なる音 今年が終わって、来年がやってくる。
テレビを眺めながら、モブと霊幻はみかんを口へ放り投げた。画面の中では年末の歌番組も幕を閉じ、各地の神社の様子が映し出されている頃合いだった。
「……師匠」
「うん」
「好きです」
「あー……俺も俺も」
なんて、とても愛の言葉をささやくような感じではないままに、モブも霊幻もみかんを口に入れていく。やがてそれらが胃の中へ収まったあと、どちらからともなく、互いに視線を合わせた。
年が明けるまでの十五分間、二人のあいだでは勝負が始まる。
初戦は、結婚をした年だった。年明け早々にふれあう行為を、どうにも恥ずかしがる霊幻から持ちかけた、そういう恥ずかし紛れの勝負だった。
互いに口説きあって、照れた方が負け。
結婚三年目の対戦記録は、モブが二勝で霊幻が一勝の成績だ。昨年は霊幻に有終の美を飾られてしまったものだから、モブとしては、今年は絶対に勝ちを決め込みたい。
手始めに、好きという言葉を入れてみた。
とはいえ、この程度じゃ揺るがないのも勿論わかっている。好きが薄れてしまったとか、そういう訳ではないのだ。
平素であれば伝えたら伝えた分、霊幻もいまだに相当恥ずかしがる。ただ、今のように最初から身構えており、かつ、負けてたまるかと備わっている気持ちが、そうはさせないだけで。
一回目なんかは、それこそ「好き」という言葉だけで霊幻はあっさりと陥落した。自分から勝負を持ち出しておきながら負けて悔しがる様が、可愛かった。
二回目は、その「可愛い」という言葉を投げ続けた。最初こそ反応は鈍いが辛抱強く伝えてみたところ、タイミリミット数分前で、とうとう霊幻の耳元が赤色に染まったものだった。
三回目は、なんと霊幻の方から素直にすり寄ってきたのである。ぴとり、と手が触れて肩にもたれ掛かられたりもして。あまりに魅力的な行動に、モブは情けなくも、すぐさま白旗をあげる羽目になった。
「……去年と同じやり方は、だめですからね」
「わかってるよ」
言って、霊幻は己の口元に指をやる。正直なところその仕草にすら、ぐっときてしまうのだが、質の悪いことに無意識なのだろう。この人には、昔からこういうところがある。
「モブくん」
「……はい」
「俺といいことしない? サービスしちゃう」
「…………」
そして残念ながら、こういうところもある。
あからさまなやつこそだめなのだ。モブは限界まで肺へと空気を溜めて、それから思いきり吐き出した。額に手をやり、やおら首を左右へ振る。
「わかってない、わかってないな……」
「な、何がだよ」
「師匠は、師匠自身の良さがわかってない……」
「渾身の誘惑を前にして、失礼なやつだなお前は」
他人の魅力を引き出すことは得意なクセをして、どうして自分のそれには気付けないのだろう。
モブの方からあれそれとプロデュースをした方が、よほど早いのじゃなかろうか。とはいえ、それをしたのならあっけなく完敗してしまうだろうから、敵に塩を送るような真似はしないけれど。
モブはもう一度ため息をこぼして、それからゆっくりと腰をあげる。
「ちょっと、待っていてください」
そう告げて、寝室へ足を運んだ。
今年は絶対に勝ってやる。
そんな意気込みから予め用意しておいた最終兵器を、クローゼットの中にこっそり仕舞っておいたからだ。見つからないよう、自分のスーツで隠しておいたそれを後ろ手に持ち、モブは再びリビングへと戻る。
「お待たせしました」
ついで霊幻の前まで行き、片膝を床につけた。じっ、とまっすぐに見つめ、そして、
「霊幻師匠、僕と結婚してください」
そして、寝室から持ってきた花束を、霊幻の前に差し出す。
「…………は」
「僕が何度だって、師匠のことを幸せにしますから」
それは、四年前に行ったプロポーズの再現だ。
四年前、モブは仕事終わりに大きな花束を買った。できるだけ豪華にしてくださいと頼みこみ、中学生の頃に買った花束よりも、今度こそ本来の金額を支払った。相談所までの階段を、一段一段と踏みしめて、やや震える手でドアを開けた。
「おま、なに」
当時と同じく、今の霊幻の表情もまた、徐々に赤色へ染まっていく。
「へへ、勝った」
「ず、ずるいだろ……そんな、小道具」
「今回のはさすがに、造花ですけどね」
なにせクローゼットの中に仕舞う以上、生花を隠す訳にはいかない。ボリュームだって、不足気味だ。けれど霊幻に対する気持ちだけは、あの時と同じくらいに込められている。
「それで、プロポーズの返事は」
そう促すと、霊幻の瞳がうろうろさまよった。言わなきゃだめ? と問われて、勿論、深く頷く。
「…………」
はあ、と、ひと息こぼされたあとに、
「…………わかった。いいよ、結婚しよう」
それも、四年前の再現だ。
モブは嬉しくなって、霊幻の手をそっととる。何度か軽い口づけを落とし、それから顔をのぞき込んで、感想を伝えた。
「何回やっても、いいものですね」
「……一回でいいだろ、こんな」
テレビの中では、除夜の鐘がごーん、ごーんと音を立てている。大勢の参拝客を映し出す賑やかな光景に、けれどモブは、電源のスイッチを押して遮断した。
「師匠、ベッドに行きましょう」
「あと数分で年明けだぞ」
「だってサービス、してくれるんでしょう」
「…………しっかり効いてんじゃん」
造花をテーブルの上に置き、腰に手を回して、霊幻が立ちあがるのを促す。一方の霊幻だってなにか言いたげにしつつも、結局は振り払ったりしないものだから、つまりはそういうことなのだ。
そういえば除夜の鐘を最後まで聞かないと、この浮いた分の煩悩は、果たしてどうなるのだろう。
なんて少し別件を考えながら、モブと霊幻の二人の影は、それでも寝室に向かい重なりあった。