因縁の恋愛事情と見守り方 中央の国の魔法使いとの任務は本来日帰りで行けるような簡単なもののはずだった。それがうっかりカインが財布をなくしたり夜にオズが魔法を使って眠ったまましばらく起きなかったりと様々な小さなことが重なって結局三日も滞在してしまった。村の人達が大変歓迎してくれて居心地がよかったのも間違いなく理由の一つである。最近忙しかったからのんびり帰ってくるといいと双子から連絡ももらっていたのですっかり甘えてしまった。
数日留守にしてしまったので他の魔法使い達に挨拶をしようと思い、晶は帰還するとすぐに談話室へ向かった。お土産も買ってきたので誰かいれば早速配るつもりで、両手で紙袋を抱えてやってきた部屋には少々奇妙な光景が広がっていた。
「うんうん、これはもしや賢者の世界にある五月病というものかもしれんのう」
「オーエンちゃん可哀想に。よしよし、お菓子でもお食べ」
談話室のソファにはオーエンを挟むように双子が座り、ファウストが離れたところで何やら怪訝な顔をしている。話題の中心はオーエンのようだが当の本人は双子に構われても喜ぶでも嫌がるでもなく、ただ黙々と与えられたお菓子を食べていた。
はじめに思ったのは厄災の傷の方のオーエンの可能性だが、それにしては雰囲気が大人しい。具体的なは瞳にハイライトがない。なんなら虚無といっていい。またミスラと派手な喧嘩でもしたのだろうか。
「あの、今帰りました。何か困ったことはありましたか?」
「おお賢者よ、よく戻った」
「ゆっくり休めたかの?」
晶の姿を見つけると双子がいつものように温かく迎えてくれる。怪我はないか、疲れていないかと顔を覗き込む姿に癒されながらも相変わらず無反応のオーエンのことが気に掛かった。
「オーエン、元気ないですね」
「ああ、そうなのじゃ。暇潰しに墜落死していたところを回収して休ませておる」
「昨日は暇で首を吊っておったかのう」
「ひ、暇潰し……?」
暇だからで自害を繰り返すのは異常なのではと不安を覚えたが双子はあまり気にしている様子はない。いや気にしていないわけではないのだと思うが、「最近雨が続いて洗濯物が乾かなくて困っちゃう」くらいの軽い雰囲気が窺える。
「まあ我ら長生きしてるし?退屈しちゃう日もあるよねー」
「とりあえず死体が転がっていると若い子らが驚くやもしれぬので、お菓子を与えて気を紛らわせておるところじゃ」
「ええと……」
なんだこれどうしたらいいんだ。困って思わず部屋にいたファウストを振り返ると、彼は眉を顰めて首を振った。
「甘やかすより医療に繋げて適切なメンタルケアをと勧めたのだが、お菓子で治ると言ってきかない」
「えー見せたよ?お医者さんに。そしたらお菓子でも食べさせておけばって言ってたもん」
「うむ。言ってた言ってた。二日酔いでやる気なさそうじゃったけどちゃんと診てくれたもん」
「ねー」
双子曰く、お菓子として特製のシュガーを与えてみたり一応工夫はしているらしい。しかし見たところ快方に向かっている気配はないしやはりアプローチを変える必要があるだろう。とりあえず双子に話を聞いていても埒があかないのでオーエンに直接話を聞いてみようと、晶はソファでお菓子を食べるオーエンの前に膝をついた。
「オーエン。こんにちは。最近何か落ち込むことがありましたか?」
「は?ないよそんなの。毎日いつも通りだよ。隣の部屋が静かでむしろ快適だった」
話し掛ければ返事があることにひとまずは安堵した。しかしやはり何もないと言う割には明らかに沈んでいるので何か事情があるのだろう。とはいえプライドの高い北の魔法使いだ。そう簡単に聞き出せるとは思えない。
さてどうするべきか、手っ取り早い方法としてまずはお菓子で釣るべきか、まで考えて双子もここで嵌まったのだと理解した。オーエンへのアプローチ、とりあえずお菓子を与えがち。だって成功率がそこそこあるし他に有効手段がないから。
「……お土産にお菓子買ってきたんですが、よかったら」
「食べる」
今更だがオーエンの血糖値は大丈夫なのだろうか。魔法使いじゃなかったらとっくに健康を害しているだろう生活習慣をこのまま許していていいのか。ローテーブルの上にあるお菓子が乗っていただろう大皿の数を数えて不安になる。お菓子以外の手段はやはり必要だ。
「あれ、賢者様ここにいたのか」
お菓子以外の気を引く術を考えながらお菓子を食べさせていると不意に背中に声を掛けられた。振り返らずとも声でわかる。今まで任務で一緒だったカインである。先程軽く汗を流してくると言って別れたのでおそらく風呂から出た帰りだろう。オーエンと、他に誰かいるかといつものように声をかけるカインにまず近くにいたファウストが手を触れる。双子も飛びかかるようにハイタッチをしてカインを出迎えた。
「おお、よくぞ来たカイン」
「お主を待っておったのじゃ」
「え、俺?」
双子の歓迎ぶりにカインは面食らっている。何故カインを待っていたのか同じく状況を掴めずにいたのだが、目の前にいるオーエンが小さな声で呟く声を偶然聞いてしまった。きしさま。ふとそちらを振り返ると瞳に光が戻っている。晶から受け取ったお菓子はもういいのか、手に持ったまま食べるでもなくいつもの冷たい笑みを浮かべた。
「なんだ、帰ってきたの?ずいぶん遅いから野垂れ死んだのかと思ってた。弱いんだから無理せず部屋に引き篭もってればいいのに、簡単な任務に数日もかけて無能もいいとこじゃない?」
あ、元気になった。晶は確信した。双子も互いに喜びのハイタッチをしていた。オーエンは絶好調でその後も嫌味のオンパレードを繰り広げ、満足したのか談話室を出て行こうとする。
「遅くなってすまない。ケーキを奢る予定だったのに流れちゃったな。また改めて誘わせてくれないか?」
「は?嫌だよ。どうせまたすっぽかすんだろ。王都中のケーキはもう王子様に用意させるからお前はクビだよ」
「悪かったって。拗ねるなよ。寂しかったのか?あ、お土産にお菓子あるんだ。とびきり甘いやつ。よかったら今から部屋に来ないか?」
「……甘くなかったら承知しないから」
「はは。わかったよ」
そうして二人は肩を叩いたり仕返しに蹴り飛ばしたりしながら仲良く談話室を出て行ってしまった。後に残されたのはオーエンの面倒を見てそれなりに心配もしていたのに完全にスルーされた面々だけだ。
「あの、あの二人って、お付き合いを……?」
とりあえず、そこだけ気になったので尋ねてみたが双子は揃ってふるふると首を振った。あれで付き合っていないのか、とファウストが若干引き気味の感想を漏らす。
「あんなに好きなのに、まだ自覚ないんだよねー」
「会えないと寂しくて死んじゃうくらいなのにねー」
つまり、元気なかった理由はカインの帰りが遅かったからということか。日帰りのはずが三日になったというだけで毎日自害してしまうくらいには耐え切れなくて、それでもまだ自覚はないのか。
「え、あの、カインの方は……?」
「さて、直接尋ねたことはないが、おそらくオーエンの気持ちが追いつくのを待っているのじゃろう」
「ちなみにブラッドリーとネロが何百年かかるかで賭けをしておるそうじゃ」
「……気の遠くなる話ですね」
他に言うべき言葉が見つからなくて適当に相槌を打ち、二人が出て行った談話室のドアを見守った。お菓子以外にもオーエンの心を動かす存在が増えたのは間違いなくいいことだが、寂しくて死んでしまうほど熱烈なのに気付いていないということを知ってしまい、これからどう接したらいいのかと地味に悩む。任務もできるだけ一緒にした方がいいのかとか、お土産のお菓子はカインが買ってくるものと被らないよう工夫した方がいいのかとか、いろいろ考えたけれど答えは見つからなかったので、とりあえず残された三人にお土産のお菓子を配ってお茶にすることにした。お茶会のテーマはもちろん、因縁の恋愛事情と見守り方についてである。