1月第4土曜日の話 通知が届いて『ご用意できました』の文字を見た瞬間から、今日という日をどれ程待っただろうか。前回の悠仁のラジオに出た野薔薇様の「楽しみにしてて」と笑う声。彼女がそういう言のだ。間違いなく楽しい時間になるに違いない。可愛かっこいい女性代表の釘崎野薔薇様に崇拝してるというか、彼女にしたい――なんて烏滸がましい。彼女が健やかに心穏やかに過ごせる日々が過ごせるよう祈ってだけのモブでいい。物販で手にした今日のパンフは家に帰ってから舐めるように見るとして、野薔薇様デザインのグッズを無事に手に入れた私は、それの入った袋を自席でまじまじとを覗き見る。
スタイリッシュとはこのことか。FloweRのロゴに絡む小さく描かれた虎と犬とバラの花。普段遣いやすいほうがいいでしょ! そういう野薔薇様は置いておくより使って欲しいからといつも言う。グッズは保存しがちの私だけど、野薔薇様デザインだったり、監修グッズは本当に使いやすい。勿論FloweRファンであることが恥ずかしいとかそんなことは全くないのだけど、さりげないデザインで「それどこの?」なんて聞かれるのニヤニヤしてしまう。今回のライブTシャツだってベースは黒で、背中にデザインされたイラストが本当にかっこいい。めっちゃ普通に着れる。それでいてFloweRファンなら目配せしあえるようなそれ。野薔薇様天才なのでは? 知ってた!! 大好き!!
一番の推しは野薔薇様ではあるけれど、FloweRの三人みんな好きだ。アイドルの箱推しになる日が来ようとは思ってもみなかった。悠仁のラジオは欠かさないし、彼がレギュラーとして出ているバラエティだって毎週録ってる。めぐみんの――そう、めぐみんだよ! 今月初めの熱愛報道!! ごじょさと? まじで?? って思ったものだけど、あれだけ今まで仲良しなところを電波に乗せてたんだから、ある意味自然な形に収まったようには見える。まぁめぐみんに並ぶ人間は野薔薇様と悠仁以外だとそうそう居ないじゃん? 性格はちょっとアレだと言われているごじょさとなら、ふたり並んだ時のビジュアルがいい。目の保養じゃん。性格が写真に写る時代になってなくてよかったね。いや待て。いくらなんでもあまりにもアレな性格しててめぐみんが付き合う? ないでしょ。絆されたという線はなくはないけど、めぐみんだって好きなんだろうな。じゃなきゃ付き合わないよな。えーでもさ、ごじょさとのどこがいいの? 顔? 金? めっちゃ聞きたい。今日のMCでそのへん突っ込む悠仁と野薔薇様はいると信じてる。
そうこうしている間に、ステージが薄暗くなっていく。途端上がる歓声。私も今日の物販で買ったペンライトを野薔薇様カラーである赤に設定する。この色も可愛い! さすが野薔薇様!!
そしてFloweR恒例の場内アナウンスは今日は誰だろうかと、胸にペンラを抱く。今か今かと待っていればマイクが入る音がした。そしてポンポンとマイクを叩く音。これは悠仁!
『こんばんはー!』
こんばんは~と返す声と悲鳴に私のテンションも上がってくる。
『本日はファンクラブ限定ライブ【こたつでアイスは美味いよね!】にご来場いただきありがとうございます! 今回もたくさんの方に会えるの楽しみにしていました』
このライブのネーミングセンスあれだけど、フラグなのは毎回恒例なのだ。ステージにこたつとアイスは絶対出てくる。MCではそんなゆるりとした彼女たちだけど、歌って踊る時のギャップがマジでやばい。それで落ない人いないんじゃない?
『電子機器のご利用はお断りしております。電源切ってくださーい! 今回もちゃんと撮影タイム設けてますので、その時にフラッシュガンガン炊いちゃって。それまでは我慢してね。録音ももちろんダメだよ』
そうなのだ、FloweRはラストで撮影OKタイムを取ってくれている珍しいアイドルでもある。それをSNSに載せてもいいけど商品化はダメだし、それ以外の撮影録音は禁止。当たり前のことなんだけど。この商品化――というのがね、やらかした奴がいるわけよ。ちゃんとダメって言ってるのにね。そういう人はガッツリ訴えるという前例をしっかり作ってくれてるので、そんなバカは今のところ表には出てきていない。撮影OKタイムの時とそれまでの衣装が違うので出回ると一発でわかる。噂の域を出ないけれど、客席をしっかり録画して犯人を突き止めているとか。そこまでしないとそういう輩は減らないもんね。
『あとはもう、しっかり楽しんで帰ってくださいね!!』
その声と同時にステージが真っ暗になる。上がる歓声と悲鳴。心拍もヤバイくらい上がってきていて死にそう。震える手でペンラを握りその時を待つ。
正直私はまだニワカと言われるファンだ。FloweRというアイドルの存在を知っていても、二次オタクだった私は正直芸能界には疎かった。その私をガッツリハマらせてしまったのが、去年のバレンタイン時期に流れていたチョコのCM。流れる歌声も、出ている三人の大人びているのに子供っぽい表情でお互いにチョコレートを食べさせ合うもの。その時の野薔薇様の小悪魔みたいな微笑みに打ち抜かれた。種類の違うイケメンをはべらかしてるのに、イケメンにではなく真ん中の野薔薇様に釘付けになった。そこから始まったFloweRライフ。ライブに来れたのはまだ二回目だけど、もうどっぷりはまっている。
ザワつく会場に突如聞こえ始めた低音。この伴奏は去年のアルバム三曲目の『共犯』だ! 私があのアルバムの中で一番好きな曲だ! 既に涙腺が緩み始めてきた。そしてステージに明かりが灯った瞬間泣いた。下唇をかみ締め、光溢れるステージの上に現れた三人を表せる言葉なんて思いつかない。
「やばい……すき」
音の海の中力強い歌声と可愛いく美しい野薔薇様の姿に思わず拝んだ。視界の端にいる隣の男も拝んでいるから、私と同じ野薔薇様のファンなのだろう。思わず握手を求めたくなるが、今は一秒も見逃したくないので無理。
そこからの悠仁とめぐみん、そして野薔薇様の相変わらずのキレッキレダンスに歌。最高か。やばい、最高って語彙しか出てこないけど、もうそれ以外ないんだもん仕方ないじゃん。
それぞれのソロ曲の度に衣装が代わって、野薔薇様の今回のソロはふわっふわの可愛いドレス。さっきまで来てたパンツスーツもかっこいいけれど、この衣装めちゃくちゃ可愛い。野薔薇様なんでも似合いすぎでは? すき。
八曲目が終わったところで、ステージに現れたこたつ。そしてその上に乗っているのはミカンが山になっている籠だ。きたー!! 一旦引いてた三人がMCに入る為に戻ってきた時に野薔薇様が着ていたのはジャージで。出てきた時は思わず「かわいーっ!」と声を張り上げてしまった。いやあんな可愛いジャージ姿の二十二歳いる? いるわけない。悠仁は虎の着ぐるみ。めぐみんは黒の上下のスウェット。ゆるすぎん? てか悠仁のそれ可愛すぎだろ。そしてめぐみんの手にはアイス何リットルはいってるやつ? バケツ型のやつじゃん。
『これ電源入ってないんだけど?』
こたつに足を突っ込んだ野薔薇様のひとこと目に会場が笑った。
『実際入れたら熱くね? そもそも釘崎さっき踊ってたじゃん』
『そうだけどさ。伏黒、アイス分けて』
『今やってる』
アイスクリームディッシャーでくり抜こうとしてるけど、その動きが覚束無いのが微笑ましい。
『俺やろうか?』
なんでも器用にこなす悠仁の言葉に、無言で渡すめぐみんも可愛い。手早く三人分が用意されたアイスに口を付ける。「おいしいー?」とすかさずかかる声に『冷たくておいしいー!』って返す悠仁かわいい。この三人本当に可愛いなぁとニコニコしてたら、始まった。
『そういえばさ、この前伏黒撮られたじゃん』
『えっいきなり本題!? 近況とかから始めないの?』
『虎杖黙ってな』
『うぃっす』
『……撮られたな』
『アンタさ、隙多すぎなんじゃない? その前は女優と撮られてるしさ』
『そんなつもりはないんだけど』
『そこにつけこまれたとか?』
『は?』
『てかさ、なんで五条なの?』
『やっぱり小さい時からの刷り込み?』
『生まれたてのヒナかよ』
『アイツの好きところ五つ言ってみてよ』
『俺も聞きたい!』
『は? リハと違うだろ』
『大丈夫、ななみんの許可はとってる!』
そう言われてステージ袖に目をやるめぐみんが驚いた顔をしていた。そこにマネージャーの七海さんがいるのかな。ていうか、そこ聞きたい。結局事務所からの「温かい目で見守ってください」ってファックス一枚でこの話題流してるんだよね。実際どうなのよ、なんて野次馬みたいなことを思ってしまうのも仕方がないだろう。だって相手があのごじょさとだ。
『どこどこ? やっぱ顔とか?』
『顔……っていうか目?』
『あー確かにキレイだよね、あとは?』
『……声とか』
『うん、いい声してるわね』
うんうんと頷く野薔薇様。だよね、わかる。
『ごはんが、おいしい』
『まじで? 俺も食いたい』
『虎杖のご飯も美味しい』
『ありがと』
『で?』
『で?』
ずいっとふたりが乗り出してめぐみんを追い詰めれば、困ったように首を振った。
『――勘弁してくれ』
そう言ってコタツに突っ伏してしまうめぐみん。顔はこちらから見えないけど、覗きこむ野薔薇様と悠仁のにやけた顔。
『ごちそーさま!』
『末永くお幸せに!』
『――オマエ、それダメだろ』
『あはは!』
『そんなわけで伏黒のプライベートはこんな感じだけど、私たちは私たちのまま突き進むよ!』
『おー!!』
拳を突き上げる野薔薇様と悠仁。そして小さく控えめに上がっためぐみんの拳が、ぐーからパーへと変わった。
『あー待って、ひとつだけ』
そう言ってまだ赤い顔を手で擦りながらコタツを出て、まっすぐステージの上から私たちの方を見るめぐみんはひとつお辞儀をした。なにを言われるのかと緊張しながら見守る。
『本来ならここでお知らせしたかったのですが、私共の不手際で出てしまいました。知っておられる方もいらっしゃるかと思いますが、俺伏黒恵は五条悟さんとお付き合いをしてます。男同士だし、年齢も離れています。それでも信じられる人です。これからも公私混同する気はないので、FloweRをこれからもよろしくお願いします』
歓声に紛れるおめでとうの言葉に私も声を張り上げる。
『もうひとつ本当ならお知らせしたいことがあるのですが、事情があって三月末くらいになりそうです。それはファンクラブの会報誌か、公式サイトの方でお知らせする形となります』
『ドジしなきゃね~』
『そこは本当に気を付ける』
『ご懐妊? 安定期になるの待ってるの?』
『……虎杖からそういう冗談出るとは思わなかった』
『一応みんなの代弁だからね!』
『そもそも孕めないだろ』
そうお腹に手をやりぼそりと呟いためぐみん。五伏じゃん。孕めたら孕むのめぐみんなんだね? そういうことなんだね?? 解釈の一致じゃん!! 思わず呟きそうになった自分の口を手で押さえる。流石に公の場でカプ名を言うのはダメだ。私と同じようにそれですべてを察した会場が湧き上がるも、なんのことかわからないって顔をするめぐみんが悠仁に近づき耳打ちされた。
『――ってこと』
『なっ!?』
真っ赤な顔で口をぱくぱくするのが可愛くて、会場からも可愛いやら、おめでとうの声が飛んだ。野薔薇様は爆笑してたその姿も大変愛らしい。
その後の三人のパフォーマンスは前半以上で、めちゃくちゃかっこよくて最高だった。めぐみんの恋愛事情も気になるけど、野薔薇様のそれは未だないんだよね。仕事が恋人? それはないな。そういうタイプではなさそう。スタイリストの真希さんが大好きなのはSNSで発信しまくってるけど、あれは尊敬なんだよな。実際野薔薇様の恋愛スクープが出た時、私はどういう感情を抱くのだろうか。彼女が幸せを感じられる人ができたのなら全力でお祝いできる人間でいたい。――寂しく思うのだろうけれど。
……そしてこの二か月後。生放送でまたやらかすめぐみんの姿を見るとは思いもしなかった。てか、悠仁の言葉そのまんまの意味だったんだね、と今なら思う。五伏おめでとう!!