恋に落とす魔法 もしも魔法が使えたらどうする?
そうカインに尋ねたのはクロエだった。その問いに深い意味はなくただの一つの雑談だった。
もしも魔法が使えたら何をしたいだろう。どんな魔法使いになりたいだろう。帰った後もカインは一人考えていた。魔法があるなら剣もあるだろうし、どちらかというとそちらの方が性に合っているかもしれない。でもやっぱり魔法は魔法で捨て難いし、魔法剣士なんていうのも格好いいと思う。そんなことを一晩中、いや次の日の授業中も考えて、放課後一緒に過ごしていたオーエンにも空想を打ち明けてみた。
「馬鹿なの。科学の時代に魔法なんてあるわけないだろ」
「そうじゃなくて、もしもの話だよ」
二人ともクラスは違うがなんとなく放課後はよく一緒にいる。カインはオーエンを友達以上に思っているがオーエンはわからない。時々甘いものを奢らせてくるし嫌なことだって言う。でもカインが会いに行けば当たり前のように隣を許してくれた。この誰も知らない名前のつけられない奇妙な関係はもどかしくて、でもどこか心地いい。
「もしもオーエンが魔法使いだったらどんな魔法が使いたい?」
「そんな不確かなものより暴力と脅迫の方が確実じゃない?」
「夢がないし物騒だから却下だ」
「なにそれ」
目の前でばってんを作るカインを見ておかしそうに笑う。チョコレートの袋を開ける手は新しい擦り傷ができていて、たぶん今日も誰かを相手に暴力と脅迫の青春を謳歌していたのだろう。あまり危ないことはしないでほしいが聞いてくれないので、そろそろどうにかしたいなと思っている。いつか取り返しのつかない大怪我をしたらと思うと不安だし、そもそも喧嘩ばかりで出席日数すら怪しいので健康に進級できる人生設計を考えてほしい。同じ大学に行くかはまだわからないがせめて一緒に卒業したい。
「俺が魔法使えるならこれだな」
昨日からの悩みにやっと答えが出た。もしも魔法が使えたらオーエンの喧嘩をやめさせる。どんな魔法だよとは思うが、魔法だからきっとなんでもできるはずだ。
一人でそう納得するカインに怪訝な顔をしているオーエンの手を取って、手のひらの傷を撫でると個包装のチョコレートがぼとりと落ちた。喧嘩の時は隙がないのにそれ以外は隙だらけですぐに不意を突かれてしまうオーエンは可愛いし喧嘩に向かないと思う。それともこんなに警戒心がないのは自分にだけだろうか。もしそうだったら嬉しいしその先を期待して自惚れてしまう。
「何するんだよ」
「オーエンが危ないことしないよう魔法をかけようと思って」
「魔法なんてこの世にない」
「本当に?」
赤くなった擦り傷に唇を寄せるとあえかな悲鳴が生まれたことに気をよくして、ひっくり返した手のひらに強く吸いつく。痕が残ればいいと思って吸ったそれをオーエンは瞬きもせず見つめていた。
「オーエン。これは拳を握れなくする魔法だ。感触を忘れるまでは誰も殴れないから覚悟してくれ」
これは魔法ではなく呪いかもしれない。言った後で気付いたが上目遣いに見るオーエンは上手に魔法にかかってくれて耳まで真っ赤にしていたのでどうやら効果はあったらしい。このまま告白もしてみようかと思ったが昨日振られてばかりなので飲み込んだ。どんなに好きだと伝えてもなかなか首を縦に振ってくれないのだ。理由はないけど駄目だなんて納得できないから諦めるつもりはないが、数打ってうまくいくような相手でもないだろうからじっくり攻めるつもりでいる。そのためにも是非進級はしてほしい。
「こんなのずるい」
「ずるい?どうして?」
カインが笑えばオーエンは唇を噛むだけで何も言い返さなかった。魔法なんてなくてももしかしたらオーエンはカインが心から願えば喧嘩をやめてくれるかもしれない。今はまだ無理でもいずれ、きっと遠くない未来で。ふとそんな予感がよぎって薄く笑みを浮かべるとオーエンが怪訝な顔をした。やっぱり伝えたくなって「好きだよ」と上目遣いで唱えれば淡く頬を染めてチョコレートで汚れた唇を噛む。無防備でいてくれるから、オーエンが魔法使いじゃなくてよかった。