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    mike_zatta

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    mike_zatta

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    夢を見る監督生の話。

    飽きもせず寿命ネタです。痛いとか怖くはないけど悲しいかもしれないので、大丈夫な人向け。

    3と付いてますが続編ではないのです。またまた別の偏愛。

    #ジェイ監
    jayJr.
    #twstプラス
    twstPlus
    #twst夢

    《 偏愛3 》 空を飛ぶ夢を見た。

     毎夜世界に溢れる多くの夢がそうであるように、目を開いた私は唐突に、それでいてごく自然に、あの懐かしいオンボロ寮の裏庭に立っていた。在学中数えきれない時を過ごしたその場所には、一度うっかり使って洗濯物が赤銅色に染まった錆びた物干し台だとか、猫の額ほどの大きさながら驚くほど充実していた家庭菜園、そしてガーデンテーブルというには若干無骨すぎる机と椅子なんかが記憶と変わらずにちゃんとあって、それだけで郷愁に駆られてしまう。視線を落とせば私の手には二人分のティーセットが入ったバスケット。頭上からは「全く、すっかりあなたをお待たせしてしまって」とうっすらと憤りの滲む声が降る。振り仰げばそこには、記憶より少しだけあどけない顔をしたあの人の姿。
     あぁこの日のことはよく憶えている。私が持つものより一回り大きなバスケットをテーブルに置きながらちょっと頬を膨らませた彼にこの日何が起きたかといえば、午後の授業で突然言い渡された飛行術の抜き打ちテスト、落第、そして補習の三点セット。私の大好きな"先輩"はどんな事でも器用にこなすくせに、何故だか箒で空を飛ぶことだけは異様に下手くそだった。
    「そもそも、僕は人魚なんですよ? 舞台フィールドが空であっても、飛ぶより泳ぐ方が得意で当然と思いませんか」
     夕方になってようやく解放されたものの午後の予定がずれ込んですっかり拗ねたような顔をしたその人は、つらつらとそんな理屈を捏ねたかと思うといつもよりいささか投げやりな所作でマジカルペンを振る。何をするの、と問いかける間もなくその長身がふわりと宙に浮かび上がるものだから私はすっかり言葉を無くしてしまって、それをみた彼は「目玉がこぼれ落ちそうですよ」なんて物騒なことを言って愉快そうに笑った。
    「ほ、ほうき、箒は?」
    「さて? 空を飛ぶのに箒が必要だなんて、誰が決めたんでしょう」
     そう言って気持ちよさそうにすいすいと空を泳ぐ、夕刻の柔らかな陽光に縁取られたその姿に尾鰭おびれが重なって見えた。こんな飛び方があるなんて。まるで水の中を飛ぶように泳ぐペンギンみたいだって思ったこと、この時わたし、彼に言ったかしら。水中を飛ぶペンギン、空を泳ぐ人魚。さぁ貴女も、と私の手を引いた彼と一緒にどこまでも泳いで、燃え上がるような橙に染まる秋の森を空から眺めたあの日。
    「ねぇ、また明日も楽しいことをしましょうね」
     そう言って笑う彼が、すぅと溶けて消えてゆく――夢が終わる。

     目を覚ました私はまた、泣いてしまう。

     ◇

     一年前にジェイドが死んだ。

     人魚というのはとても長命な種族だ。それに比べて人間の寿命はあまりにも短い。それはこの世界で生きる人々が当然持っている"常識"であって、いわば途中参戦の私ですらNRCに放り込まれてほどなくその知識を得た。十八歳の誕生日を迎えた日に彼とお付き合いを始めた時も、卒業して一緒に住み始めた頃も、プロポーズを受けた日も、幸せな結婚式の最中にさえ、いつだってこの寿命問題は私の心の片隅に大小さまざまな形でうずくまっていた。どうしたって私が先に死んでしまうなら、それまでに何をすればいいだろう。どうしたらその現実を受け止めて、より長く、前向きに同じ時を生きていける? どうにか彼を悲しませずに逝きたくて、願わくば生まれ変わっても再び一緒になりたくて。散々悩み、落ち込み、考え、共有し、乗り越えたその日々を嘲笑うように、人魚の彼が、私より先に、死んだのだ。

     冗談交じりで心配していたような私怨、復讐、敵対勢力との抗争。そんなドラマチックな話でも何でもなくて、ちょっと出掛けた先でちょっとした事故に巻き込まれて、ちょっと手当てが間に合わなくて。そんな風にしてあまりにもあっけなく彼は私の前から消え去った。
    「人魚が不老不死だっていうのは、やっぱり迷信だったんですね」
     自分では全く覚えていないのだけれど、葬式の喪主挨拶で私はそんなことを言ってころころ笑っていたらしい。人魚の寿命はとても長い。けれどそれは、その歳を迎えるまでは不死身という意味では決してない。当たり前だ。至極当然の論理ロジックなのに、なぜ置いていくのは自分だと信じて疑わなかったんだろう。

     その彼が、一ヶ月前から毎晩私の夢に出る。

     ◇

     一回目は忘れもしない九月の長い雨の夜のこと。

     それは魔法薬学の合同授業で初めてペアを組んだ時の夢だった。課題の薬品を手早くそして完璧に調合して提出した後で、釜の火を落とす前にこっそり鬼火草おにびそうの粉末を放り込んで小さな火花が弾けるのを見せてくれた先輩。担当教師に睨まれて二人して愛想笑いをしたら、いたずらっぽく笑う彼の睫毛が穏やかな春の日差しにキラキラと煌めいて、その横顔から目が離せなくなってしまった、恋の始まりのあの日。
     水底から浮き上がるように目覚めた私は夜の闇の中で窓ガラスを打つ雨粒の音に呆然としてからわんわん泣いて、泣いて、泣き止むことができなくて、結局その日は仕事を休んだ。彼がいなくなって初めて泣いた。それまでどんなに会いたいと願ってもからっきしだったのに、念願の再会がこんなに鮮やかな夢だなんて相変わらずあの人は意地悪だ。

     そうして泣き疲れて倒れるように眠ったその日の夜、驚いたことに彼はまた私の夢にやってきた。そしてその次の日も、そのさらに次の日も。
     初めてふたり山頂に並んで見た満天の星空のことや、お気に入りのレストランのテラスで過ごした午後のこと、新婚旅行で深海を巡った時、プロムの夜、キッチンでクッキーを摘むような何でもないひととき。
     毎日まいにち夢を見て、まるで心の底に積もった思い出をゆらゆらと揺り起こされているみたい。その手の温度や眼差しはいつだって本物みたいに暖かくて、懐かしくて幸せで、ただ、それでいて心におりが溜まるような心地がする夢だった。一ヶ月の間に、私が夢の中で過ごす時間は少しずつ確実に増えている。日に日に頭はぼんやりとして、足元はふらふら。最近は起きている時にもふとした瞬間にあの人の声が聞こえることがある。なんでもないところで躓いたり、掴んだものを取り落とすことも増えた。何より目覚めたときに必ず私は泣いていて、おまけにその涙が不自然にきらきらと光る――

     あぁ私だって曲がりなりにもNRCの卒業生なのだ、これがただの夢じゃないことくらい流石にもう理解している。良くてまじない、悪くて呪い。少なくとも心身にいいものではない何か。でも心配はないの。先輩、同輩、それから後輩。有難いことに友人知人に優秀な魔法士が沢山いるのだから、腰を上げさえすれば解決の糸口は容易に掴めるだろう。

     解決して、体調を戻して、そして、それから?
     彼のいない世界を一人で生きて――

     ◇

     ねぇ先輩。私本当は知ってるんです。一ヶ月前、あなたの部屋で見覚えのない箱を見つけてからこれ・・が始まったこと。

     テラリウムにきのこの標本、スケッチブック、たくさんの本に服にテント、大きなリュックサック。いまだに何一つ片付けられないその部屋で、ひとり静かに一日の終わりのひと時を過ごすのはいつもの日課。その日違ったのは少し開けておいた窓からざぁっとひとすじ風が吹き込んだこと。突風に煽られたカーテンがばたばたと勢いよくはためくものだから、反射的に目をつぶって、開けて、そうしたらそこに箱があった。上に乗っていた書類でも飛んだのかしら。そう思って近寄れば、懐かしい筆致で"To my dearest"と書かれたカードに心臓がどくりと大きく身震いをした。あの人から、わたしに。にわかに冷えたような気のする手で開けた箱の中には、彼の魔法石によく似た色の石をあしらったペンダントがお行儀よく収められている。この時は、渡せず仕舞いのサプライズプレゼントだと思った。誕生日も結婚記念日も今年の分はもう過ぎていたけれど、彼はそういう人だったから。
     でも今は、万が一のことを想定してあの人が残した魔法なんじゃないかって思ってる。

     初めて例の夢を見たのは、そのペンダントを箱ごと抱きしめて眠ったその夜のこと。毎朝、目覚めと同時に溢れる涙は相変わらずきらきら光って、胸元に光るペンダントに日々吸い込まれていく。最初はクリアなブルーグレーだった石は今やあちこち黒く濁ってしまった。まるで――そう、ブロットが溜まるみたいに。

     ふふ。

     「知っているんです」なんて、あの人が何をしようとしているのか、実のところちっとも分かってなんかいないんです。そもそも全部が勘違いで、彼の仕業なんかじゃないのかもしれない。それでも唯一この身をもって感じるのは、日ごと私が弱っていくのに比例して身の回りにあなたがいるような感覚が強くなっているということ。

    ――えぇ、気のせいじゃね?
     うーん、そうかも。
    ――誰かに相談した方がいいんじゃないか。
     うん、そうだよね。

     頭の中で昔馴染みが小芝居を繰り広げるけれど、ううん、きっと大人になったみんなはそんなことを言う前に、有無を言わさず私からあのペンダントを取り上げてしまうから。それをどんな言葉で拒めばいいのか、それが分からなくて今日も私は誰にも会えない。夢にすがって良いことなんて何にもない。このままじゃ私の身体、どうなるのかも分からない。それでも、ねぇ、どうしよう。私、今とっても幸せだから。この幸せを守るためなら謎は謎のままでいい。

     再びあなたに会えるのならば、謎は謎のままがいい。
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