求めて欲しいのだから。
(…まずは、おれが触ることに慣れて貰わねえとな)
密かにそんなことを考えながら、表面上は笑顔を作って手を差し出す。
「そんじゃ、こっち来いよ」
するとダイは、デートへ向かった時と同じく満面の笑みで「うんっ!」と返事をしながらポップの手を握り返してきた。この笑顔を曇らせたくない。この手で守りたいと思うと同時に、ポップの手によって涙を流しながら乱れる彼の姿も見たいと思ってしまう。そんな相反する想いを抱えながら、ポップはダイをベッドの上へと導いたのだった。
***
現在はここまでです!以下、ベッドの上でする予定の会話を少し抜粋。↓
「なあ、なんでベッドなんだ?」
「その方が都合いいんだよ」
「…ふーん…?」
「じゃあ、脱がすぞ」
「えっ!服脱ぐのか!?しかもポップが脱がすの!?おれの服を!?」
「ああ。嫌か?」
「いや、別に…嫌とかじゃないよ…けど…」
「けど?」
「…なんか、よく分かんないけど、緊張する……」
「そっか。そりゃいいことだ」
「そうなの?」
「おれにとっちゃあ、そうだな」
「……ふうん?よくわからないけど、ポップがそう思うなら、それでいいや」
***
「じゃあ、触るからな」
「…う、うん…なんか、ドキドキしてきた……ポップ、いつもと雰囲気違うんだもん…」
「おれとしては、そのまんまドキドキしてて欲しいとこだな…なあ、ここは?どんな感じだ?」
「うーん…ちょっとくすぐったい…かな…」
「そうか。ここならどうだ?」
「んー…あったかいなあ、とは思うけど、別に……あっ!?」
「どうした?」
「なんか…ちょっと変な感じ、した…背中がぞわぞわする、っていうか……」
「それは、気持ちいいってことだ」
「そう、なの…?」
「おう。だから、そうゆうの、どんどん教えてくれ。知りてえからさ」
「知りたい…?」
「そうだ。おれはな。おまえが好きだから触りてえし、触られたら気持ちいい場所とか、どう触ったら気持ちいいかとかも、全部知りてえんだ」
「う、うん…わかったよ…」
***
お読み頂きありがとうございました!続きもまったり頑張ります!