ネオンに輝く街その日、休みだったツォンに夕方ヴェルドから仕事の連絡が入った。
デリヘル嬢の送迎。
急に送迎が1人居なくなったから代わりに、と言うことだった。休日だったが楽な仕事だったので引き受けた。
数人の嬢をホテルに送ったあとに、そいつと初めて会った。
「お疲れ様です。キャルさんで宜しいですか?」
ツォンの問いに一瞬、嬢がビクリとした。
「あ、はい。よろしくお願いします。あの、いつもの方は?」
「体調不良で休みです。少しの間、私が代わりに送迎させて戴きます。」
そうなんですね、と言いながら嬢が後部座席へ乗り込む。茶色のストレートの髪が肩より少し長いくらいで、体型は普通。身長は155センチくらいだろうか。美人というほどでも無い。いたって普通だ。
店のオーナーは、今1番売り上げのいい子だから、と言っていたが。
「キャルさん、グランドホテルの502へお願いします。」
そう言って車を発進させる。信号待ちでお釣り分の札を渡すとありがとうございます、と受け取っていた。
そのままホテルへ送り届けて、また、別の嬢の迎えに行く。
ツォンはネオンに光る夜の街をくるくると走った。
2時間後、キャルを迎えにグランドホテルへと向かった。
「お疲れ様でした。変わった事は有りませんでしたか?」
マニュアル通りのツォンの言葉に、キャルがポツリと返した。
「あの、一度事務所に戻ってオーナーと話がしたいのですが・・・」
「すみません、キャルさん次、指名が入っているので。」
「そうですか・・・」
「何かあったんですか?」
「いえ、大丈夫です。」
しっかりとした返答に、ツォンもそこまで気にしては居なかった。
「一度、マリアさんを拾って第三ホテルに向かいます。」
そう言ってまた車を走らせる。マリアを拾うとキャルの雰囲気が変わった。
「おっつかれさまでーす!キャルちゃん、お疲れ様ー!」
「マリアちゃん、お疲れ様ー。今日のリップ似合ってるー!」
キャルがキャッキャしながら話し始めた。
「さっきのお客さんから貰ったんだー。」
「えー、いいなぁ。私、この前、お客さんから小説もらっちゃったよ。」
「いらねー!!」
嬢の話を聞くとも無しに耳にしながら運転していると直ぐに第三ホテルへとついた。
「じゃ、マリアちゃん、行ってくるね。」
「行ってらっしゃーい。」
キャルを下ろして事務所へと向かう。
「マリアさんは、事務所で待機になります。」
「りょーかいでっす。ねえ、送迎さんって名前なんて言うの?」
「・・・ツォンです。」
「オーナーの知り合い?」
「まあ、そんな所です。」
それだけ会話すると嬢はふぅんと言って、スマホをいじり始めた。ツォンも黙って運転する。
雑貨ビルの3階。普通のLDKを事務所として使っていた。嬢と一緒に事務所へと上がる。
「お疲れ様です。このまま、次の送迎まで待機します。」
ツォンが軽くお辞儀をしながらオーナーに話しかける。
「ああ、ありがとうございます。ツォンさん、急に頼んですみません。」
「いえ、特にする事もなかったので。」
ツォンがオーナーと話している間に嬢はスタスタと上がりソファへ座った。
他にも2人ほど待機している嬢がいた。
挨拶するべきか迷っていると、オーナーが簡単に紹介してくる。こちらも軽く挨拶だけした。
「短い間だけど、できれば顔と名前、覚えてあげて。」
「わかりました。」
そう言ってツォンは少しの間、嬢の顔を見るとそのまま窓の方へ歩いて行った。閉められたカーテンを少し開ける。暗闇の中に行き交う車のライトとホテルのネオンがぼんやりと光を放っていた。
静かな空間に電話の音が響いた。オーナーが空いている嬢の名前を出しオーダーを受ける。
「ケイトちゃん、仕事入りました。オプションで生パンプレゼントなので、そこの下着穿いて行ってね。」
「はーい。」
嬢が下着を穿き変えると一緒に事務所を出た。ツォンは何度もホテルと事務所を往復しながら嬢と定型的な会話をした。
夜中2時。ようやく、閉店となる。が、キャルにロングの客がついた為、ツォンは帰れなかった。嬢の居なくなった事務所で時間を潰し、明け方4時過ぎに迎えに行った。
「お疲れ様でした。」
「あ、はい。お疲れ様でした。」
今日の売り上げを手渡しする時見えた顔は泣き腫らした様に目が赤かった。
「何かあったんですか?今日は終わりですし、事務所行きますか?」
「・・・お願いします。」
事務所に戻ると、キャルが小さな声でオーナーと話し始めた。小さい声と言っても同じ部屋にいるツォンにも聞こえる。
「あの、今日、1人目のお客さんに首を絞められて・・・急でびっくりしただけなんですが、その・・・」
「そっか、怖かったね。次そう言うことがあったら直ぐに言って?そのお客さんはキャルちゃんNGにするから。仕事、頑張れる?」
「はい、すみません、わがまま言って。有難うございます。頑張ります。」
キャルがそう言ってふわりと笑った。
「他は何も無かった?目が赤いけど。」
「あ、これは、先程のお客さんに言って泣いてしまっただけなので。」
「そう。でもお客さんの前で、他のお客さんの話をするのは良く無いね。」
「はい、すみません。気をつけます。」
そう言ってお疲れ様です、と事務所を出た。車に乗ったキャルが後部座席で小さく欠伸をする。本当に普通の女の子だ。
「お疲れ様でした。直接自宅でいいですか?寄るところは?」
つい、定型以外の言葉を掛けてしまった。
「良ければコンビニへ寄って貰いたいです。」
ツォンはコンビニへ寄ってからキャルを自宅へと送った。
「長い時間、有難うございました。お休みなさい。」
「ああ、お休みなさい。」
明け方におやすみと声をかけるのもどうかと思いながら小さなアパートへ入るキャルを見送った。