《 想い出と対価の話 》 夜遅く人通りも無い鏡舎の真ん中で、オンボロ寮の監督生は逡巡していた。
左から数えて三つ目、巻き貝や珊瑚の装飾が施された鏡の前を行ったり来たり。時折何か覚悟を決めたようにその滑らかな表面をキッと見据え、かと思えば再び目を伏せたりしながら、心はその奥に繋がっているオクタヴィネル寮を、そしてその中の一室にいるはずの恋人、ジェイド・リーチのことを思う。
学園長室に呼び出されたその帰り道、顔が見たいという衝動に突き動かされて一直線にここまで来たけれど、最後の一歩が踏み出せないまま早くも十五分ほどが経過してしまった。
やっぱり迷惑だろうな、こんな夜更けに会いたいだなんて。
手元の時計は間もなく二十二時半を指そうという頃。
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