心配のかけらフェリクスからこんなに嫌われるとは思わなかった、少し困るな…とディミトリは何かのついでにシルヴァンにこぼした。頭の上で腕を組んだシルヴァンは、あいつには困っちゃいますよねぇ…と同意しながら、ちらりとディミトリを流し見た。言いにくいことがあるときのシルヴァンの癖だった。
「…なんだ？」
ディミトリは気安く眉を上げて見せる。
「確かに口は悪いですが、あれは、嫌ってはないかと」
言ったもののシルヴァンは首を振った。根拠がないと気づいたのだろう。
「そうだろうか」
気休めでも少し落ち着く気がした。仲が良くて付き合いが長い分、感傷もひとしおだった。このようになった以上昔のようにとは言わないが、取り付く島もないのはなかなか困る。
「でもそうだなぁ、寝ているあいつは素直ですよ」
「ああ、昔からそうだな…？」
「ええ、昔から」
殿下のこと大好きですよといってにっこり笑ったシルヴァンに対して、ディミトリは首を傾げた。意図がさっぱりわからなかった。

そんなやりとりが思い出される今、微睡む季節にディミトリは木にもたれて居眠りしているフェリクスに遭遇している。
しばらく見ていたが起きる気配はなく、昔のあどけない顔に懐かしさを覚えて近寄り、覗き込んでしまう。体が小さかったフェリクスは、遊び疲れてはコトンと寝落ちをしていた。柔らかく眠るフェリクスを見るうちにディミトリも寝てしまったことを思い出す。ゆりかごのような優しく懐かしい頃よ、ディミトリにはもう安眠など得られないというのに。

不穏な気持ちが伝わってしまったのか、フェリクスが少し唸った。眉間に皺がより、うなされ始めていた。まさか自分のせいかと根拠もない気まずさを覚えて、立ち去るべきか起こした方がいいか悩んでいたところ、フェリクスがディミトリのマントを強く掴んだ。立ち去る選択肢は消え、これはフェリクス的にも良くないのではと思ったがもうどうしようもない。
「…ディミトリ、やめろ、行くな…！」
まるで心配しているかのような悲痛な声に、ディミトリは全く動けなくなってしまった。まさか自分がフェリクスの悪夢に登場するとは思いもしなかった。
「…フェリクス、心配するな」
意を決して声をかけるが、フェリクスは呼吸を荒くしながら目を覚さない。
「置いて、いくな…」
重ねていう言葉に心打たれた。一緒にいたいと駄々をこねて叱られる小さなフェリクスの姿に重なる。
「フェリクス…俺はここにいるから」
「ディミ、トリ…」
悪夢も人によって違うのだと感じながらも、ディミトリにできるのはその手を優しく握るだけだった。ぼんやりとフェリクスが目を開き、ディミトリはほっと息をついた。
「一人は、さみしいだろう…？」
明らかに寝ぼけた声が、更にディミトリに衝撃を与えた。だから一緒に連れて行けと彼はいう。もしかしたら昔からそうだったのだろうか。
フェリクスはディミトリを心配している。ディミトリが薄暗い道を一人いくことを何かで察している。ああ間違いないと感嘆する。シルヴァンお前は正しい。こんなに優しい奴が他にいるものか。
「フェリクス」
顔が熱かった。批判する声も行くなと悪夢を見る理由も、ディミトリを心配する気持ちがあるからだと思うと嬉しかった。

「…は？」
パチリと瞬いて、得心したディミトリの代わりに混乱し始めたのはフェリクスだった。目の前にディミトリが赤らめた顔でいて、その青いマントを離さないのは。
「な、何だこれは？　とにかく、忘れろ！！　いいな！」
そう言って猫のように飛び上がって立ち去る姿に、ディミトリは声を出して笑うしかなかった。
「ああ、忘れるものか」
フェリクスはこれからも態度を変えないだろう。ディミトリはこの燻る黒い炎を消すことはできないし、フェリクスを巻き込むこともしまい。
それでも変わらなく接しよう。嫌がられようと話をして、耳をかそう。
それがせめてもの誠意だろうと思うから。