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    MOURNING『橘禍散夢』
    フォルダの片隅から発掘した本編とは違うルートを辿った承和の変短編集(本編とは)
    恒貞親王・逸勢・健岑のお話。
    【断琴】

    「恒貞様」
     恒貞は、己を呼ぶ掠れた声を聞いて、ゆるりと振り返った。
     時は闇の忍び寄る誰そ彼時。周囲には、うすぼんやりとした闇が広がっていた。どこからか、橘の花の香りがしていた。
     年年歳歳花は相似たり、歳歳年年人は同じからず。人は変わってしまうけれど、橘の香りはいつの年も変わらない。それなのに、橘花の香に懐かしさを覚えた。「橘」に、そしてその掠れた声に、故人を思い出したからだ。
    「――怨みを」
     掠れた声は、恒貞の眼前にある老松の向こうから聞こえてくる。ただし、声の主の姿は見えない。橘の木も見当たらない。姿のない橘花の香りに混じって、腐敗した肉と血の臭いがした。
    「生者が口を噤むというのであれば、死者こそが怨みを騙るべきである。生者が報復を胸の内に望むのであれば、死者である私こそが祟りを為しましょう。故に報復を望みなさいませ。怨みを述べなさいませ」
     松が風に吹かれる音がする。蝉の鳴き声が聞こえる。琴の音に響きが通うという、二つの音が。
     恒貞は、かつて自分に琴を教えた男のことを思い出していた。唐に渡り、琴と書を学んだというその男のことを。彼は恒貞の祖母にあたる、橘嘉智 6122