賢者は因縁の夢をみる ああ、これは夢だと思った。明晰夢というやつだ。明晰夢では自由に動き回れるなどというけれどこの夢の中に賢者である自分はおらず操れる身体はない。いわゆる神の視点というやつで光景を見守っていた。
登場人物は二人と二体と一頭。合計五つ。その中で固有名詞を持つのは二人と一頭だけだ。よくわからない場所で、何やら緊迫したムードで、因縁の称号を持つ二人が謎の黒い大きな何かと派手に戦闘をしていた。二人は二体のうち一体を受け持ち、ケルベロスが残りの一体と相対している。
「ちっ、分が悪い……」
結界を張ったり攻撃したり攻守をバランスよくこなしながらオーエンが舌打ちをする。カインもオーエンの動きに合わせて敵の死角から魔法を放ったり剣で斬りつけたりといい動きをしていた。かつて目玉を奪い奪われた仲なのに連携がうまい。その息の合わせ方を一体いつどこで打ち合わせたのか教えてほしい。実は隠れてコンビネーション技の練習とかしているんじゃないですか教えてください応援に行きますから。夢の中の二人に切なる思いを叫ぶもののどうやらこちらの声は聞こえていないらしい。
オーエンとカインの戦いは目覚ましく、どう見ても押している。分が悪いのは向こうの方だ。それともこの敵は第二形態があったりとかそういう設定なのだろうかと思ったら親切にも夢の中のオーエンが解説をしてくれた。
「こっちを倒し切るまでケルベロスがもたない」
ありがとうございます。そうなんですね。見てみると確かに向こうの戦闘は夢のせいか怪獣大戦争のようになってはいるが心なしかケルベロスが攻撃を喰らっているように見える。
どかーん、ばきーん、ずががが、きゃいーん。様々な効果音と共に派手な戦いを繰り広げているが長くはもちそうにない。ケルベロスが倒れればあの一体もカインとオーエンの二人を襲うだろう。
「仕方ない。騎士様、なんか約束しろ。守れる範囲でできるだけ重いやつ!」
「はぁ!?」
カインと自分の声が被った。約束、それはこの世界の魔法使いにとってとても大切なもの。破れば魔力を失うものだ。しかし今ここは夢の世界であり、神の視点で見守る賢者へ即座に設定が流れ込んできた。この世界の約束は破ると魔力を失うけれど、そのかわり約束を交わすとそれに相当するだけの魔力を手に入れることができるらしい。死にかけると力が増すサイヤ人みたいなものかなと賢者は勝手に解釈した。ちょっと違うかもしれない。
とにかくオーエンはその約束パワーでカインの魔力を増幅させてこの窮地を乗り切ろうという算段らしい。決して悪い案ではないかもしれないがリスクも大きい。約束を破れば魔力を失うという制約をこの先ずっと背負わなくてはいけないのだから。
「そんなこと今すぐ言われてもな……毎朝歯磨きするとか!?」
「お前年に数回忘れるから却下」
「だよなあ。反省はしているんだが」
「いいから早くしろ!」
というかオーエン、どうしてカインの歯磨き事情を知っているんですか!説明してください!賢者気になります!夢の中とはいえ、賢者はその答えを知りたい!あなたのことが知りたいんですオーエン!
賢者が叫び、カインが頭を抱え、オーエンは時間を稼ぐべく魔法を連発する。遠くではケルベロスが犬パンチをしたりされたりしている。
「よし、じゃあこれでどうだ!健やかなる時も病める時もオーエンを愛し続けると誓う!」
「っな!?」
オーエンが張っていた結界が弾けて消えた。着弾前の魔力の塊も炭酸の泡みたいに溶けてなくなる。カインの言葉で心が乱れ、あらゆる魔法が使えなくなっていた。ケルベロスさえトボトボ歩いて自分の足でトランクへ帰っていく。お前は帰らなくていいだろという顔でオーエンがその様子を見ていたが今はそれどころではない。
「危ない!」
一瞬世界がフリーズしたかに見えたが突然敵の攻撃が飛んできてカインがオーエンの腰を抱えて飛び退る。オーエンはされるがまま、お姫様抱っこをされて真っ赤な顔で固まっていた。
「おお、魔力が上がった。これで勝てるぞ!」
どかーんばきーん。カインが急に強くなって剣でばったばったと黒いやつを微塵切りにし始める。なんで強いんだ。流石永遠の愛を誓っただけはある。代償としてオーエンが戦闘不能になったけれどもカイン一人で勝てそうだ。
「いや、あの、ねえ!なんだよ今の!」
「はは、魔法舎に戻ったら指輪を贈るよ。結婚しよう!」
「僕の意思を聞け!」
いつの間にか敵は倒されていてカインが朗らかに笑って蹲るオーエンの前に膝をついた。白い手を取って恭しくキスをする。まるで騎士がお姫様に誓いを立てるかのように。
「好きだオーエン。お前が頷いてくれるまで何度でもプロポーズするよ。どうか俺の伴侶になってほしい」
他にもカインは「アーサー様の騎士ではあるがこれからはお前の伴侶として守らせてくれ」だとか「家を買って二人で暮らそう」だとか「子供の名前も実はもう候補があって」だとか、とにかく熱心に口説き倒していた。オーエンはずっと真っ赤で混乱していたけれど時々こくこくと小さく頷いて返事をするから、それを見たカインが幸せそうに蕩けた笑顔を浮かべて更にオーエンを赤面させる。
約束とはなんて偉大なのだろう。この様子だともうあと数分も愛を囁けばオーエンからも永遠の誓いという約束をもらえる気がする。愛の力万歳。それはそれとして因縁のお二人はいつの間に目玉以外に指輪も交換するような仲になったんですか!?是非そこのところ詳しく!賢者は夢の中で力一杯叫び、そしてその声のうるささでついに目を覚ました。
いつもの魔法舎の自室。窓の外からはたくさんの鳥の鳴き声。夢だった。やっぱり夢だったと改めて確認する。できれば二人の結婚まで見守りたかった。
「うるさい起きるなら一人で起きろよ」
「たまには朝の散歩もいいだろ」
窓を開ければ隣の部屋の声が漏れ聞こえてきて、邪魔してはいけない気がしてそっと音を立てずに閉めた。そういえば昨夜は隣の部屋がとても賑やかだったんだっけ。だからあんな素晴らしい夢を見たに違いない。途中から防音魔法も解けるくらい心を乱して昨夜はずいぶん盛り上がっている様子だった。因縁のはずの二人はいつの間にそんな関係になったのだろうか。
とりあえず賢者の書に全て書き留めておこう。この世界には魔法があって、夢占いもあるのだから。あの夢だっていつか何かの役に立つ日が来るかもしれない。だから事細かに、記憶が鮮明な内に記録して賢者の書を分厚くしなくてはいけない。
賢者は己に課せられた使命を自覚し、賢者の書の白紙のページを開いた。その前のページには昨夜のあれやこれやの音についての記録がびっしりとなされており、たぶんきっとこれからも賢者の書には大事な出来事が事細かに記録されるのだろう。じゃれあいながら窓から外へ飛び出す隣の部屋の二人の姿を笑顔で見送り、賢者は朝食の時間になるまでひたすらペンを走らせた。夢では見られなかったけど現実の方で二人の結婚式に呼んでもらえたら嬉しいなと思いながら。