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    14zrzr28

    @14zrzr28

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    14zrzr28

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    ※よくある謎の権力で結婚相手が決められているタイプのパラレル世界線です
    ※細かいことは気にせず
    ※モブ霊(18×32)です

    ##モブ霊

    おめでとうが決まっている世界の話 十八歳を迎えると、白い封筒が渡される。
     中に書かれているのは、自分が将来結婚をする相手だ。国が管理をしている専門の機関でDNAやら何やら色々と割り出し、最高に相性の良い相手が記されている、らしい。
     それがなんとまあ、疑う余地もない数値だとかなんとか。霊幻も、まだ学生の頃にちょっとした興味から専門書を手にとってみたことくらいあるが、中身は、もはやそういうのが趣味の人にしか分からない世界が果てもなく広がっていた。要するに、最初の数ページであっけなく脱落をしたのである。
     ずうっと昔は、こんなふうに管理なんかされてはいなかった。筆をとって詩を詠んだり、相手の家へと何度も通ったり。あるいは当人の感情なんか二の次で、国同士の争いごとから人質の意味合いも含めて嫁がされたり。
     そんな歴史の末に、今ではもうすっかり、国が相手を決めてしまうというのが主流だ。
     なんたって、相性が最高なのである。
     義務教育のうちに仕組み程度は授業でも学ぶし、不満が漏れ出すことなどちっとも無かった。さらに言えば自分の両親だって祖父母だって、同じように結ばれてきたのだから。
     十八歳の誕生日に学校へ向かうと、担任の先生から白い封筒を渡されて、そして初めて自分の相手を知る、らしい。
     らしいというのは、霊幻は学校で封筒を渡されていない。十八もとうに過ぎたお年頃だというのに、未だにそれを手にしたことがない。
     別に、不良で学校へ通っていない訳でもなかった。教師に対して反発をしていた訳でもない。何故ならこの制度には一部例外があって、相手が自分よりも年下の場合には封筒を渡されないからだ。
     こちらが先に十八歳を迎えていようとも、相手がまだ十八歳になっていなければ提示されない。一つ年下なら十九歳の頃に自宅のポストへ届いて、五つ年下なら二十三歳の頃に自宅のポストへ届く、らしい。
     らしいというのは、霊幻は未だに自宅のポストへと封筒が届いた試しがない。とうとう三十を一つ越えて今年三十二歳になるというのに、それでもなお、ポストは空のままだった。
     一体、どれだけ年の差がある相手なのだろう。
     もしや自分の場合は何かしらの不具合で、相手がいないのではなかろうか。そんな心配も当初はあったものの、かといって別段どうしても結婚がしたい欲も無い。
     だから、まあいいかと適当にしておいた。今となっては、そういえばまだ届いていないなあとたまに思い出す程度だ。
     さすがに七十歳になって届くのだとしたら、それはそれで困るものだが。
     なんて思いながら、霊幻は事務所へ出勤をする前に家のポストを覗く。いつものように広告のチラシたちを片付けようとして――そして、その中に挟まった白い封筒を見た。
    「…………え?」
     瞬間、固まる。
     だけれど封筒が白いことくらい、いくらでもある話だろう。なにも使用されるのが通知書だけとは限らない。そうやってドキリと跳ねた心臓を抑えつつ背面へと回し確認すれば、ところがなんと、差出人は調味市役所からであり。
     これは、まさか、あの。
     急ぎ家の中へと駆け込んで、慌てて封を切った。中身はたった一枚印刷された用紙が入っており、少し震える指先で内容を確認する。
     果たして、そこに書かれていた名前は。



    「いた! エクボ!」
    「……朝っぱから何やってんだお前さん」
     影山家の前で身を隠すこと数十分。ふわりと玄関をすり抜けてきた緑色の塊を、霊幻は必死になって呼び止めた。
    「お前に頼みがある」
    「面倒くさいから断る」
    「そう言うなって! まずはちゃんと内容を聞けよ」
     どうにか頼むこと数分。無い足が、ようやく進むのをやめて止まってくれた。
     ついでにエクボから尋ねられた「仕事はどうしたんだ」という問いかけには「朝の業務は芹沢に任せてきた」という回答を返しておいた。
     つまりはサボりかと呆れた眼差しを向けられるものの、とはいえ事態は仕事どころでは全くないのである。
    「……今日、モブが担任の先生から白い封筒を渡される筈なんだ」
    「ふーん」
    「で、お前にはモブがそれを開くのを阻止して欲しい」
    「断る。やっぱり面倒くせえ話じゃねえか……俺様になんのメリットがあるんだよ」
    「俺が助かる」
    「断る」
     非情な悪霊はそう言って、霊幻の頼みをスカッとかわした。そこを何とかと再び頼み込んでみるものの、今度こそ効果はまるでなくて、変わらず承諾は貰えそうにもない。
    「今日はシゲオの誕生日だろ。事務所でパーティやるって言ってたじゃねえか。こんなところで油売ってちゃ…………ああ」
     そこまでの道筋を辿り、途端に合点がいった様子だった。空中をくるくると回り、あれかあ、と呟く。
    「封筒って、縁組みの相手が書いてあるとかいう……なるほどな、俺様が生きてた頃には無かったからピンと来なかったが」
    「……お前、何年生まれなの」
    「さてな」
     そうして霊幻へと向き直ると、仕方がないといったふうにため息を吐いた。
    「霊幻、いい加減弟子離れしろよ。シゲオだっていつかは結婚するんだ……一時凌ぎで現実から目を逸らしたって、しょうがねえだろ」
    「いや、ちが……」
    「まあせめて午前中、芹沢の手伝いくらいは俺様がみといてやるよ。貸しにしとくからな」
    「だから、ちが……っ」
    「じゃあな」
     こちらの言葉も届かないままに、あっという間に不可視状態になって消え去ってしまう。これしか最善は無いと考えていたのだが、残念なことに当てが外れてしまった。
     肩を落とし、どうしたものかと途方に暮れていると、不意に背後から声をかけられて。
    「霊幻さん、通報しますよ」
    「うおっ!」
    「……朝から他人の家の前で、何してるんですか」
    「律か…………初手で知人を通報しようとするなよ」
     驚きに暴れる心臓をなんとか落ち着かせながら、霊幻は声の方向へと振り返った。
     そこには、ブレザー姿の律が立っていた。学生鞄を慣れた様子で右肩にかけ、中学生とは程遠くすっかりと様になっている。思っていたよりも目線の高さにそう違いがなくて、あれ、と不思議に思うも、そういえば半年ぶりに顔を合わせたんじゃなかろうか。
     高校二年生を迎えた律は、幼さを残す姿からだいぶ成長をしている。
    「……モテてそう」
    「は?」
    「いや、こっちの話」
     元々、中学生の頃から女子にちやほやされるタイプではあったが、それにますます磨きが掛かっていた。霊幻が学生の頃にだってそりゃあモテるクラスメイトも存在していたが、なんというか、がっつりとその類に入っている。
     こいつにだけ、封筒が複数届くとかないよな。
     なんて、余計な想像までしてしまうくらい。
     別に、学生のうちから男女が付き合うことくらい犯罪でもなんでもない。普通に告白をして、デートをする人たちだって勿論いる。
     封筒の中身に異議を申し立てることも当然出来るし、付き合っている最中の相性を専門機関で調べることも可能だ。ただ結局はみんな、封筒の中身に沿って納得し、幸せになるのが殆どなだけで。
    「で、霊幻さん。うちになんの用ですか」
    「いやあー…………なあ」
     これはなんとも、気まずい相手に見つかってしまった。
     こんな朝早くに訪ねて来ておいて、散歩だなんだも厳しいだろう。第一、事務所の方向ですらないし。
     モブに頼みたい仕事があって、も厳しすぎるか。いくらなんでも学業を疎かにさせる訳にはいかず、しかもそれくらいなら電話やメールで済ませれば事足りる。
    「……」
     霊幻はうんうん悩み、思考を巡らせる。少ししたあと結局は一つの案にたどり着き、口を開いた。
    「頼みがあるんだけど」
    「……なんですか」
    「モブに、白い封筒の中身を見るなと言って欲しい」
     つまり、仲間になってもらうのである。
     律は霊幻の頼みを聞いて、数度瞬いていた。最初はエクボと同じように、いい加減弟子離れしろと言い掛けて――しかし言葉が途中で、はたと止まる。
    「…………まさか」
    「そう、そのまさかだ」
     言って、霊幻は懐から自分の白い封筒を取り出した。一応念のため、辺りをきょろきょろと見回してから、それを律へと手渡す。
    「…………」
    「…………」
     律はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るといったふうに中身を覗き込んだ。そうして中に書かれている文字を見た途端に、
    「…………ショック受け過ぎだろ」
    「そ、そんな……」
    がくりと、膝から崩れ落ちる。
     ともあれ、これで律もこちらの仲間になってくれる筈だ。何たって彼の大好きな兄の、謂わば危機なのである。
     せめて少しでも多く時間が稼げれば、それでいい。霊幻は、地面に膝をつけたままの律へと手を差し出す。ところがその手は握られることもなく、当の律は膝についた汚れをぱんぱんと払いながら、自力で立ち上がった。
    「兄さんに開けるのを待ってもらったところで、どうしようもないでしょう」
    「いや、俺はこれから役所に行く。たぶん何かの間違いだろうから、ちゃんと調べてもらって……だからせめてその間、モブには知られたくないんだ」
     モブの封筒の中身を。そして――影山茂夫と書かれた、霊幻の封筒の中身を。
     中を知ってしまった瞬間、それはもう相手を意識してしまうに違いない。驚くだけならまだ良いが、物凄く落ち込ませてしまってはずいぶんと可哀想だ。だって、この封筒はとてつもなく特別なものなのだから。
     折角の誕生日という日に、モブは可愛い女の子の名前を夢みているんじゃなかろうか。せめてこの、誤った中身を知ることもなく、本物の中身だけを目に出来るのなら、その方がよほど幸せなんじゃなかろうか。
     役所へ届け出をして、きちんと調べてもらって。どれだけの時間や日数を要するのかまでは分からないが、その間、封筒の中身は知らないままに過ごしてもらいたい。それが、霊幻の狙いなのだけれど。
    「……でもそれって、本当に誤った内容なのか確証ないですよね」
    「まあ……そうだが」
     律が、はあ、とため息を吐く。それから霊幻の後ろを指さして、
    「だったら、本人に直接言ってください」
     そう、誘導した。
    「あれ、師匠。どうしたんですかこんな早くに」
    「モモモモブ」
    「律も。もう行かないと、学校間に合わないんじゃない?」
    「そうだね、兄さん。遅刻したくないし、僕はもう行くよ」
    「うん、気をつけてね」
    「兄さんも」
     律はすぐさま自転車へと跨がり、霊幻を救うこともなくそのまま学校へと向かって行ってしまった。この場にポツンと残された霊幻は、ただ気まずいがままにモブを見る。
    「……おはよう、モブ」
    「おはようございます、霊幻師匠」
     どうやらモブは、律と違って徒歩での通学らしい。そういえば当たり前ではあるが、高校での彼の通学姿なんか見たことがなかった。
    「…………あのさ」
    「はい」
     封筒の中身を見ないでくれ、なんて、変に思われないだろうか。
     下手をしたら、先の律のようにそれだけでも充分に察する要素になり得る。モブは何かと鈍い方ではあるものの、とはいえ可能性が無いとは言い切れない。
    「……誕生日、おめでとう」
    「ありがとうございます」
     だけれどこのまま、じゃあそれで、と別れてしまう訳にもいかなかった。だってそうしたら、封筒を受け取った途端に中身を見てしまうことだろう。
     言うしかないか。
     霊幻は数度息を吸って、そして数度、息を吐く。
    「モブ」
    「はい」
    「…………今日、たぶん、担任の先生から白い封筒渡されると思うんだけど」
    「ああ……授業で習ったことあります。僕の、将来の相手が書かれているんですよね」
     そう言うモブの表情が、どこか照れたようにぱあっと弾む。中身を知っているこちらとしては、その様子がかなり複雑だった。
     そんな期待に膨らんだ心が、しゅうっと萎んではどうしよう。さすがに霊幻の所為では無いにせよ、どうにも心苦しくなるじゃないか。
    「それ……開かないで欲しいんだけど」
    「え、何でですか?」
     至極当然の質問に、そうなるよなあと唸った。自分だってモブと同じ立場であったのなら、間違いなく疑問に思う。
    「いやあー……その、なんだ……今日、事務所でパーティするだろ」
    「はい」
    「こういうのはほら、折角だから盛り上がった方がいい! バーンと公表して、バーンと盛り上がろうぜ。な?」
    「はあ……」
     苦しい案だろうが、精一杯の足掻きだ。
     これでモブが学校にいる間、霊幻は役所へと向かうことができる。調査中か何かの証明を手にして、モブの封筒を取り上げることが出来れば上々。あとはもう、今日モブが貰う予定の封筒も霊幻に届いた封筒も、シュレッダーで粉々にしてしまえばそれで終いだと。
    「まあ……僕はそれで大丈夫です」
    「よし! 決まりだな!」
     結局、モブはこくりと頷いてくれた。そうと決まれば善は急げ。霊幻は早速役所にまで向かわなければならない。
    「モブ、それじゃあな。気をつけて行けよ」
    「はい。師匠、またあとで」
     そうしてモブと一旦の別れを告げて、霊幻の足は調味の市役所へと急ぐ。



    「…………駄目だった」
     そう、駄目だった。
     霊幻は項垂れて、相談所のデスクへと突っ伏した。
     市役所には勿論行った。行ったのだが――結果はあまりにあっさりとあっけなく、間違いではありません。の回答のみで。
     受付を担当してくれた職員は、棚からいくつかの書類を持ってきて、霊幻の前にずらりと広げた。
    「こちらに記されている数値が、霊幻様と影山様の……つまり、相性の数値ですね。血液から何まで、誤った数値はございません」
     ご丁寧に、それぞれの項目の説明資料まできちんと用意をされている。
     さらに一つ一つ、ここの数値が高いだの平均値はこれくらいだの、平均よりもかなり上なので非常に相性が宜しいですよだの説明をされてしまっては、間違いではないのだと証拠がどんどん集まるばかりであった。
    「様々なご事情があり、再検査を行うことは勿論可能です。ですがその場合は、影山様もご一緒にお越しいただく必要がございます」
     それでは、本末転倒である。
     封筒の中身を知られたくないというのに、それじゃあ知った後の話じゃないか。霊幻は仕方なく諦め、見せてもらった資料をファイルにまとめてもらい、大人しく帰る他になかった。
     こうなったら、落ち込むモブと共に再び役所へ訪れるしかないか。
     そもそも落ち込ませるより前に回避をしたかったのだが、こればかりはどうしようもない。可愛い弟子の可哀想な姿なんか見たくはなかったけれど、どうにも、どうしようもない。
     霊幻は大きなため息を吐く。その横で相談所の割引クーポンをせっせと作っていた芹沢は、ふと時計を見やり、慌てて声をあげた。
    「霊幻さん、そろそろ影山くん達が来る頃ですよ」
    「んー……」
    「俺、皿とかコップとか出してきますね。あとお総菜屋さんに頼んでたオードブル取りに行かなきゃ」
    「おー……」
     急いで支度を始める芹沢とは正反対に、のろのろとノートパソコンを閉じる。足に鉛をつけたままずるずると、玄関の札を営業中から本日は終了しましたへ変えに向かった。
     がちゃり、とドアを開けた瞬間、
    「あ、師匠」
    「モブ……」
     そこには、モブがいて。
    「ちょっと早く着いちゃいました……入って大丈夫ですか?」
    「あー……うん、大丈夫」
     相談所の中を窺うモブへ、客は居ないから平気だと教える。今度こそ札をくるりと変更して、それから玄関を閉めた。
    「師匠、なんだか元気ないですね」
    「…………いや、うん……」
     もう一度、ため息を吐く。
     元気なんか出る筈もなかろう。霊幻自身にとってもいよいよ訪れた白い封筒だというのに、まさかこんな展開になるだなんて。
     ややあったあと、モブの肩を軽く叩く。その間さえ少し躊躇いはしたものの、観念して聞いてみた。
    「……白い封筒、貰った?」
    「はい、貰いました」
     その頬に、さっと赤色が差し込んでいく。
     うう……と唸った霊幻は、せめてもの逃げとして力なく施術室を指さした。これからやって来るトメやテル達の前で晒け出すのはいくらなんでもあんまりであるし、僅かでも傷は浅い方が良いだろう。
    「あっちで開けよう」
    「え、でも……みんなの前で開けるんじゃ」
    「…………事情が変わった」
    「はあ……」
     芹沢には引き続き準備を頼みつつ、エクボには絶対入って来るなと告げた。誰が一緒になって入るかよと返されたけれど、さらに喧嘩腰で返す元気はもはや無い。
    「師匠、大丈夫ですか? 具合でも悪いんじゃ……」
    「体調は悪くないから、平気」
     精神的な疲れからであって、腹が痛いだとか頭が痛いだとか、そんな状態ではないのだから、本当。
     むしろ寝床に臥せて、モブが中身を目の当たりにする瞬間に立ち会わない道こそ良かったのかも。ああ、いや、そんなのはただ先送りになるだけで、なんの解決にも繋がらないか。
     なんてぐるぐると考えながら施術室のドアを開き、中の電気を点ける。数歩歩いて施術台に腰掛けると、自身の隣をぽんぽんと叩き、モブを呼んだ。
    「封筒は?」
    「あ、はい……これです」
     モブも同じく施術台に座り、鞄の中をがさごそ漁り始める。やがてきちんとクリアファイルに入れられたそれが顔を出し、無意識のうちに霊幻の喉がこくりと鳴った。
     これを、今から見るのか。
     やはり、いくら覚悟をしていようが緊張感がある。中を見たモブの瞳が動揺に染まり、悲しむ姿なんてものは見たくない。もし泣き出しでもしてしまったのなら――その時は、どうしたって霊幻も相当落ち込むことだろう。
    「開きますね」
    「あ、ああ……」
     一方で、この先を知らないモブはまだ楽しみでいっぱいだ。
     もう子供のようとは言えない指先が、白い封筒の封を少しずつ剥がしていく。ぺりぺりと糊を上と下に引っ張っていく様が、なんだか非常にゆっくりと感じられた。
     気分は、判決を下される被告人である。
     いっそ今から罪でも問われるのじゃあるまいか。霊幻新隆。あなたは懲役何年、なんて続けられたっておかしくはない心地から、霊幻は次いでごくりと唾を飲み込んだ。
     なのに、それでも確実に、モブの指先は封筒を開けていって。
    「あ」
     そうしてついに、それが明るい場所へと引っ張り出される。
    「…………」
     かさりと鳴る、乾いた紙の音。
     モブは、一体どんな表情を浮かべているのだろう。
     往生際が悪いにも程があるが、反射的についつい視線を逸らしてしまった。真正面から受け止めることさえ出来ずに、何とかしてほんの少しずつ様子を窺う。
     ところが、
    「すごい、霊幻師匠だ」
    「…………は?」
     飛んできたのは、なんとも暢気な声で。
    「師匠、僕の相手は霊幻師匠でした」
    「……うん」
    「すごいですね」
    「…………え、それだけ?」
    「え?」
    「いや…………そんなさ、なんか……キラカードが出たくらいのテンションだけど」
     お前ほんとにそれでいいのかと、肩をぶんぶん振って問いただしたいくらいだった。
     何せ相手が、子供の頃から近くにいた自分の師匠なのである。しかも同性、しかも年上。
     嫌だと悲しむだろうとばかりに思っていたのに、こんなのは誤りだと憤慨するだろうとばかりに思っていたのに。ところが現実はそんなこと、まったくなくて。
    「あれ、そしたら師匠の封筒には僕の名前が書いてあるんですか?」
    「そう、だけど」
    「わあ、すごい。じゃあ本当に、僕の相手は師匠なんだ」
     いや、とさすがの霊幻も言葉に詰まった。
     モブはにこにこと、ずいぶん嬉しそうに微笑みを浮かべている。あまつさえ、これならやっぱり、みんなの前で開けた方が良かったですね。だなんて言い出している。
     だって、そんな。そんな。
    「……お前……俺でいいの?」
     とうとうそうやって、間抜けな言葉が口の端っこからこぼれた。
    「勿論、すごく嬉しいです」
    「…………まじ?」
    「だって師匠ですし」
    「うん……そう」
    「師匠は、嬉しくないんですか?」
    「………………嬉しいけど」
    「よかった」
     でもこれじゃあ、霊幻にとって嬉しいばかりなのだから困る。
     なにせ、モブと居られる。昔からも今でもこの先でもずうっと憧れの存在の、モブと居られる。
     いつか離れるんだと、心の片隅で思っていた。
     モブの足はいつかその内に遠ざかって行って、相談所には訪れなくなる。全然知らない人たちの輪に入り親しくなり大人へと成長を遂げて、ああそういえば、師匠なんていたなあとたまに思い出される程度の存在になってしまうのだと。
     なのに、こんな証明書まで手にしてしまっては――モブと結婚まで出来る訳で。
    「…………めちゃくちゃ、嬉しいけど」
    「へへ、僕もです」
    「これ夢?」
    「夢じゃないですよ」
     本当に、本当にモブと結婚して良いのだろうか。
     そうしたらこれは、近い将来モブを独り占め出来るという証だ。朝から晩までモブと一緒にいられるということだ。同じ家に住んで、同じ時を過ごして、さらに永遠まで誓い合う。
    「……やっぱ、夢なんじゃないか?」
    「だから、夢じゃないですってば」
     モブが施術台から降りて、霊幻へと手を差し出す。
     優しい眼差し、穏やかな眼差し。それをどう受け取って良いものか思考を巡らせたあと、最終的には自身の手をモブの手へと、そっと重ねた。
    「師匠」
    「なに」
    「師匠のこと、幸せにしますね」
    「…………それ、俺の台詞」
    「ふふ、僕の台詞ですよ」
     ふと気がつけば、なんだかドアの向こう側が騒がしい。恐らくトメやテル達も相談所に到着をしたのだろう。
    「……」
    「……」
     やがて、二人で顔を見合わせて笑い出す。
     主役がいなければ誕生日パーティが始まらないというのに、早く向こうへ行かなければならないというのに。握った手をすぐ解くのさえなんだか惜しくて、どころかますます、ぎゅうっと握る。
    「……そろそろ行く?」
    「えっと……まだ、もうちょっとだけ……」
     きっとこの瞬間は、準備が整ったと声がかかるまで続いてしまうに違いない。
     モブと霊幻はそれまでどうしても、離れることが出来なかった。折角繋いだ手なんかはもう、熱を交換しあって引っ付いてしまったみたいに、離すことすら出来なかった。
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