後悔させない「外傷はないようだね」
タブレットになにやら打ち込んだ家入さん振り返り、俺らを一瞥したあとそう呟いた。
「はい」
「痛いところも?」
「無いです」
いつもより明らかな高い声で返事をすれば、後ろで虎杖が吹き出した。オマエふざけんな、あとで殴るからな。そんな思いを込めて睨めば隣の釘崎が、いつ戻りますか? といつもより低い声で聞いた。俺もそこが知りたい。むしろ呪霊は既に虎杖の蹴りによって消えている。なのに、こんなふざけた呪いだけが残されていて早く元の姿に戻して欲しい。
「そうだな……」
「やっほー! 僕の生徒たちが面白いことになってるんだって?」
バーンと医務室ドアを思いっきり開けて入ってきた担任に、思わず顔を顰めた。最悪だ。この人が来る前に戻りたかったのに。担任である五条先生の目は既に、釘崎と俺を交互に見て口元がにやけ始めていた。
「野薔薇イケメンじゃん」
「当たり前でしょ? 私は女だろうと男だろうと可愛くてかっこいいのよ!」
「あはは、恵は……うん。小さいね?」
「は?」
どう見ても平均よりあるだろと睨めば、おもむろに掴まれたのは胸だった。
「うーん、盛ってCかな?」
「はぁ~なに言ってんの、このセクハラ教師!! どこが小さいのよ!」
そう言いながら俺に左胸を掴んでくる釘崎。いやそんな胸の大きさとかどうでもいいが、勝手に掴むな。あと痛い。文句を口にする前に釘崎の腕が五条先生の手によって掴まれた。
「野薔薇」
「……さーせん」
バッと掴まれていた手が離れるも、五条先生はいつもより近くなった釘崎を見下ろしていた。
「……まぁいいや、次はないからね!」
「はーい」
肩を竦め答えた釘崎から視線を俺へと移した。いつもより十センチ以上低くなった身長で見上げるには首が痛い。本当にこの人は背が高いんだなぁと、なんだかムカついて脛を蹴ってみた。だが、やはり無下限で触れることは叶わない。腹が立つだけだった。
「えぇー!? なんで今蹴ったの!?」
「ムカついたんで。とりあえずこれの解呪方法教えてください」
睨みつけて言えば、目隠しを少しずらして俺と釘崎から視線を家入さんへ移しながら「ないんじゃない?」と軽い言葉が返ってきた。
「正解だ」
それに返事を返したのは家入さんだった。彼女の手元には既に詳細データが送られてきているようで、パソコンのキーを叩きつつ、マグカップに手を伸ばした。あぁだからそんなに落ち着いているのか。
「はぁ!?」
「ないの?」
「なんでよ」
三人で声をあげれば、仲がいいねと笑われるがそんなのどうでもいい。
「どういうことですか」
「そもそもさ、なんで虎杖だけ女の子になったないかわかるか?」
面白そうに家入さんは少し口元を緩めた。不思議に思いつつも、その点についてはずっと考えていた。呪霊を祓ったのは虎杖だが俺ら三人全員がその呪霊の放った霧のようなものを吸ったし、かかった。なのに姿が変わっていたのは釘崎と俺のみだ。
「えー、筋肉量?」
「確かにそれも虎杖はずば抜けてるけど、ちょっと違うな」
「じゃあなんなんですか?」
そう尋ねた釘崎に答えたのはパソコンを覗き込んでいた五条先生だった。
「ヴァージンか、否か」
「は?」
「言い方変えるなら処女や童貞か否かってこと。面白い呪いだよね」
大人ふたりが笑っているが、実際呪われた俺たちはそれどころじゃない。なんだそれ、ふざけてんのか? そう口にする前に釘崎の動きは早かった。
「アンタいつよ!! 裏切り者!」
身長の変わらなくなった釘崎が虎杖の胸ぐらを掴んだ。
「へ? 裏切りって……あー、えっと中二の時」
「はぁ!? 年上のお姉さんが相手か!」
鬼の形相で続ける釘崎。確かに、虎杖は年上の人としてそうではあるな……なんて納得してしまう。
「なんで知ってんの!? 見てた?」
「見るわけないだろ! えっマジで!? 虎杖のクセにやる事やってんのかよ!!」
ガクガクと掴んだまま虎杖を揺する釘崎。あまりきつくやると酔うぞ?
「えぇー!? なんでそこまで言われないといけないの?? っていうか俺より伏黒だろ」
は? いきなり俺に振るなと思いつつも、釘崎の視線は既に俺へと向いていた。
「はっ! そうよ!! アンタ、コレと付き合ってんのにまだだったの?」
これといいながら五条先生を指さす釘崎。いや、まぁそうなんだけど。
「野薔薇もまだじゃん」
あはは、なんて笑いながら煽る五条先生。それ今はやめろ。
「こんな仕事してた彼氏なんてできるかーっ! そもそも私の魅力に気づかない男が多すぎんのよ!」
「まぁな、野薔薇良い子だよね」
「えっ、なにきっしょ。やめてよ」
そう言いながら腕をさする動作をするのを傍目に五条先生に質問した。
「ならこれはいつ解けるんですか?」
「一生かもよ?」
ニヤニヤしながらそんな事を言う時は、違うってわかっている。本当にふざけてやがる。
「二級程度にそこまでの力は無いです」
「その二級程度にやられてんじゃないよ」
言いながら鼻を掴まれる。うっせぇ。
「実際は約一週間程で自然解呪されるよ」
既に飽きたのか背中を向けたまま家入さんがそう呟くのに釘崎は頷き、腕を組んだ。
「以外に長いのね」
「だね。あー部屋どうする?」
「どうするも何も今のままで別にいいだろ」
一週間そこらなら問題もないだろうし。そう口にした途端、五条先生に腕を掴まれた。
「はぁ!? 良いわけ無いよね? 中身男だって言っても外見女の子が男子寮にいていいと思ってんの? ダメ、ずぅぇ~ったいダメ! 先生許しません!」
「え、私は?」
「野薔薇はいいよ。女子寮に間違い犯しそうな子居ないからね。でも恵はダメ」
「なんでだよ!」
おかしいだろそんなの。そう思うのに五条先生は首を振るだけだった。
「悠仁や二年は……まぁ大丈夫だし、棘たちは基本任務でいないから大丈夫だけど、今の一年はダメ」
「アイツらに俺が負けるとでも思ってんのかよ」
「いつもの恵なら負けるわけがない。呪術対決なら今だって楽勝だよ。でもね」
そう言って俺の両手をひとまとめに握り、顎を一瞬で掴まれた。早い。
「少し油断させたらアイツらだって、このくらい簡単だよ。こんなに細っこい恵なんて割り箸折るより簡単に折れる」
力を込められれば骨が軋む。
「痛ぇわ!! 馬鹿力がっ!」
振り払おうにもびくともしない。マジでこの人の力どうなんてんだよっ!
「いやでも確かに。先生はあぁ言うけど俺は二年もやばいと思う。いつでも俺が着いていられたらいいけど、明日から九州なんだよ、俺」
虎杖までそんなこというのか? そう思っていたら釘崎まで同意してきた。
「金澤とかやばいわよ。アンタ気づいてないけど」
金澤って二年のか? いぬっころみたいに懐いてくるやつではあるけど……え、まじで?
「金澤やっぱりダメ?」
「あれは完全に黒よ」
「マジかー」
完全に俺の話なのにのけものにされている。ていうか金澤がなんなんだよ。
「おい、どういうことだよ」
「とりあえず!」
掴まれていた腕を解放され、パンッと五条先生は手を打った。
「恵は戻るまで僕んちに居な」
「はぁ!?」
「そんな格好でいつまでもうろつかない」
「そうしなさいよ」
「その方が俺も安心する」
三人に囲まれれば圧がすごい。一歩下がろうにも場所がない。
「いやでも、任務が」
「そんなの私と虎杖でなんとかするから」
「いやいやいや、釘崎もダメでしょ!? 俺と先輩や二年とで回すよ! それに伏黒は見た目女の子なんだし、先生もその方が安心するなら囲われときなよ。マジで金澤に見られたくない」
アイツこき使ってやるから! なんて畳み掛けるように言われてしまって反論出来ず五条先生を見れば、背中を撫でられる。
「硝子、そういう事だから」
「……まぁいいけど、なにかおかしいと思ったらすぐに来るように、二人ともな。戻ってからも一応顔見せに来て」
「わかりました」
「はーい」
取り敢えず最低限の荷物取りに寮へ戻ろうかと考えていれば、五条先生が指示を出し始めた。
「そうと決まったら悠仁は野薔薇寮まで送っていって」
「りょーかい!」
買い物した袋を手に持ち上げ、釘崎を振り返る虎杖に当然とついていく釘崎。いや、オマエの荷物だろ持てよ。
「説明は私がするわ」
「確かにその方がいいかも、喋るの釘崎のが上手いしな!」
ふたりがいいならいいんだけど、そう思っていれば肩に乗る大きな手のひらの持ち主を見上げた。
「じゃあ任せるよ。僕は恵連れてこのまま一旦家に行くから」
「あぁ気をつけてな」
そう言いつつ吹き出す家入さんんに首を傾げれば「安心した」と小さな声で言われる。
「伏黒、アイツに大事にされてんだな」
「へ?」
どういうことだ、と聞き返す前に吹き出した。
「あはは、ごめんね。いや~あの五条がまさかまだ手を出してなかったって~マジかよ。笑うの耐えてたからアハハハ、やばいお腹痛いっ」
初めて見る爆笑する家入さんに驚いていれば、五条さんが「硝子笑いすぎ」と拗ねた顔をするから、その表情の珍しさに驚いたし、ちょっと胸の奥がぎゅっとした気がした。