至宝の花 拗ねたように背を向けた謝憐の髪紐に手を伸ばした。足らない距離に手は空を切り、躊躇えば力を失った。触れることはない。己がまるで汚らわしいというほど自虐ではないが、世界にただ一つの全き人が汚れることさえ許したくはなかった。それなのに思わず手を伸ばしてしまう自身の欲深さに、花城は自嘲するしかない。あなたを求める私を許してほしい。
たった少しの距離でこんな近くで信を寄せて眠る彼。手を伸ばせばそこにあるということに、まだ花城は慣れないでいる。
太子殿下、と心からの敬意を込めて胸の内で呼びかける。あなたと会えて良かった。何度も夢見て、何も掴めなかった空虚な手を握りしめて、ただただ探し求めた幾年を経て。ただ会えて嬉しいという気持ちは、花城としてはいささか不思議なことに、かつてを思わせるとても澄んでいる純なものだった。
何故かはわからないが人間界に降り立ち、手を伸ばせる範囲で悪を挫き弱きを助け始めた花城の唯一に、上手く近づいてから随分とたった。
最初はほんの少しでも見たい、近くにいたいと思ってのことだったのに、正体がバレてもなお側にいることを許してくれる。好きだと、友だと言ってくれる。かつて天界で人間界で、謝憐が気を許した友はいくらほどいただろうかと花城は思い浮かべる。あれもダメ、これは違う、あいつは論外。
馬鹿な奴らだ、と花城は思う。何もわかっちゃいない。謝憐が助けた哀れな人間たちだけが謝憐を慕う。感謝と敬意は謝憐を喜ばせ、慰め励ましはしても、ただ隣にいる人ではないのだ。
同じ志で共に助ける誰かを、謝憐は天界に期待しない。だからこそ己のような鬼が隣にいることになるのだと、見る目も実力もない天官たちを嗤い、だがもうその隣を誰かに譲るつもりは、花城には僅かにもなかった。
至宝はここにある。