こめミサこめのこめが原作のミサ登場回を読み、語り、それをミサに聞かせる話/14巻、27巻、31巻「さてさて。ここからの会話はミサオさん本人にお聞かせするため録音しますが、構いませんか?」
「構わねーけど、いきなりで悪いがまず14巻なんだが…何かやたらヒョロヒョロしてねーか?」
「当時のことは写真や彼の話でしか知らないので、実にありがたいですね。すらりとした面差しも、あどけなさにあふれ愛らしいです。今のミサオさんとはまたひとあじ違ったチャーミングさがありますね」
「…あ、そ…」
「初現場から彼の仕事ぶりを見ることが出来るというのは、あたう限りのことばを尽くしてなお形容しきれぬほど、得難い至福です…初現場での緊張という初々しさ…――初めて、亡骸を、目にしたときの、動揺……つらさが怒涛のようにあふれてくると同時に、"守りたい"、の一言に尽きます。私が指導に当たりたかった、という庇護欲と、そうでなかったからこそきっと彼と出逢えたのだろう、という確信めいたものとがせめぎ合い、複雑な心境です…」
「…たぶんそれ聞いたらアイツ『僕だってたかあきサンを守りたいです!』…とか言うんじゃねーか」
「……ふふ、お世辞にも似ているとは言い難いですが、言って下さるでしょうね。それもまた、一興……
それにしても、これほどまでに動揺していたミサオさんが、たとえば県境で起きたあの事件の際には、あの防犯カメラの映像からさえ愛らしいどんぐりまなこを背けもしないのですよ? 彼の経た成長を思うと、しみじみ、感慨深いものがありますし、…我々の扱う管轄への切なさ、もどかしさ、憤りに、やはり胸を締め付けられる思いです…」
「…それは、まあ、な…」
「それに、初現場にして、自身が刑事を志望した動機の一つであるドラマの主演女優を前にしてもなお、決してのぼせ上がることも舞い上がることもなく、短絡的でこそあるものの嫌疑のまなざしを等しく向けることの出来ているミサオさん……しごできさんのポテンシャルを早くも感じます。ああ、彼を磨いて光らせるのは、やはり私であるべきだったのでは?」
「おちつけコウメイ。前言、前言」
「…ふふ、こんなことを言えばきっと、彼は、『やっぱわかっちゃいますぅ?! さっすがたかあきさぁん♡』…などと、若々しくも見事な枝ぶりの梅花のように諸手を大きく広げ、面差しを満開にほころばせるのでしょうね…鶯たちの歓喜の美声が、この耳に今、幾重にも聞こえています」
「コウメイ、遠くを見るな」
「それにしても、憧れたドラマの主演女優の幼馴染のお宅に、…職務上やむを得ず、足を運ぶことになり、状況からその女優を疑ったのち、その息子により眠らされ推理を披露させられるも、女優の夫から『甘いな』とダメ出しの数々を喰らい、形式上はミサオさんが、さながらマウントを取られでもしているかのような図になっているわけですね」
「まあ、おもしろい絵面ではあるな」
「…ミサオさんには、ハーレムものの主役のポテンシャルがあるのでは…?」
「おちつけコウメイ」
「…いえ、薄々感づいてはいたのです…彼ほどの魅力の持ち主ならば、当然、心乱されるものは無機物有機物を問わず、那由多を超え無限の多岐に渡ることでしょう…元素さえもが、紙面上の数式さえもが、万物が、彼を愛さずにはおれないのですよ…」
「おちつけコウメイ。例外、ここに居っから」
「……ふふ、そうですとも、…当然ながら、この私もその一人…」
「聞けよコウメイ。あと、それは知ってた」
「ああ、それと、一点気にかかったのですが、ミサオさんがこのままコナンくんを藤峰有希子女史のご子息と認識し続けると、なかなかに興味深い状況になりそうで、柄にもなくうきうきとしてきます」
「うーん、うきうきはさっきからずっと、めちゃくちゃしてるんじゃねぇかなぁ…」
「記憶違いではないかと誤魔化されるのか、ご子息と認識したままなのか…コナンくんの苗字江戸川を、藤峰有希子女史の本名なのだろうと思うのか、違和感を抱くときがいずれ来るのか…コナン少年にとってはさぞかし、時限爆弾に等しい存在であることでしょう」
「お前の恋人、時限爆弾だったのかよ…なんかそれ別の作品で聞いた並列だな…」
「現実の時限爆弾は当然ながら忌々しき物ですが、ミサオさんの持つそれは、…少年には悪いですが、私にとってはなんだか、いつ開くのかが決まっていないタイムカプセルにとっておきのサプライズが仕込まれているのだと感づいたときのワクワクとドキドキとを併せ持っていて、果てしなく楽しくなってきますね。ふふ、コナンくんにはとても言えない秘密の楽しみが出来てしまいました」
「まあそれはいいや、次は27巻か」
「…フム。読みました。愛らしい」
「語彙力、語彙力」
「守りたい」
「語彙力…」
「彼のミーハーぶりを、応援します。…少々、妬けもしますが…それよりも応援したい気持ちが遥かに勝ります」
「…推し、なんだな…あとあれな、たぶんそれ、本命の余裕ってやつな」
「タイムカプセルが早速開かれましたね!」
「ああ、それなぁ。アイツなら忘れてると思ってた」
「ミサオさんがあまりにもしごできさんすぎて、この可愛らしい頭をとこしえに撫でていて差し上げたいです」
「とげぬき地蔵でさえそこまで長時間撫で洗いされてたらさすがに動揺すんだろ、ほかの愛でかたにしといてやれ」
「そうでしょうか…彼に対しては、古今東西新旧都鄙、ありとあらゆるミュージアムでさえ収集しきれぬほどの愛情表現の手段を用い、悠久さえ遥か及ばぬほどの時間、それらすべてを実行したいと考えているのですが…」
「んなモン三十三間堂の千手観音像でもとうてい手が足りねぇだろうし、なんか、収拾つかねぇことになりそうだな…」
「それから、このあまりにも可愛らしく愛らしいミーハーさはいったい…」
「お前の愛情ゆえだと思うけど…」
「憧れたドラマの主演女優よりも名探偵毛利氏夫妻に大いにはしゃぐ彼の、無垢な瞳のうつくしさと来たら、いったい……」
「お前の愛情ゆえだと思うけど……」
「この日もし非番だったなら、軽井沢に行くべきでした…何ならば今すぐにでも行くべきなのでは? 彼に連絡しても良いですか?」
「いいけど俺が許可することじゃねぇな…?」
「ミサオさんのこの鷹揚とさえ言えるほどの堂々たる風格は、このころ既に、形成されていたのですね…」
「鷹揚っつーか、ノーテンキっつーか…」
「この短期間での現場慣れぶり、成長速度…実に、胸に迫るものが数多あふれんばあかりです…直接会って、遅ればせながら思い切り愛でたいですね…成長力の伸びしろたるやあらゆる竹林さえぐんぐん超え、天上界をゆうゆう突き抜けることでしょう。神仙達もびっくりです」
「神サンも仙人も、いきなり話題振られたことにびっくりしてんじゃねぇかな…」
「この慣れに彼の日常を思い、我々のそれと恐らく近しいであろうそれに涙があふれんばかりであるとともに、今すぐ抱き締めたくなりました。きっとあふれにあふれた涙と想いが、高い山も天上界もゆうゆう島へと変え、神仙達をしみじみ、驚かせてしまうことでしょうね…」
「たぶん今まさにしみじみ驚いてると思うけど」
「――彼の吸収力と伸びしろには、確かに、目を見張るものがありますからね…フ…」
「におわせはNGで頼めるか?」
「におわせ?」
「…いや、なんか、もういいわ好きなように語れよ…」
「ありがとうございます…?」
「はい、次31巻な。読め」
「読みます。…待ってください、出会い頭から彼の愛らしさがはちきれんほどの林檎や桃の果汁のようにしたたっているのですが」
「それははちきれてるな…」
「その可愛らしさに加速度的に磨きのかかるあまり、神々しさでまばゆい後光を放っているのですが……こちらの弥勒菩薩様には、どのように参詣御供をしたらよろしいのでしょうか?」
「今度会った時に信州ソバでもまた食わしてやれよ」
「なるほど……縁日の際にはお声がけ頂けるよう、併せて連絡しますね」
「縁日がいつかも教えてやるといいんじゃねーかな」
「毎月五日です」
「…あ、そ… ま、とりあえず続き読めよ」
「ええ。
……あの、knskくん…ミサオさんが無防備に酔いつぶれた眠りから醒めた際の顔、声、仕草、存在すべての艶美さたるや、もしもこれに類するものをまるきり初見だったなら、私はとうてい、正気ではいられなかったのですが……ああ、いえ、待ちましょう。見馴染んでいてもなお、このくらめきは褪色知らずで、色合い味わいを深めるばかりではあるんですよ。ですが、これは少々、刺激的すぎるのでは……?」
「当たりめーだけど初見ではねぇのな」
「いえ、酔いつぶれは初見ですよ! ほろ酔い程度ですから、いつもは。しかしこれは、…似すぎていて、なんだか、私だけの特権だと思っていたものがそうではなかったと知らされた動揺と言いますか……」
「…大丈夫だ、安心しろ、コウメイ。お前だけの特権だ。いつに似ているかは聞かねぇが、仮に似ていたとしても、それを知っていて比較ができるのはお前だけの特権だろ。違うか?」
「……そう、ですね…そうですよね!」
「だろ? …信じてやれよ、アイツも、自分も」
「knskくん…応援、ありがとうございます。…もしや我々は、きみの推しなのですか…?」
「推っ…し、かどうかっつーと別段積極的に推す気はねぇけど、まあ、普通に応援はしてやるよ」
「ありがたい限りです…では、ミサオさんの魅力を語らうのを続けるとしますね」
「…おう」
「先ほどの話に戻りますが、目を覚ましたミサオさんの目口にほとばしる色香たるや…これとよく似たカオをありがたくも見馴染んでいる私でさえ、いつもながらしみじみくらめくほどで、やはり、彼の蠱惑性はいかような傾国さえゆうゆう凌駕するものですね…この天体系の秩序さえ、危ぶまれますよ、つくづく。それから、偽者の亡骸を前に信じ込む無垢さも、やはり、守りたい、の一言に尽きます…なんと澄んだ、ピュアなひとみのうるみでしょうか…そして一点述べたいのが、コナンくんからのアングルのおしりは、やはり年齢制限が必要なのではないですか? 私も偶然、これに近い角度から見たことはありますが、刺激的でした…加えて、半袖の袖まくりも特大高得点です。彼の袖を一段折って差し上げるのはこのときも私であるべきだった…彼の言動のすべてが愛らしく、やはり、彼を愛さずにおれない存在など素粒子のひとつさえあり得っこないとしみじみ、深く、思います」
「…あり得っこないはずのやつ、ここに居るぞー…」
「ミサオさんのノリやすさ、付き合いのよさ、はしゃいだり誇らしげにしたりなどする姿の愛らしい愛おしさ……彼の親しみやすさが、ふんだんに表れていますね。いやはや、ミサオさんという人柄のすばらしさを改めて拝見でき、たいへん感慨深い機会となりました。
…knskくんも少々お疲れのようですし、このくらいにしておきますか?」
「……お疲れなの分かってて続けてただろ」
「さあ? どうでしょう」
***
「えぇっ?! 僕のことを、ymt警部相手に語ったボイスレコーダー、ですか?!」
自らを指しながらぱくりとあくくちもとも、まん丸く開かれたどんぐりも、その愛らしさたるや、ああ、やはりとうてい語り足りていない。にこりと、やわらかく笑んで高明は返す。
「はい。あなたの魅力を一角さえ語り切れてはいませんが、よろしければ、ミサオさん本人に聞いてほしくて」
聞くなりミサオは、照れ照れとそのつややかな自らの髪を少しだけ掻くようにしながら、表情と仕草とをころころ変える。その豊かさたるや、豊穣神さえ崇拝の座を危ぶまれることだろう。高明はそんなことを、内心で思いながら鑑賞する。
「えぇ~~、そうなんですかァ、照れちゃいますねェ~。……ケド、なんか、ちょっと、妬けるっていうか……僕に直接、語ってくれてもよかったのにィ……あとあれです、できれば動画で欲しかったですね! たかあきさんがどんなお顔や仕草で僕の話をしてくれてるのか、想像するのも楽しいんですケド、答え合わせもできるとうれしいです。ていうか、僕のこと褒めちぎってくれちゃってるに違いないたかあきさんのこと、ymt警部だけ見られるってズルくないですか?!?! え~ん、僕だって見たかったですよォ~~~~」
うるり、うるうるうるんだひとみが、自らの前腕を束の間枕にしたあとぐいと高明に詰め寄ってくる。きゅっと掴まれたシャツ越しに、胸元間近、彼の体温を、ああ、存在を感じるのが高明の胸を、とうとうとぷり、満たすのだ。高明は、ウインク交じりにひみつごとじみた人差し指を自身とミサオのくちびるとに順にそっと添え、言い聞かせるよう、少し声のトーンを落として、ささやきめかして、いたずらっぽくこう告げた。
「ですが、これを聞かせている私の顔は、あなただけのものですよ? …ふふ。…まあ、答え合わせは、また後程、ゆっくりと…再現しきれるかはわかりかねますが」
「っ! 、ま、まあっ、とにかくゥ、そんじゃあさっそく、聴かせてもらっちゃったりなんかしちゃいましょーかねっっ!」
バッと少し離れた手と身、ふふんと得意げかのよう誤魔化しふいと背けられた愛らしい顔、閉ざされたまなこの天蓋、容易く読み取れる動揺に、含蓄ただしく伝わったと解せ、高明はそのにこやかな笑みを妖しく深める。半月程度に開いた横目がそれにまたどきりと、少し小柄な肩を跳ねさせ視線を逸らしてまた戻すのが愛おしい。
「…どうぞ?、ごゆっくりと」
「……っ、……あのォ、薄々思ってたんですけど…もしかして結構、たくさんお話、してくれたりなんか、しちゃってます?」
「さあ? 言った通り、語り足りてはいませんよ。聞いて、確かめてみてください」
「っ、…ええいっ! そんじゃあ、聴きますよ! なになに、……ムムっ、…え、……… …っ、……………」
冒頭のknskの言葉に反応しようとしたあとは、ミサオは子音ひとつさえ、間の一拍さえ聴き逃すまいと、顔の朱をハイスピードでぐんぐん高めながら、ボイスレコーダーを持つ手さえ朱に染めながら、それでも聴き入っていた。くちをはさみたそうにあけたり閉めたり、むぐむぐしながら、それでも、黙って聴き入る。さいごのおとの余韻が空気にとけてもしばらく、ミサオは無言だった。はっと、したようにじき、やっとのようにことばを発し始める。
「………えぇっと……その、…きき、…おわり、ました…………あぁ~……えぇっと、そのォ………なんだ………
っ……、……とりあえず、…次の五日、非番デス…」
ちいさく、ほとんどちいさく挙手しながら、それでもそのひとこと告げられ、高明はにこりと笑みを深めて問う。
「信州ソバと上州ソバ、どちらがよろしいですか?」
「…っ、…中間で!」
わかりきってるでしょう!と、言わんばかりにミサオは両のにぎりこぶしを斜め後ろに向けてぐいと伸ばしながら、胸を反らせるよう張りながら、まるいひとみをぎゅっとつむり隠しながら、林檎よりも真っ赤に染まった、白桃よりもあまくけぶる色香を高明だけにみせながら、オーダーする。
「了解です」
年に幾度かは足を運んでいる原点行きが、近々に再度、決まった瞬間だった。
終