踊り子パロディーまとめ 石灯蝋が揺らめく議会上で若き帝国の皇帝、山南は無慈悲な微笑みを浮かべ「Nein」と突き返し
大公側の使者を震撼させた。隣に座る皇帝の従者で元公国の騎士である斎藤はわずかな希望が窄み 絶望のどん底に突き落とされた
遡ること数年前、優秀な家臣を使い諸外国との外交を結び、血を分けた娘達の婚姻により領土を広げ、
大陸を掌中に収めるこの世すべての快楽を謳歌はしてもけして悪政を行うところのなかった皇帝を国民は「大父」と親しみを込めて呼び、その統治が長く続くことを望んでいたが、七十を目前にこの世を去った。
神から祝福を賜り「聖女」と協会から認められた、愛娘の御子が跡を継ぐはずであったが、それに対し愚かにも、寵姫が異議を唱えたためと宮廷内が慌ただしく動く出し、その火種は外まで広がり、一枚岩だと思っていた近隣諸国は分裂し混沌を極めた
寵姫の従兄である大公は寵姫側に加担し戦っていたが、皇孫が真の主と認めたものだけに現れる聖杯を手にしたと知らせに味方が降伏していったのを知りながら有効な手を打たず、闇雲に兵を死に追いやった
終戦を迎え、寵姫の処分が決まるまで離宮での蟄居、忘れ形見は修道院へと決まり、
加担した公国は護国卿の温情により統治権はそのまま、併呑という形での和睦に屈したが、その代わりに最後まで戦い抜いた、勇敢なる騎士団長とその部下を王宮へ招き入れるように命を出した。
罪人ではなくあくまで謁見のために帝都へ向かう。そう檄を飛ばし指揮を執っても部下の目に不安は消えない
団長である斎藤とてそれは同じだ。眠れずにいるため、戦で疲れ果てた肌は老叟のようにかさつき、戦場で伸びきった髪が当たると針が刺さったかのように痛むが、幸いに兜が覆い隠す。
餞別に用意された鎧のなんと浅ましきことか
馬上で太陽を背に光り輝き、国民に未だその脅威を知らしめようと用意された品だが、戴冠式の余波で浮かれている民衆には酒の肴にしかならない
戦が終わって間もないというのに、舗装された石畳に牝馬の足が軽やかになるのを鞍から伝わる振動で感じ、斎藤は故郷の荒れ果てを嘆いた
そもそもに斎藤達の団は元は租税の代わりに国に身を売った兵士である、平時は城壁の補修、治安維持という名の酒場の喧嘩の仲裁と都の騎士からは能なし部隊と揶揄されたがそんな彼らより愛国心から懸命に戦ったのだから滑稽な話である
宮殿に着けば今がそのときとたわわに実った無花果が目に入った
熟し切り濃厚な香りで人々を惹きつけ落ちるのを待つ果実、それこそが故郷の姿そのもののように斎藤の心に楔を巻き付けていく
武装を解かれ、礼儀として宮廷服を纏うことは許可されたが、長丈では足下がおぼつかない
唯一許されたのは数珠のみで、帯刀は勿論、腰に巻く革紐すら許されなかった。
団長である斎藤はさらに蛮行を考えぬように首枷と連なる手枷を嵌められ、身体を起こすだけで痛みが伴う
宝珠を埋め込んだ肘掛けに朱色の柔らかな絹座布団の玉座は未だ見ぬ皇帝の権威を見せつけていた
槍騎兵の合図で冷たい大理石の間で這いつくばり皇帝の返事を待つ。本来は枢密官の席である縁側では弓兵が洋弓銃を構えている
反逆も自決も許されぬ中地床にひれ伏していると高御座に皇帝の気配を感じる
表をあげよ、老臣の掠れた声に斎藤達は玉座に目を向けた
謁見と言えば聞こえはいいが、自分らに下される言葉は二つしかない
死か生か、死であれば明日にも断頭台に登り、群衆にその死に顔を晒される
生だとしても、襤褸を纏い、一生を冷たい地下牢で泥水をすするようにして生きるか
生きながらえたとて、絞首刑よりも残酷な軍艦の動力になるか、
思想教育の跡、捨て駒として前線に送りになるか、
仲間の誰もが絶望的な運命を嘆く中で斎藤だけはじっと皇帝の瞳を捕らえていた
旅人ではなかったのか
放浪する吟遊詩人と名乗り斎藤の前に現れ、瞬きするような一瞬徒党で教えを乞うていた
侶伴に皇帝はよく似ていた。賭けだった「山南先生」、以前呼んでいた名前で目の前にいる
相手を呼ぶ。淡い紫の瞳に柔和な顔立ちの皇帝-山南は後ろめたさに顔を伏せたが、すぐと斎藤の目を見据えた
互いに自分に足りない何か埋め合わせるように遊牝っていたあの頃、彼に田舎の教会で跪き、武人と変わらぬ手に口づけを交わし
微かに血錆がついた長刀を肩で受け取り、刀礼の誓いを捧げた
だが、燃え上がる若者の気持ちは重たかったのだろう
風来坊だった彼はさよならと口にし、夏至の夜、斎藤を置き去りにしまた旅に出たとばかり思っていた
制止する家臣の言葉を威圧し、玉座から降りると斎藤に肩布を投げ捨て、鎖を強引に引っ張りまじまじと顔を見る
「綺麗な杏色の瞳の騎士団長、一つ取り引きしないか」
そしらぬ顔をしたまま山南は一房の青錆髪に触れると斎藤に第三の選択を与えた。
与えただけで実際はそれに頷くしかない非常な案に斎藤は唇を噛みしめ「oui」と返した
公国から身代金の支払いが済むまで騎士団は人質として古びた塔での幽閉が決まった
外壁は至るところが欠けて苔むし、いかにも打ち捨てられた風情の建物に押し込められた
が、それは夜伽の最中に山南が尖り塔に目を向け、心を痛めた斎藤の憶測だけである
何処かへと連れ出された仲間に別れの挨拶もないまま、斎藤だけは頭を垂れている
「いつまでそうしているつもりだね、斎藤君。顔を上げてくれないか、
懐かしい声に愛憎相半ばする心情が鏡のように表情を描く。言いたいことは沢山あるが
切り出しが見つからず、黙りしていると山南の方から言葉を紡いでいく
「どうか、以前のように呼んでくれ。君の前ではただの君を捨て去った男だ、少なくとも君にとっては……そうだろう。斎藤君」
「それすら僕には分かりません。教えてくださいよ、山南先生……!!」
置き去りにされ、再開したと思えばあまりにもかけ離れた存在となりそれでも尚迷い子に家を教えるかのように
言葉をかける山南に斎藤は、声を張り上げ胸の内を吐き出
「済まなかった、まずは詫びてもいいだろうか。捨てる気など全くなかった、ただ事情が複雑すぎて君に話す暇がなかった」
「僕がどうして捨てたれたと思ったんですか、」
「だからこそ、手紙を送っても返事をくれなかった、違うかい、」
「手紙……いつの話ですか、ソレ」
「いつと言われても私から君に宛てた手紙もあれば、護国卿として騎士団長殿に送った書状もある、
だが全てに返事はなかった。最も、君への手紙には期待はしていなかったが、団長殿からも貰えずにいた。
せめてそちらだけでもと思ったのだが……」
「そんなモノは一枚だった貰っちゃいませんよ、」
嘘をつくならマシな嘘を続けようとしたが、山南の胸が張り裂けそうな表情に斎藤は唾を飲み込み
喉を動かす
「……そうか、ではどうかこの剣に賭けて誓おう。今でも君のことを思っている、あの日の誓いは
何一つ破る気などないことを」
立ち上がり刀を向けたと思えばそれを躊躇いもなく、投げ捨てた。
「君の隣に座っても良いだろうか」
丸腰のまま、膝を突き、躊躇いがちに斎藤の手を握り、傍らに座る許しを乞う姿はとても一国を治める王には見えない
頷けば肩が触れあうほどの距離に座る。案外に床に座るのを厭わないかと思えば、冷えるからと
斎藤には肩布を座布団にするよう指す。広げた布に二人で座れば、ほんの少しだけ気が落ち着き、言いたいことが言えるようになった気がした
「殿下だったんですね」
一介の詩人を名乗るにしては育ちが良すぎると鎌を掛ければ、面はゆげに大父に憧れて旅に出た、斎藤と同じ田舎領主の息子だと話す。
大父も若かりし頃は諸国を練り歩いていて愛を説いており、宮仕えのコネもなく、聖職者になれない貴族の息子が
旅に出るのは珍しいことではなかったので気にもしていなかったが、それ以上は追究にせずにいたが皇子だったとはさすがに予想外であった
「万が一の身代わりになるためのね。ただ、王弟だった祖父は余計な火種にならないよう、領地を貰ってからは都で暮らすことはなかった。
わたしもそうするつもりだったが、知っての通り、国が二分化されて、仕方なく国に返された」
「摂政として、指揮を執り、勝利すればあとは好きにしていいと言われ、義務を果たした後で君を迎えに行くつもりだったが、
陛下はまだ幼い……、同じ事が繰り返さないよう。陰で陛下を支えるのではなく、私自ら表に出るように教皇から
願い出されては断れない、だけど、君を手放す気にはなれなかった」
躊躇いがちに座ったのが嘘のように熱く手を握られ、斎藤は思わずたじろいた
一人の男が抱えるには重すぎる責務の褒美が敵国の駒では哀れと思った家臣が恐らく、手紙を焼き捨ていたと
安直な考えだったが現実は滑稽な結末だったが、そのときは誰も知らなかった