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    Tari

    @TariTari777

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    Tari

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    義煉三部作、完結編です!
    これで最後まで…行ったかな??

    #義煉
    yiLian
    #ぎゆれん
    dietMembersCaucus

    朝月夜朝月夜
     荒い息遣いが、辺りに響いていた。木々の合間を夜のしじまが満たしていて、白樺の木の隙間から見上げる空も、黒く塗りつぶされている。
     息遣いは煉獄のものだった。すでに手負いのようだが、特に深い傷ではなさそうだ。息が上がっているのは、そのせいではないようだった。
     すでに鬼は斬り倒されて、隠たちが後始末に忙しく動き回っている。
     別の鬼を追っていた冨岡は、そちらを始末して戻ってきて、暗闇を見つめたまま立ち尽くす煉獄を見つけたのだ。
    「炎柱様」
     隠の一人が声をかける。煉獄は、我に返ったようにその者を見た。
    「お怪我の手当を……」
    「いや、いい。自分でできる」
     いつもの優しい声だが、どことなく固い響きが混じった。
    「すまないが、あとは頼む」
     気遣うようにそれだけ言って、煉獄は立ち去ろうとする。そこで初めて、冨岡の存在に気づいたように、目を見開いた。
     その瞳の中心が、森の漆黒の闇で塗り潰されたように、一瞬だけ見えた。
    「冨岡」
     煉獄はほっとしたような、気まずいような顔で呼ぶ。
    「怪我をしたのか」
     冨岡が問うと、一瞬呆けたような沈黙があって、それから緩やかに首を振る。
    「ああ、別に……たいしたことはない」
     そんなことを言うので、冨岡は彼の進路に立ち塞がった。
    「……お前が持ってきた、胡蝶の薬がある」
    「いや、俺は」
     煉獄はそう言いかけるが、冨岡は懐から傷薬の入った薄い缶を取り出した。煉獄はそれをちらりと見やって、軽いため息をつく。
    「……わかった。もう止血はできているから、藤の家で頼む」
     なぜだか、そこから早く立ち去りたいような気配を滲ませて、彼はそう言った。


     夜更けに藤の家紋の家について、風呂で身体と傷口を清めると、煉獄は冨岡の部屋にやってきた。
    「約束だからな」
     そんな言い訳をして、寝巻きの裾を捲って脛を出した。そこは鬼の爪で引っ掻かれた痕が三本もついている。血は止まっているものの、見た目は痛々しい。
     前回、煉獄が手当てをしてくれたとき、彼は少し哀しそうな顔をして、薬を塗っていた。冨岡はいつも通りの表情で、淡々と薬を塗り、綿布を被せ、包帯を巻いていく。片方の脚を差し出して、もう片方は膝を立てて顎を乗せ、煉獄はその様子を眺めていた。
    「ありがとう」
     そう微笑んで、煉獄は相手に視線を向ける。それはいつも通りに見えるが、少し覇気がないようにも思える。
     開いた障子からは、秋の涼しい風が入りこみ、鈴虫の声を乗せてくる。空には、煌々とした月が静かに浮かんでいる。
     少し、煉獄の指先が、ためらいを乗せて彷徨った。しかしすぐに、胡座になったひざに置かれる。
     深い口づけを交わした日、冨岡の瞳の中にあった熱を、煉獄は気づいてしまった。そのことが、彼自身にも熱を宿してしまったのかもしれない。
     だがまだ、それ以上踏み出すことは互いにしないでいた。どちらも望んでいないのか、あるいは。
     二人の間に満ちる沈黙を、秋風が少し揺らして行った。
    「君の剣は、静かでいい」
     ぽつりと、煉獄が呟いた。冨岡はなにも言わず、ただ相手の美しい眼差しを見据えた。そこに、少しの陰りが宿るのを見ていた。
     君は、鬼と話したりしないだろう。鬼に身を堕とした理由など訊かないだろう。
    「それでも、君の剣は優しい」
     理由など問題ではない。それを聞いてやることばかりが、救いではない。ただ、慈愛に満ちた裁きの剣を振るうだけで、救われる魂もあるだろう。
    「それが、少し羨ましくなる夜もある」
     そう言って、煉獄は目を伏せた。
     皆に頼りにされ、愛されて、讃えられるこの男が。なんの痛みを抱えているというのか。今夜の鬼に、己の苦しみのなにを見出したというのか。
     冨岡は、問うことはしない。煉獄の傷口を見たときと同じように、眉一つ動かさず、相手を見つめるだけだ。
     またわずかの間沈黙が落ちて、やがて煉獄が目を伏せたまま笑った。
    「……君ときたら、不意に口づけをするかと思えば、こんなときに手も握らない」
     そして、眉を下げて彼を見た。冨岡はむっとして、ずい、と膝を進める。
     それから、煉獄の膝に置かれた手を取って、自分の両手の中に包みこむ。
    「……手を握れば、口づけたくなる」
     そう言って、唇を寄せた。その凪いだ瞳が閉じられ、近づいてくるのを見て、煉獄も瞼を伏せた。すぐに舌が絡み合い、口づけは深くなる。
    「口づければ、触れたくなる」
     唇がまだ触れそうな距離のまま、冨岡はそう告げた。凪いでいると見えた瞳には、いつの間にかあの火花が覗いていて、煉獄を映す。唇にかかる吐息が熱い。
     煉獄の肩を、冨岡が掴んだ。正面から瞳を見据える。
    「お前は、それでいいのか」
     このままでいることもできる。互いに、胸に宿ってしまった熱を、見ないふりをして。
     ……きっと、そちらの方がいいのだろう。不器用な男が二人、想いを深め合ったとて、なににもならない。そこに未来も希望もない。厄介な劣情に苦しむことになるだけだ。
     そんなことをきっと考えて、立ちすくんだ二人の間に、しんとした夜の闇が染みこんでいく。遠い空から差しこむ月明かりが照らしていく。虫たちは、この部屋の事情などお構いなしに、大きな声で鳴いた。
     ふ、と煉獄が声を漏らした。ふふ、と続いた声は、柔らかく笑っている。
    「はははっ」
     ついに、大口を開けて笑い出した。夜更けのことだ。普段よりは抑えているものの、朗らかな笑い声を上げる。
     冨岡は、それを眺めていた。まだ煉獄の肩に手を置いたままで、すぐ近くから。
    「冨岡」
     ようやく煉獄が、まだ笑みを口元に纏ったまま、目線を上げた。その透き通る瞳の中心は、先ほどの翳りはもう消えて、朱い炎が燃え盛っている。消えることのない、この男の心の炎のように。
     冨岡は、それを見て、微かに頷いたようだった。
     おそらく、言葉の足りない彼には、言葉がそれほど必要ではないのだ。細かな事情やら感情やらを言葉でやり取りしなくとも、事足りるのだ。
     例えば、鬼に身を堕とした理由など訊かずとも、赦しを与えられるように。
     そばに座っているだけで、慰めになるように。
     視線を重ねるだけで、想いが伝わるように。
     どちらともなく、腕を伸ばした。
     互いの温かい身体を、両の腕で包みこむ。そのまま、二人して畳の上に静かに倒れこんだ。煩いほどの虫の声も、耳には入らなかった。
     冨岡は仰向けになった煉獄に、そっと唇を寄せた。そして、ふふ、と微笑んだ。それを見て、煉獄もまた笑う。
    「君、こういうときの作法なんてわかるのか」
     からかうように言って、冨岡の背を抱き寄せる。
     冨岡はまた不本意な顔をして、彼の着物のあわせから、手を差し入れる。
    「なあ冨岡、せめて戸を閉めてくれないか」
     笑みを含んだ声で、煉獄が言う。
    「……必要ない」
     冨岡はそのまま、彼の寝巻きの肩をはだけさせようとする。
    「そんなことはないだろう。君はともかく、俺は声が大きいし」
     言いながら、煉獄は着物の肩を押さえて起き上がりかける。それを手で制して、冨岡は仕方なく立ち上がり、戸を閉めて、障子を閉める。
     振り返ると、上半身だけ起こして見ていた煉獄が、頬をわずかに染めていた。
    「……なんだか、浮かれているようだ」
     恥ずかしそうに呟いて、目を伏せる。もう一度畳の上に仰向けになると、その金色の髪が広がった。それを見下ろして、
    「俺もだ」
    と、冨岡が応じる。なぜだか得意げなその表情に、煉獄は声を上げて笑った。
     その夜は、愉しげな笑い声と、密やかな囁きと、そして熱い息遣いが、暗い部屋の中で途切れることもなかった。
     幸福な二人が眠りに就くころには、すでに世界は淡く明けていて、虫たちもすっかり静まり返っていた。
     高い空の上で、真っ白な月が、沈むことなく浮かんでいた。この夜の終わりを、見届けるかのように。
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    Tari

    DONE相互さんのお誕生日祝いで書いた炭煉小説です。
    なんにも起きてないですが、柔らかく優しい情感を描きました。
    水温む 下弦の鬼を斬ったときのことだ。そのときの炭治郎には、実力以上の相手だっただろう。常に彼は、強い相手を引き寄せ、限界を超えて戦い、そして己の能力をさらに高めているのだ。
     そのときもそうやって、とっくに限界を超えたところで戦い、そして辛くも勝利した。最後の最後は、満足に身体が動かせなくなった彼のもとに、煉獄が別の任務から駆けつけてくれ、援護してくれたのだ。
     我ながら、悪運は強いと思う。こうして柱に助けてもらったのは、初めてではない。普通なら、とっくに鬼に殺されていたところだ。
     煉獄がほかの柱と違ったのは、彼が炭治郎の戦いを労い、その闘志や成長を率直に喜んでくれるところだ。
    「見事だった、少年」
     そう言って微笑んだ顔が、それまでに見たことのないような、優しい表情で。父や母の見せてくれた笑みに似ているが、それとも少し違う。多分この人は、誰に対してもこんなふうに微笑むことができる。それが家族や恋人でなくても、等しく慈しむことができる人なのではないか。限りなく深く、柔らかな心を、その匂いから炭治郎は感じ取った。
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