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    14zrzr28

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    ファンブP131目のIF隆を幸せにしたい小話
    モブ霊(24×38)
    ※フォゼモとフォゼレがでてきます
    ※霊幻が相談所を開かず、そのまま営業職を続けていた世界線です

    #モブ霊
    MobRei

    ひとりぼっちの話 自分の人生に、なにか多大な期待をしていた訳では決してない。
     本気で打ち込むことの出来る趣味だったり、真面目に取り込められる出来事などがあれば、よほど良かった。けれどそのようなものは生憎と持ち合わせておらず……いや、そもそも大体の人間は将来の夢など叶えることが出来ずに、妥協や諦めでいっぱいの人生を進んでいく。かくいう自分だって、そのうちの一人に過ぎなかった。
     中学、高校、大学を経て、手頃な営業職へと足を進めた。退屈で面倒臭いこともあったし、辞めたいなあと漠然と思うことなんかも何度かあった。
     しかし、ではなにか別の道へ進むためのきっかけがあったかといえば、とうとう訪れる筈もなく。ただ惰性のまま、平坦にひたすらに続いていく毎日。
     今年で三十八歳になる霊幻は、喫煙所の中で無意味に煙を吐き出した。灰色のそれが換気扇に吸い込まれていく様を、特別な感情を含めず、ぼうっと見送る。
    「…………帰るか」
     喫煙所のドアを開き、軽快とはとても呼べない足取りで、オフィスへと戻った。最終退出者となったフロアはとにかくがらんとしており、そして、暗い。
     唯一明かりの点いている自身のデスクへと近寄り、椅子に腰掛けて、デスクトップパソコンのマウスを動かす。
    「終電は、まだギリだな」
     来週中でも構わない仕事を、あえて今日の遅くにまでやってしまった。
     日頃は、さっさと定時で帰る日もあれば、そこそこに残業をする日もある。今日は元から後者の予定であり、かつ、そこからさらに自分でも仕事を積んだのだ。だからこそ、このような時間帯な訳だ。
     なぜなら、久しぶりに母親よりメールが来ていたから。
     たまには帰省をしなさい、といったお叱りの内容だった。けれどそのお叱りの言葉へ素直に従って帰ったのなら、おそらく見合い話の一つや二つが待ち構えているのだろう。
     そんな煩わしさに対して、思わず忙しいふりをしてしまった。
     メールを見る暇もなかったのだと、そういって言い訳をしたかったのだと思う。第一、見合いなんぞ端からする気も起きない。恋人がいた頃なんかは今からずうっと昔の話だし、社会人になり立ての頃にちょいちょい足を運んだ風俗にだって、今や向かう気持ちすらも起きないのだから。
     誰かと触れあう。その人肌自体が、どうにも面倒くさいのだ。それくらいに枯れ果てたこちらの事情など、母親にとってはまったく関係ないのだろうけれど。
     ともかくそんなふうに、しょうもない現実逃避をしてパソコンへと向かっていた。霊幻は大きくため息をはき、パソコン画面のシャットダウンへとカーソルを合わせる。
     そうして、左クリックを押そうとした、
    「よかった。霊幻師匠に会えた」
     その時だった。
    「…………えっ」
     モニターの後ろから、にゅうっと、白い影が登場したのである。
     頭には、黒くて小さなさんかく耳。毛並みは白くふかふかで、おしりの先には、これまた黒い尻尾がついている。にゃあ、と鳴く方がよほどぴったりな様子の……つまり、そう、猫だ。
    「…………ね、猫? え? しゃべってる……」
    「はあ、まあ……猫なのでしゃべりますよ」
    「え、そうなの?」
     そんなの、初耳だが。
     自分が知らないだけで、いつの間にか世の中の常識にでもなってしまったのだろうか。猫は普通にしゃべりますよ、と。
     いやいやそんなまさかと首を振りたいところだが、最近流行りのアイドルたちの名前や顔が、ちっとも覚えられない自覚程度はある。もしかしたらそれらと同じように、流行から取り残されている可能性も。
     いいや、やはり、そんな訳はないか。どうにもきっと、目の前のそれは不可解に違いない。
    「ていうか、なんでこんなところに猫が」
    「僕が、霊幻師匠を探していたからです」
    「……俺、猫の弟子なんかとった覚えないけど……」
    「ああ、えっと……そうじゃなくて……霊幻師匠は霊幻師匠なんですけど、この世界にいる師匠じゃなくて、べつの世界にいる師匠を探しに来たんです」
    「…………」
     ぜんぜん分からん。さっぱり分からん。
     霊幻は頭の上に、めいっぱいのクエスチョンマークを浮かべた。流暢に日本語をしゃべる猫。しかも、自分の弟子らしい。かと思えば会話の中で突然登場をした、べつの世界という存在。
     勤務明けかけに見聞きする光景としては、あまりにも情報量が多すぎる。
    「あの……それで……今晩、泊めて欲しいんです」
     それでも目の前の白猫は、こちらを置いてけぼりのままに話を続けた。
     ひょっとして、アニメや漫画で見るような、魔法少女的な展開なのではあるまいか。この猫だって、主人公の横にふわふわ浮かんでいるマスコットみたいな、そういう。それにしては自分なんか中年に、片足どころか両足すらも入れ始めてしまっているのだが。
    「…………まあ、泊めるくらい、いいけど」
    「わあ、ありがとうございます」
     いずれにせよ、小さくて柔らかい生き物を外へ放り出す理由にはならなかった。泊めて欲しいと言ってくる以上、おそらく他に寝床など無いのだろう。
     その辺の猫が、果たしてビジネスホテルに宿泊なんぞ出来るだろうか。
     フロントへ、小さな前足でもちょんと乗せてみろ。脇の下をひょいと抱えられて、下半身をぷらんとさせたまま、自動ドアの外へと追い出されるに違いないから。
    「僕は、モブっていいます」
    「……モブ」
    「はい」
     一方の当人――もとい当猫は、そんな妄想などつゆ知らずだ。
     モブと名乗る小さな猫は、にゃん、と甘えたようにひと鳴きをしてから、霊幻の足下にすり寄った。



    「なあ、キャットフードって美味しいの」
    「はい、結構」
    「へえー……」
     それから霊幻は、モブを家にまで連れて帰った。
     さすがにあのまま、警備員に突き出してしまうほど非情にはなりきれない。怪しむ気持ちはもちろんあるけれど、少なくとも自分を頼って姿を現したのはたしかだ。まあせめて、ひと晩だけ。そんな気持ちが湧いてしまうのも、しょうがないで済む範疇だろう。
     帰りがけにコンビニへ寄って、自分の夕飯とキャットフードを買ってきた。
     そうして家へつくのと同時に「まずは洗ってからだ」と、モブを風呂場に連行した。いくら喋るとはいえども、猫は猫。ずいぶんと嫌そうな顔をされて、さらに不機嫌でいっぱいの態度まで示されてしまったけれど。
     なんとか洗って、なんとか乾かして。とりあえず、紙皿の上にキャットフードを盛り付け、今に至る。モブはそれを、カリカリと音を立てながら食べている状態だ。
    「師匠も、ドッグフードよりキャットフードの方が美味しいって言ってました」
    「え。……そっちの師匠って、人間じゃないのか?」
    「はい。狐です」
    「き、狐…………」
     自分を見て、みつけたといった反応であったから、てっきり似通った姿をしているのかと思っていた。
     少なくとも、同じ人間なのだろうくらいには。ところがなんと、モブのいう「師匠」とは、どうやら狐の姿をしているらしい。
    「……どうやって、俺がこっちの世界の師匠だって分かったんだ?」
     そうなると、不思議に思うのがこの一点である。
     モブは、かふかふとキャットフードを飲み込んでから、言った。
    「僕、超能力が使えるんです」
    「超能力」
    「それで……気配というのかな。そういうのを追って、ここまで来ました」
    「オーラ的なやつか」
    「はい。それからあと……二人とも、同じにおいがします」
    「…………俺、狐と同じにおいがすんの?」
     それは、なんというか、かなり複雑な心境だが。
     ともかく、モブはべつの世界からやってきて、気配やらオーラやらを頼りにここまで辿り着いたらしい。つまりこの世界のどこかにいる、もう一方の気配こそが、探している霊幻のはずだ。
     見当もつかずにさまよっていては途方もないけれど、手がかりがあるのであれば良かった。あとはもう一度気配を探って、そちらへ向かうのみ。べつの世界の範囲まで探知が出来るのであれば、容易いだろう。明日にでも無事に見つかるのかもしれない。
     そうやって、安堵をしかけたものの、
    「……でも、ほかに師匠の気配が見つからないんです」
     などと、モブが黒い耳をへにゃりと垂らすために、そう簡単にはいかないらしい。
    「まあ、意外と近くにいるかもしれないじゃないか」
    「…………はい」
    「明日明後日は土日で俺も休みだし、手伝うからさ」
    「霊幻師匠、ありがとうございます」
     霊幻からの言葉に、励まされたのかどうなのか。モブは勇ましく気合いを入れて、はりきっている様子だった。キャットフードもすっかり食べ終わり、霊幻は辺りを片付けておく。
    「寝る場所、ソファーにタオル敷いといたから」
    「はい」
     何枚か重ねておいたから、きっと固くもないだろう。
     念のため、モブ自身に寝心地を確かめてもらったのなら、さっそく丸くなってアンモナイトになった。途端にうつらうつらと瞼が戦い始めた様子で、小さな体には、かなり疲労が溜まっていたらしい。
    「おやすみ、モブ」
    「おやすみなさい、師匠」
     そんなモブをひと撫でしてから、霊幻自身は歯を磨きに向かう。すっかり寝支度も整えた頃に、目覚ましをかけてベッドへと横になった。
     モブを同じベッドに招いたって良かったのだが、猫と共に眠りについた経験は、実のところ無い。
     寝返りをうった拍子に小さな体を押しつぶしてしまうのが怖くて、どうにも少し、どうぞと言える勇気が持てなかったのだ。


       *


     翌日。
     霊幻はとりあえず、市内の動物園へ足を運ぶことにした。起床をしてからそれなりにネットニュースを漁ってはみたものの、やはり、近所で狐が出没したといった見出しは見当たらない。
     ということは、たとえばニュースにならないようなところへ迷い込んでいるだとか。そうやって考え、ひとまず動物園に来てはみたのだ。
     北海道にいる線も考えたけれど、さすがに今からほいそれと簡単に向かえる距離ではないし、なにより北の大地は広すぎる。ちなみに保健所へ向かうという選択は、最終手段だと考えている。
     モブが再びそこらに気配をやってみても、だめだった。こちらはどうも、星が変わった所為でチャンネルがうまく合わないみたいだ。地方のローカル番組みたいだな、と思う。
     園内に動物を連れてはいけないから、モブには周辺の探索をお願いした。一方の霊幻は狐が展示されているエリアに向かい、一応、狐の写真を撮っておく。
     動物園に来るのなんて、一体いつぶりなのだろう。
     どころか髭をきちんと剃って、身なりを整えて外出したのも、結構久しぶりのような気がする。最近じゃあ家と職場との往復で、外見だってギリギリのレベルだったものだから。
     最初のうちは、ちゃんとしなきゃなあなんて、周りも自分もそれなりに意識はしていたのだ。ところが今ではみんなすっかり寂れており、ボロボロになっていようが誰も彼もが気にしない。
     こうやって、満員電車に揺られるサラリーマンたちは量産されていくのだろう。それに気づいたのも、もはや昔の話だ。まったく、華のない生活である。
     なんて灰色の気持ちを浮かべつつ、念のため園内を一周程度はして情報を探り、それから園を出た。どこかで様子を見ていたらしいモブが、にゃん、とひと声鳴いて、霊幻の足下へとやってくる。
    「モブ」
    「園の周りには、いなかったです」
    「そっか……これは? 狐違いか?」
    「えっと……」
     撮った写真を、モブに見せた。
     モブは小さな頭を右に傾け、左に傾け。やがて、ふるふると横に振って答える。
    「……師匠じゃないです」
    「まあ、さすがにこんなあっさり見つかる訳ないか」
    「愛想を振りまく感じじゃなくって、師匠はもっとふてぶてしいので……」
    「……おまえほんと、師匠のこと好きなの?」
     結構、散々な言い草だ。
     モブは小さな前足を、画面に向かい、てしてしと叩いて続けた。
    「画像、結構荒いですね」
    「ガラケーだからなあ。最近のスマホなら、もっと綺麗なんだろうけど」
    「なんで変えないんですか?」
    「…………なんでって」
     なんでだろう。と、思わず返答に詰まる。
     まさかべつに、わざわざ拘っている訳じゃない。それじゃなきゃいけない決まりもなし、特別に気に入っているということもなし。であれば、機種を変更するのだって、いつでも良かったはずだ。
     ところがなんとなく、その選択が出来ずに今に至る。
     たしか職場でも、まだガラケーなんですね。なんて言われて、いい加減変えようかと腰を上げかけた時があった。テレビコマーシャルを見て、なるほど、これにでもしようかと携帯ショップへ足を運んだ時もあった。
     しかし、やはりどうしても、新しいものを手に取ってカウンターには向かえないまま。
     なぜだか分からないけれど、胸の奥底がひどく焦って仕方がないのだ。本当に変えてしまっても良いのかと、得体の知れない何かがせついてきてしょうがない。だから結局、自分はこの、古いガラケーを使い続けているのだろう。
    「師匠?」
    「ん? ああ……」
     なんでもない、と口にして、そのあと二人は他にも捜索した。
     けれども、狐の姿なんぞは見あたらず。あっけなく陽も沈んできた頃に、大人しく自宅へと帰るしかない。
    「……いなかったな」
    「…………はい」
     モブは、見て分かるくらいに落ち込んでいた。三角の耳をぺしょりと下げて、尾もすっかり垂れ下がっている。ときおり、
    「ししょう……」
     とこぼしては、とてつもない心細さを表現するほどだ。
     霊幻は、自分ではない「師匠」にどうすることもできず、せめて黒い頭を優しく撫でてあげる。モブはこちらの手にすりよってきて、それでも寂しいのだと、声をもらした。
    「師匠に会いたいです」
    「……うん」
     自分には、その必死さも切なさも、分からない。
     わざわざこんな小さな体で、世界ごと飛び越えてやってくるくらい、モブは「師匠」が好きなのだろう。どうしても再会したくてたまらなくて、必死に捜しているのだろう。
     果たして自分の人生に、そんな執着も大切さも兼ね備えた人物など存在しただろうか。
    「モブ」
    「はい」
    「今日は、ソファーじゃなくて……一緒に寝ようか」
    「……はい」
     モブから大切にされている以上、きっとあちらの「師匠」も、同じくらいにモブを大切にしているはずだ。
     自分の物語にはちっとも登場しない、かけがえのない存在。
     落ち込む姿が可哀想ではあるのに、一方でそれがあまりにも羨ましいと、霊幻は小さく息をはく。
     布団をめくり、その隙間に入ってくるあたたかさを実感すればするほど、ますます途方にくれてしまうのだった。


       *


     さらに翌日になって、事態は急転した。というよりも、解決した。
     朝、いまだ落ち込むモブへ猫用ミルクを差し出していると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
     来客の予定など特にないし、届く予定の荷物もない。こんなときにセールスや勧誘などは勘弁して欲しいとドアスコープを覗けば、そこには若い男が一人立っていた。黒くて丸い頭が、どことなくモブに似ている。
    「……あの、どちらさまですか」
    「あ、えっと……ここは、霊幻さんのお宅でしょうか」
    「…………そう、ですけど」
    「よかった。あってましたよ、師匠」
     師匠。
     その呼び名に、霊幻は思わず瞬く。だってそれを口にするのは、部屋でミルクを舐めているモブだけのはずだ。それなのに、目の前の男があっさり口にしている。
    「突然来て、すみません。あの……すこし、お話を聞いてもらってもいいですか」
     男は、そうやって尋ねてきた。
     霊幻はこくりと息を飲み、鍵を解く。念のためチェーンをかけてドアを開けば、男の肩には大きなボストンバックがかけられていた。
     霊幻がその中身を視認するのと、
    「師匠!」
     部屋の中にいたモブが弾丸のごとく飛び出してきたのは、ほぼ同時のことだった。



    「え。じゃあ、最初からそっちの世界の俺は、こっちの世界には来てなかったってこと?」
    「そうなるな」
    「…………つまり、モブの勘違いってこと?」
    「……そうなるなあ」
     部屋に、若い男と一匹の狐がやってきた。
     狐はまさしくモブの師匠であり、名も同じく、霊幻というらしい。ボストンバックからひょこりと顔を出した狐は、飛び込んできたモブによって、あちらこちらをぺろぺろと舐め回されている。
    「モブの昼寝中に、ちょっと巣穴を離れていただけなんだよ。そしたら、俺がどっか行ったとでも勘違いしたらしい」
    「……なんで周辺からの捜索じゃなくて、いきなり別世界にまでやってくるんだ」
     順番が逆だろうとこぼせば、それには当事者であるモブが答えた。
    「その……慌てて探知の能力をつかって……ここの師匠に反応があったから、てっきり……」
    「なるほど……」
     灯台もと暗し。モブの方こそ、しっかりと迷子になっていたという訳だ。
     むしろ巣穴へ戻ってきた狐の方が、とんでもなく驚いたらしい。それはそうだろう。まさかべつの世界にまで自分を捜しに飛んでいるとは、予想するはずがないのだから。
     狐はモブのように世界を飛び越えることなんて出来やしないから、周りの仲間に相談をして、その結果、隣に座る男へと協力を要請したのだという。
    「あー……そうだ」
     そこまで言われて、男の正体がやたらと気になった。
     たまたま狐を保護したのかと思いきや、話を聞くところ、そうではないらしい。この世界に押しかけた側がモブだとしたのなら、男はまるで、この世界へ狐を引き寄せた側かのような説明だ。
    「…………あなたは、どちら様?」
     とんでもなく初対面の人間へと尋ねてみたのなら、
    「影山茂夫っていいます」
    「……影山、さん」
    「みんなからは、モブって呼ばれてます」
    「…………モブ?」
     この「影山茂夫」も、超能力者なのだそうだ。
     あちらの世界のモブが猫ならば、こちらの世界のモブこそが、ここにいる男なのだろう。二人とも、おなじモブ。どう呼べば良いのか分からず、どうにもこうにも紛らわしくてしょうがないが。
    「師匠には、たくさんお世話になりました」
     茂夫はそう口にして、横に居る狐の頭を撫で始める。
    「仕事でちょっと行き詰まってて……この世界に引き寄せた師匠が、僕に色々とアドバイスをくれたんです」
    「あ、社会人なんだ」
    「はい。今年で二年目です」
     若い。
     見た目からしてそりゃあ若いが、実際に言われると尚更だ。社会人二年目であれば、なかなかに落ち込むこともあるだろうし、比例して、救われる言葉だってあるだろう。
     まあ、何を言われたのかは知らないが、狐に助言されるというのも、妙に不思議な話だが。
    「僕も、こっちの師匠にお世話になりましたよ」
     一方で、猫のモブが喉を鳴らしながらすり寄ってくる。
     甘えたに応えるべく、霊幻はモブの頭を撫でた。ふわふわの毛並みが柔らかく、あたたかい。そしてなにより、かわいい。
     果たしてモブはこのまま、帰ってしまうのだろうか。
     目的の「師匠」を見つけたのだから、当たり前だ。彼らにはもともとの生活がある訳で、こんな狭い部屋で窮屈に過ごすよりも、もとに戻るのがなによりだろう。世界まで越えてここに来ていたことこそが、よほどおかしいのである。
     だからきっと、帰った方が良いに違いない。そう、思うのに。
    「…………」
     それでもひどく寂しいと思ってしまうのだから、しょうがなかった。
     このままここに居てくれてもいいのに、と思う。これまで派手に金を使うこともなく、ちまちまと働いてばかりいたものだから、貯金だってそれなりにあった。
     生活にはそうそう困らない。ペット可のマンションにでも引っ越して、なんだったら狐だって一緒に飼える。
    「モブ」
     なんて考えも、とっくに向こうには読まれているのだろう。まるでタイミングでも見計らったかのように、狐の方の霊幻が、モブを呼んだ。
    「そろそろ帰るぞ」
    「し、師匠……本当に帰っちゃうんですか」
     そうやって名残惜しそうに声をかけたのは、人間の方のモブである。こちらは霊幻と違い、寂しい感情を堂々と告げるつもりらしい。
    「僕、もっと頑張ってお金を稼げるようになります。そしたら師匠も……そっちの僕も、一緒に暮らせると思うから」
    「いいや、だめだ」
     そんな茂夫に向かい、狐は否の言葉を続ける。
    「俺もモブも、おまえたちに返せるものなんか何もない。どちらか一方が与えてもらうばかりっていうのは、何事もよくないし……きっと続かないよ。俺たちは、普通のペットとは違うからな。何かあってからじゃ遅い上に、こっちにもこっちなりの、理由っていうものがある」
    「師匠……」
    「大丈夫。おまえなら、この先やっていけるさ」
     なるほど。姿や世界が違うといえど、同じ霊幻新隆という存在。思考も信念も、かなり自分と似通っているらしい。
     そうだ、この二匹には二匹なりの理由がある。
     ペットのように飯もトイレも世話をされるというのは、少なからず複雑な気持ちがあるに違いない。
     どんなにこちらが環境を整えたつもりになっても、そもそも違う世界から来ている以上、落ち着かない部分もきっとある。だからこちらが一緒にいたいという気持ちを一方的に押しつけて、良い訳がないのだ。
     たとえ、狐の存在がどんなに羨ましかったとしても。
     狐の隣には、モブがいる。空っぽの自分には何も無いというのに、モブがいる。いくら思考回路が似通っていたとしたって、そこは大きな違いだった。だって自分ではどうしても手に入らないものを、あちらは十分、持っているのだから。
     元の世界に戻った二匹は、きっと末永く幸せに暮らすのだろう。所謂、めでたしめでたし、というやつだ。
     一方のこちらは、なにもめでたくなんかない。眩しがって妬み、せいぜいお幸せにと皮肉を言ったところで、どうせ空しくなるのは自分だけなくらいに。
    「よし、じゃあ行くか」
    「はい」
     やがて、猫のモブと人間のモブが、向こうへ通じる道をつくり始める。部屋の真ん中にぽかりと浮かぶ真っ黒な穴が現れ、その前に二匹が立つと、それぞれお別れの言葉を口にした。
    「師匠、お世話になりました」
    「ああ」
     まずは猫のモブが頭をさげて、
    「モブ、あまり背負い込むなよ」
    「……はい」
     つぎに狐の霊幻が、茂夫へ声をかける。
     それからくるりと踵を返し、穴の中へと入っていく。空間ごとの移動とはとても便利なもので、離れていくのはずいぶんと一瞬だ。電車だったり車だったり、姿が遠ざかっていく余韻なんかはまるでない。なのにどうしても、狭まっていく穴の様子を、じいっと見つめてしまう。
     そうして、穴が完全に閉じきった頃に、
    「…………はあ」
     と、二人分のため息だけが、部屋の中へ落とされた。
    「えっと……じゃあ僕、帰ります」
    「あー……うん」
     二匹がいなくなった途端に、他人だ。
     気まずい空気に、気持ちが落ち着かない。このまま見送るべきかと玄関まで向かいかけて、ふと、いつの間にか丁度昼時になっていることへ気づく。
    「影山さん」
    「はい」
    「そういえば……腹、減ってます?」
    「あ……そう、ですね」
    「近所に美味いラーメン屋があるんです。よかったら、そこ行きませんか」
    「はい、是非」
     はい解散、と、縁を切ってしまうのも味気ない。
     霊幻はせっかくだからと、昼食にでも誘った。お互いに猫のモブ、狐の霊幻という共通の話題は生まれたものだから、この三日間の話でもして、傷を舐め合おう。
     そこからもしかしたら、すてきな出会いにでも発展をするのかもしれない。
     そう、思っていたのだけれど。
    「僕が会った師匠の方が、可愛かったです!」
    「いいや、モブの方がものすごく可愛かった!」
     ラーメン屋で麺を啜る最中、お互いの猫か狐か、どちらの方が可愛かったかの争いに発展した。
     霊幻は、ふにゃふにゃのモブこそが素晴らしかったと主張をして、茂夫は、しっかりものの霊幻こそが素晴らしかったと主張をしあう。あんなふてぶてしい狐のどこがいいんだと返せば、あのふてぶてしさがむしろ良いのだと返される。
     そんな途方もない争いに決着など着くはずがなく、二人はそのまま、近場の居酒屋へとステージを進めた。
     霊幻はノンアルコールのドリンクを片手に、茂夫は生ビールを片手に引き続き白熱をした。次第に寂しくなった気持ちを二人してぶつけあって、そして二人して、ほんのすこしだけ泣いた。
    「あの……せっかくだし、連絡先を交換してもいいですか」
     果たしてそう切り出したのは、茂夫の方だった。
     いまさら嫌だと断る理由もなし。霊幻はひとつ頷き、ズボンのポケットからガラケーを取り出す。
    「俺、ガラケーだから……アプリとかできないけど」
    「えっ」
    「いや、そんな驚くなよ」
    「だって……周りにガラケーの人って、もういないから」
    「え、まじ?」
    「はい。でも、なんか」
     ガラケー、しっくりくるな。
     そんな呟きに、霊幻は瞬いた。なんでだか分からないけれど、そのとおり。今こうやって、違う機種を横に並ばせる様が、自分でもしっくりくると思うから。
    「その……」
    「うん」
    「僕も、霊幻さんのこと……師匠って呼んでもいいですか」
     その言葉に、いっそぎくりとした気持ちになる。
     それこそ、なんというか――ずいぶんと、腑に落ちたかのようだ。
    「……いいよ。じゃあ俺も、おまえのこと、モブって呼んでもいい?」
    「はい。いいです」
     そうして、互いのメールアドレスと電話番号を登録する。
     液晶画面に浮かぶ文字列が、まるで大切な宝物みたいに思えた。思わず指先でそれをなぞり、するとようやく落ち着いた心地で、霊幻はそっと息をつく。
    「師匠、また連絡します」
    「おー」
     それから二人は店を出て、帰路へとついた。
     きっとこれから先、自分はこの連絡先を大切に扱うのだろう。たまにメールや電話でコンタクトをとり、たわいのない時間や言葉で、どこか隙間を埋めようとするのだろう。
     だって、そうしなければ、
    「……俺も、また連絡するよ」
     この世界の霊幻もこの世界のモブも、たったひとりきりになってしまって、しょうがないのだから。
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    DONE2236、社会人になって新生活を始めたモブくんが、師匠と通話する話。
    cp感薄めだけれどモブ霊のつもりで書いています。
    シテイシティさんのお題作品です。

    故郷は、
    遠くにありて思うもの『そっちはどうだ』
     スマートフォン越しの声が抽象的にしかなりようのない質問を投げかけて、茂夫はどう答えるか考える。
    「やること多くて寝るのが遅くなってるけど、元気ですよ。生活するのって、分かってたけど大変ですね」
     笑い声とともに、そうだろうと返って来る。疲労はあれ、精神的にはまだ余裕があることが、声から伝わったのだろう。
    『飯作ってる?』
    「ごはんとお味噌汁は作りましたよ。玉ねぎと卵で。主菜は買っちゃいますけど」
    『いいじゃん、十分。あとトマトくらい切れば』
    「トマトかあ」
    『葉野菜よりか保つからさ』
     仕事が研修期間のうちに生活に慣れるよう、一人暮らしの細々としたことを教えたのは、長らくそうであったように霊幻だった。利便性と防犯面を兼ね備えた物件の見極め方に始まり、コインランドリーの活用法、面倒にならない収納の仕方。食事と清潔さは体調に直結するからと、新鮮なレタスを茎から判別する方法、野菜をたくさん採るには汁物が手軽なこと、生ゴミを出すのだけは忘れないよう習慣づけること、部屋の掃除は適当でも水回りはきちんとすべきこと、交換が簡単なボックスシーツ、スーツの手入れについては物のついでに、実にまめまめしいことこの上ない。
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    recommended works

    MandM_raka

    MOURNING初めてのモブ霊書きかけ供養大人になってから反省する事は山ほどある。
     それは子供には言えないような失敗がどんどんと増えていく。俺が子供の頃は大人は失敗しないものだなんて思っていたが、実際は大人は失敗しても子供に言わないだけで、それを隠しているなり嘘で誤魔化しているだけなのだ。
     ああ、大人になるってのは本当に面倒だ。俺は昔から要領も良かったしどんな事だって適当に何とかしてきた。実際の所、そこまで大きな挫折ってのは味わったことがないかもしれない。
     自分でも思うが俺は何とも悪運が良いのだから。
     話は冒頭に戻る。大人になってから失敗する子供にも言えない失敗の代表、それは酒だ。昨日モブが成人になった記念に俺の奢りで飲もうって誘って、居酒屋で飯食いながら飲んでたのは覚えている。
     そこでベロベロに酔っぱらってモブに迷惑かけまくったとかならまだいい。今回の失敗はそんな事よりも最悪の状況だ。
     まず目が覚めて俺の視界に入ったのは見慣れない天井だ。その上裸だったんだから何をやってしまったかなんてわかりきっている。何ともありがちな展開ではあるが、実際に自分がこの立場になってみて分かったがめちゃくちゃにパニくる。
     酒飲んだ勢 9550