ルークが「うまーい!」するだけの本(仮題) リカルド共和国、首都エリントン。ルークは疲れた体を引きずりながら我が家の扉を開けた。
「ただいま〜、今日も疲れたなあ」
「おう、おかえり」
家主の帰宅にリビングから顔を覗かせたのはアーロンだ。キズナ計画を阻止した後、エリントンの病院に姉のアラナが入院している間、相棒の家で世話になっている。「テメエの家よこせや」などと大きな口を叩いた割に、居候としての立場はわきまえているようだ。
「メシどうすんだ」
言葉少ななために聞く者によっては誤解しかねない発言だが、これはルークに疲れた体を押して今から作れと強制しているわけではない。冷蔵庫に食材はあるので、日によってはアーロンが豪快な料理を作ってくれることもあった。この問いかけは、やや食道楽の気があるルークにその日の気分を尋ねているのだ。
ルークは顎に手を当てて考える。
「そうだな、疲れてるとはいえ、今から作れないこともないけど……今日は外食したい気分だな」
「いいぜ。店の目星はついてんのか?」
「ああ。駅前に新しくできたハンバーグ屋が気になっててさ。店の名前は確か、『どっきりコング』とかいう……」
「……テメエはどうしてそうスレッスレのところばっか狙ってきやがる」
「スレスレって、何がだ?」
呆れ顔をするアーロンに、ルークは首を傾げた。
「とにかく、早く行こう! 僕もうお腹ペコペコで」
「いいぜ。お前の希望の店行くんだから当然お前の奢りな。5㎏の大盛りハンバーグはあるんだろうな?」
「いや、さすがにないと思うぞ……っていうか、割り勘だぞ割り勘! まったく油断も隙もありゃしない」
軽口を叩き合いながらアーロンは脱いでいたジャケットに腕を通し、ルークと共に玄関を出た。
「おお〜、これが名物のハンバーグディッシュか!」
ルークは運ばれてきた料理に目を輝かせた。一枚の円形の木皿にサラダ、ライス、ハンバーグが盛り合わされた、見た目にもボリュームたっぷりの逸品だ。
「どうせなら丼にしちまえばいいのに」
「何を言ってるんだ、この均整の取れたトライアングルの魅力が君にはわからないのか⁉ 主食、主菜、副菜がバランスよく配置された――」
「御託はいらねえ! いいから食おうぜ」
「ああ、そうだな。いただきます!」
催促されて、ルークは空腹を思い出した。湯気を立てたハンバーグは、視覚にも嗅覚にも訴えるものがある。早速、メインのハンバーグにナイフを入れて一口含んだ。
「おおお……あまりにも、うまーーーい‼ 柔らかくほぐれる肉質、しかし肉感はしっかりとあり、閉じ込められた肉汁が口の中でじゅわっと滲み出る! なんて素晴らしい肉の塊なんだ、これはトリュフに匹敵する高貴な食べ物だ!」
「いちいち言うことが大袈裟なんだよ」
アーロンは興奮するルークを冷ややかに見つつ、ハンバーグに直接フォークを突き立てて口に運んだ。
「やっぱ足りねえな。おかわりいいか」
「食べるの早すぎるだろ! ちゃんと味わってるか?」
二人が頼んだのは300gのハンバーグだ。サラダとライスも加えれば決して少なくはなく、成人男性でもそこそこ満足できる程度の量であるはずだ。ところがアーロンはわずか二口で肉を平らげてしまった。次いでサラダはほぼ一口で口の中に消える。肉を残しときゃよかったと言いながら、ライスをややゆっくりのペースで口に詰め込んでいる。
ルークもサラダに手を付けた。細切りにされた野菜にクリーム状のドレッシングが絡んで、まろやかでいてしつこくなく、後味はさっぱりしている。ルークは満面の笑みを浮かべた。
「ドレッシングを開発した人は天才だよな〜、あらゆる野菜が美味しく食べられる画期的な発明だよ!」
「あらゆる野菜ねえ。ならセロリも食えるんだろうな?」
「あ、いや……セロリだけは勘弁してください……」
そんな会話をしつつ、アーロンはちゃっかり二皿目を追加注文している。まだ二口しか食べていないルークは慌てて手を動かした。急ぐ必要はないが、のんびりしすぎてせっかくの温かいハンバーグが冷めてしまうのももったいない。
「はあ、本当に美味しいなあ。トッピングのチーズがこれまたお肉によく合う! そして肉汁が染みたライスも……うまーーーい‼」
最初は肉とライスを交互に食べていたのが、途中からライスに肉を乗せて同時に口に運ぶようになった。美味しいものと美味しいものを一緒に食べれば美味しさは二乗である。
ルークと二皿目のアーロンが食べ終わるのはほぼ同時だった。アーロンはまだまだ物足りないといった面持ちだが、ルークもまだ胃袋に余裕はある。ここで席を立つなんて発想は彼にはない。
「アーロン、もちろんデザートも食べるよな?」
「デザートだあ?」
「そうだよ! ここはハンバーグがメインではあるけど、実はパフェの評判もすごくいいんだ! ずっと食べてみたかったんだよな〜!」
「相っ変わらず脳みそまで砂糖まみれなやつだな……だがまあ、これっぽっちの肉じゃ食った気がしねえし、どうせだから付き合ってやるよ」
「決まりだな。アーロンはどれにする? 種類があって目移りしちゃうよな」
ルークがうきうき顔でメニューを見比べている。しばらく悩んでいたルークは熟考の上でキャラメルパフェを、アーロンはストロベリーパフェを注文した。
「チョコにしなかったんだな」
アーロンがそう問うのも不思議ではない。ルークがチョコレートに目がないのは周知の事実だからだ。
「うん、すごくすごーく迷ったけど、どちらかといえばキャラメルの方が食べる機会は少ないからさ。たまには違うのもいいかと思って」
「なるほどな」
理由を聞いてアーロンは頷いた。そういう選び方も食の楽しみ方の一つだ。
やがて運ばれてきたパフェを見て、ルークは歓声を上げた。
「大きいな!」
なんと、そのパフェはグラスではなくジョッキに入っていたのだ。懐からタブレットを取り出し、嬉々としてパフェを写真に収める。アーロンは対象的に、予想外の大きさに辟易としていた。肉ならばいくらでも食える彼だが、甘いものは適度でいいのだ。
「残したら食ってくれや……」
「ええっ、いいのか? いやあ悪いなあ〜」
ルークは頬をゆるゆるに緩めて、待望のパフェにスプーンを差し込んだ。どどんと豪快に乗ったキャラメルプリンとソースがぷるぷると魅惑のダンスを踊る。周囲を飾る生クリームも、プリンの下で待ち構えるアイスクリームもルークの舌をこれでもかと喜ばせた。
「ああ、幸せだなあ。これだから甘いものはやめられない! おかげで疲れも吹き飛ぶよ!」
「あっそ、ヨカッタナ」
アーロンは甘酸っぱい苺の果実はほぼ平らげたものの、ソフトクリームやスポンジケーキとの闘いには負けを認めた。半分まで食べたところで、無言でルークの前にジョッキを滑らせる。
「ありがとう、遠慮なくいただくよ!」
手元のキャラメルパフェを全て平らげ、ストロベリーパフェに手を伸ばす。
「底の方にゼリーが敷き詰められてるのも最高だよな、こっちもうまーーーい‼」
あまりにも幸せそうな顔をするので、パフェがみるみる減っていく様を呆れ気味に眺めていたアーロンも、いつしか口の端をわずかに上げて少し笑った。
「ふう〜、満足満足」
「俺は甘くないモンをもう少し食いてえ」
店を出て、ルークは腹をさすりながら気分良さげに呟いた。対して、アーロンはやや不満そうだ。
「そうだ、今回は頼まなかったけど、次はサイドメニューも食べてみたいな。ポテトや唐揚げも美味しそうだったからさ」
「クソッ、パフェじゃなくてそっちにすりゃよかった」
「なら二人でまた来ないとな。目指せ全メニュー制覇!」
「二人で、か? だったら俺とアラナがハスマリーに帰るまでに通わないとだぜ」
アーロンが言うと、ルークは下顎に人差し指を当てた。このポーズは何かを考えるときの癖だ。
「それもそうだな……じゃあ早速、明日もどうだ」
「悪かねえな」
相棒の返答を聞いてルークは微笑んだ。少なくとも、明日もまだアーロンはエリントンにいるという言質だ。いずれくる別れは覚悟しているが、彼ともっと話をしたいというのもまたルークの本音である。
「帰ったら肉焼けよ、肉。冷凍庫にあんだろ」
「あのなあ、食べたいんだったら自分で焼いてくれよ」
そんな軽口を叩きつつ、二人は同じ家に向かって肩を並べて歩いていくのだった。