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    @555_ci91

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    梵天ルートで一年に一回密会するふたりの話。

    野良犬のパソドプレ 自分にとってハロウィンとは、どういう催しかというのは薄ぼんやりと知っていてもあまり馴染みのないものだったが、ここ数年で正月やクリスマスに並ぶ年中行事として世間には浸透していた。季節が近付けば店屋のディスプレイはカボチャやコウモリ、蜘蛛の巣に魔女といった定番の飾り付けがなされていてそれらにちなんだ商品が販売される。
     自分と龍宮寺堅が経営するバイク屋には無縁の話だと思っていたが、近年では塗装をハロウィンにちなんだカラーリングを頼む客が増えて九月の中旬から十月の初旬は注文が殺到する。小さいショップだから受注には限りがあって、二年ほど前からは駆け出しのデザイナーである三ツ谷隆に依頼して季節限定のステッカーを販売している。塗装費用の問題で手を出せない学生をはじめとした若い客に売れている商品だ。売り上げの一部は還元すると言ったが、気の良い男は宣伝になっているからとデザイン料以外は受け取らなかった。
     そういった忙しさもハロウィン前日に納まって、当日は方々に出かけるのか店は常と変わらない落ち着きだった。自分一人で充分に応対が出来るので、毎年この日はドラケンには午後から休みを取ってもらっていた。仮装して渋谷に繰り出しお祭り騒ぎに便乗するなんて理由からではなく、龍宮寺堅の旧友の命日であったからだ。
     関東事変が起きる数ヶ月前、血のハロウィンと呼ばれる抗争が起きた。複数の怪我人と逮捕者と死者を出した事件。被害者にあたる少年が東京卍會の一番隊隊長というのもあり界隈を騒がせた。そのニュースは当時、自分の耳にもすぐに入ってきた。面識こそないものの、黒龍を潰した一コ下の奴らの一人、佐野万次郎、龍宮寺堅に並び場地圭介は腕っ節の強さで名が通っていた。人と形は知らなくても、松野が憧れていたという龍宮寺の話から気の良い奴だったんだろうと思う。
     墓参りに行き自分の近況を墓前で報告することで友の死を悼む。その後は、三ツ谷隆、松野千冬らといった面々と飲みに行って昔話に話を咲かせる。朝方近くまで飲むのか、翌日は眉間に皺を寄せた強面の相棒と対面するのも恒例となっている。
     店が終わってから来ないかと何度か誘われたが、自分が東京卍會に身を置いていたのは一月にも満たない期間で水を差す真似はしたくなかった。気の良い連中だからそんなこと気にすることはないだろうが、手から零れ落ちたものに傷ついて大人になった男達に、青春時代を共に過ごした仲間とガキの時分に戻って思う存分、馬鹿や無茶したことを語り合って欲しかった。
     それに、翌日こめかみを抑える男に二日酔いの薬と水を差し出してやることで、普段は何かと世話になっている身からすれば年上らしいことが出来るまたとない機会でもあった。

     発注や整備などの一通りの仕事を終えたドラケンが作業着から私服に着替えて、二階から下りて来るのにお疲れと声を掛ける。
    「じゃあ、店のこと頼むな」
    「三ツ谷たちによろしくな」
    「おう、本当に飲みに来ないのか」
    「ふん。こう見えて暇じゃないんだ」
     鼻を鳴らして、手にしたレンチを軽く振って見せれば目を丸くして顔に愛嬌を滲ませる男に驚いたかと口角を持ち上げる。
    「お、先約があるのか」
    「まぁな、そういうことだから。楽しんで来いよ」
    「ああ、また明日な。客が来ないようなら早仕舞いしていいから」
     気を遣わせないように口にした嘘の予定と思ったのかもしれないが、自分もまたある男と一夜過ごすことになっていた。別の世界で生きているオレ達の道が一年に一度だけ交差する日、あと数時間後には顔を合わせるのだと思うと心は菓子を貰い歩く子供のように軽やかに弾んだ。

    ■□
     夕方を過ぎる頃には客足はぴたりと止んで、後始末等をいつもより早めに済ませると二階の階段を急ぎ足でのぼった。シャワーを浴びて冷蔵庫に常備しているコーヒー牛乳を飲むと、食事はどうせ向こうで摂るだろうと備え付けのロッカーから部屋着にしているボーダー柄のニットセーターに首を通し、色落ちしたジーンズを履く。ダブルジャケットの一番上だけボタンを留めると、テーブルに置いていた愛車のキーを取って職場を後にした。
     待ち合わせ場所に選ばれるのは決まって遊園地だった。都内で古くからある其処は小学生の頃に何度か来たことがあって、アミューズメントパークと呼ぶには年季が入っていたし地元の人間が多く出入りしていて、あまり特別な感じはしない。
     こんな場所を選ばなくてもカラオケボックスやファミレスの方が目立たないと思うが、どうしてわざわざ遊園地に足を運んでいるのかと言えばハロウィンという日が関係していた。地元の人間をメインターゲットとした地域密着型の娯楽施設は、毎月何らかのサービスデーを設けていて十月は仮装して来園すると料金を割引してもらえる。それもあってか、仮装した一般客で溢れかえりそこに混ざる異質なものへと目が向かない。木を隠すなら森の中というやつだ。
     そうまでして周辺を警戒しなくてはいけない立場に幼馴染があるというのに、踏み込んだ話をしないのは互いにもう子供ではないのと、単純に自分の意思で手を伸ばして欲しかったからだ。オレのことを頑固だという男もまた、一度決めたら譲らない頑固者だった。
     好む傾向は真逆なのに、変なところで似た者同士なんだと呆れ混じりに苦笑を落としていると首筋に冷やりとした感触が走り、驚きに肩が跳ねた。後ろから聞こえる特徴的な笑いに振り向けば、待ち人である九井一が立っているのに無言で手の甲を叩けば、わざとらしくイタッと声を上げる。
    「暇なのか?」
    「久しぶりに会うってのに辛辣だな」
    「こんな日にわざわざ呼び出すから」
    「こんな日だからだ、警察は渋谷に集中する」
     今では全国ニュースで報道されるほどの乱痴気騒ぎは、喧嘩に器物破損などが横行し年々警備に動員される警察官の数も増えていた。渋谷スクランブル交差点やセンター街に人が集まるのもあって、猫の手も借りたいほどの多忙に見舞われ、他への注意が薄くなりがちだ。その隙を利用して、普段は地下に潜ってる男が堂々と表舞台に姿を現しているわけだ。
    「そうまでしないと会えないのってさ」
    「オレらからすると本来なら書き入れ時なんだぜ」
     音の続きを奪うようにして重ねられる言葉に眉間に皺が寄る。
     オレ『ら』という部分に、もう自分が入っていないことへの一抹の寂しさと幼馴染のしていることへの不安、どうして暗い世界に自ら進んで沈んでいくのかという苛立ち、噛み砕けない幾つもの感情が綯い交ぜになって胸に去来した。
    「だったら、余計に酔狂だ」
    「年に一度のお祭りだ。そういうのも良いだろ?」
     返事をする前に、今年は何の仮装なんだと問われるのに未消化の感情ごと息を漏らした。明確に真意に触れさせないことに不満がないわけではなかったが、年に一度の貴重な機会だというのも理解していたから一分一秒を無駄にしたくない想いが勝った。
    「一応聞くけど今年の衣装は」
    「フランケンシュタイン」
     仮装というにはお粗末だ。何せ、服は普段遣いしているものだし化粧やアクセサリーの類も身に着けてはいない。それでも、顔の火傷痣で怪物っぽく見せるのか料金は割引された。遊園地側からすれば客を呼び寄せる為のイベントというのもあり、本格的なものでなくても構わないんだろうが。
    「それは博士の名前で正確には人造人間だ」
    「覚えてるよ。そういうココはキョンシーか」
     昨年も聞いた蘊蓄を口にする男は、長く伸びた銀色の髪を三つ編みにして左肩から前に垂らし、赤の布地に金の刺繍が入ったアジアンテイストのセットアップに身を包んでいる。
    「当たり、って。代わり映えしないのはお互いさまだな」
     自身もまた特に奇抜な格好をしていないことを、口角を微かに釣って笑ってみせると、時間が勿体ないから行こうぜと手を取られ電飾が絡みつくゲートを潜って夢の国に足を踏み入れた。
     閉園まで一時間半ほどあっても、フードコートやショップの営業時間であってアトラクションの方はあと数十分で受付を終えて園内の数ある大型機械は動きを停止する。別に遊ぶ必要はないし、適当にメシを食って近況報告を交えた話をするだけでいいと思うが、どうしたわけかココはオレを誘って施設を巡る。
     残り時間もあってか、休憩ゾーンにあるショップに引き摺られるようにして連れて行かれるとキャラクターがプリントされたグッズで溢れかえる店内で、季節限定で売られている商品のコーナーに行き、その内の一つを手に取り自分の頭に添えた。
    「これだとバランス悪いか」
    「おい……何してんだ」
    「去年と同じってのも味気ない」
    「無駄遣いはやめろよ」
     去年と大差ない格好をしてきたのは認めるが、だからと言って角や動物の耳の飾りが付いたカチューシャをわざわざ買う必要はないし、祭りに浮かれる男女や子供みたいなものを付ける気にもなれなかった。手を振り払って外せば、ベージュの柔らかい毛に覆われた犬の耳を模したカチューシャを付けられて、幼馴染は似合ってると口を綻ばせた。鏡を見なくてもマヌケな姿の自分が居るのは分かる。
    「そんな顔するなよ、折角のデートだろ?」
    「どういうツラか知らねぇけど、そうしてるのはココだ」
     冗談を否定せずに返せば、切れ長な瞳を丸くしたがほんのりと目尻を弛ませる男の頬の血色が良くなったように映った。たったそれだけのことなのに、胸がじわりと温かくなり抵抗する気が失せて黙って会計するココの姿を眺め、財布をしまって踵を返すのを大人しく待った。
     夜に彩られた園内に繰り出してどこに行くと問う。髪を結っていることからジェットコースターに乗るのだろうかと考えを巡らせていれば、着いてからのお楽しみだと悪戯な笑みを浮かべるのにホラー系のアトラクションにでも連れて行く気かとひっそり息を漏らして足を動かせば、ご機嫌な音楽を奏でながら煌びやかな光を纏った馬や馬車が駆け回る場所が近付いてきた。
     まさかと背中に汗を垂らしながら通り過ぎるのを祈っていれば、願いも虚しくココの足は止まった。流石に、はしゃぐガキやカップルに混ざるなんてごめんだ。チケットを買おうとする男のジャケットの袖を掴んで引き留める。
    「他にもあるだろ」
    「恥ずかしがることか?」
    「歳を考えろよ」
    「エンジンはないけど乗り物だぜ」
    「あのな、オレはバイクが好きなんだ」
     袖を掴む指を解くと、宥めるよう柔らかく握られる。いくら言い募られようと絆さられてやるものかと鼻の頭に皺を寄せたが、男は距離を詰めて息が触れ合うほど近くに顔を寄せると静かに囁きを落とした。
    「今日くらい子供に戻っても良いだろ」
     放課後にファミレスで下らない話で時間を潰したり、カラオケやゲーセンで騒いだりした経験がオレ達にはなかった。普通の中高生がする遊びを一度たりしたことない。自分は好きでチームに入ったがココは違う、オレに付き合って青春を棒に振った。今更、こんなことをしても時間を取り戻せはしないけど、警察と敵対する組織との板挟みという重圧に日々を過ごしている男の、細やかな望みを叶えてやりたいと思ってしまえば駄目だった。容易く頭は下がり了承してしまった。
     ただし、乗る段階になってそのことを後悔する羽目になる。
     幼馴染も後ろに付いてきていると信じて先に馬に跨り、後ろを振り向けばそこに居たのは親子連れで辺りを見回しても姿を確認出来ないのに降りようとしたところでメロディが流れて馬は上下に緩やかに跳ねるのに棒にしがみつく。外周に張り巡らされた柵の向こうに視線を飛ばせば、男が手を鷹揚に振っていた。
    「ココっ、テメェ」
    「イヌピー楽しいか」
     今すぐ降りて柵を飛び越えて胸倉を掴んでやりたい気持ちが湧くも、男の顔に皮肉や揶揄の一切が滲んでいないことに怒りは勢いを失う。

     二十八歳となれば家庭を持っていても不思議じゃない。自分より二つ下の千堂は嫁さんも居て子供も生まれている。精神の成熟が早かったココも普通に生きていれば、今頃、一児の父親になってたんじゃないか。考えても仕方ないことだと分かっているし時を巻き戻すことは出来ないと知っていても幾度となく頭に浮かんだ仮定の話が過る。
     もし、赤音が生きていれば、もしオレたち姉弟と出逢わなければと思わずにはいられない。懐かしむ色を浮かべた瞳で柵越しにオレの姿を見つめ、静かに笑い佇む幼馴染。回転木馬の照明が落ちれば闇に溶けていきそうな存在に胸に埋もれた棘がじくじくと痛みを発した。
     音楽の終わりと共に馬が休むのに飛び降りるようにして下りれば、一目散に男を目指して走り、肉に指が埋まる強さで腕を掴む。
    「イテっ、怒るなよ」
    「あんな風に騙すのはナシだ」
    「悪かった、ついさ」
    「デートって言うなら一緒に乗るもんじゃねぇの」
     声の震えに気付かれないように言い捨てると、そうだったと肩を竦めた。

    ■□
     夕飯を食いはぐれた胃袋が情けなく鳴くのに、フードコートで味の濃いラーメンと餃子を食ってコーラを飲みながら小休憩していると、もう間もなく受付が終了するのを伝えるアナウンスが流れるのに席を立つ。
     観覧車のある区域に足を向け、滑り込むようにしてチケットを買うと戻ってきたゴンドラのひとつに乗り込んだ。
    「結局、ふたつしか乗れなかったな」
    「ココはひとつだけどな」
     皮肉を刺せば、機嫌治せよとウィングチップの爪先を自分のブーツの先にコツコツと触れ合わせる。
    「悪戯とお菓子どっちが良い?」
    「ちなみに、どういう悪戯をするんだ」
    「明日の朝まで、くすぐったり噛んだりする」
    「仕事がなければ、存分にそうしてもらいたいとこだな」
     去年もそうだった。観覧車が一周したらゴンドラを下りて現実に戻る。夢の国の終わりと共に男は姿を消し、知らない番号から携帯に着信が入るまで連絡は途絶えた。今年は違うんじゃないかと淡い期待を持って漏らした音がやんわりと躱されるのに、二の句を継げずに会話が中断する。
     ゆっくりと上昇していくゴンドラ、窓から見える夜景が遠くまで臨むのにあと少しで天辺に差し掛かろうとしているのを察した。終わりが近付いていることに何か口にしなければと思えば思うほど、声は喉に張りつく。もう一周したくても地上に戻る頃には受付は終了している。このまま別れたくない気持ちに幼馴染の方に視線を向ければ、薄い唇が開き沈黙を破った。
    「ハロウィンってどういう祭りか知ってるか」
    「……仮装して菓子をふんだくるんだろ」
    「ははっ、今となっては形骸化してるけど元々は天国と地獄の狭間を彷徨う死者の魂を慰めるものだったらしい。時期的に収穫祭の面もあるけどな」
     自分の隣にココが居た頃は、黒龍以外への関心や興味が薄く幼馴染が口にする世間話に近い話題は聞き流すことが多かった。こうして離れて生きていくと知らなかった当時は然して気にも留めなかったが、それがどんなに貴重な時間だったか今となって痛感し、耳をきちんと傾けなかったことが悔やまれる。
    「盆みたいだな、これから墓参りに行くか」
    「オレが言いたいのは、オマエの目の前に居るのは亡霊ってことだ」
     自虐的な言葉を吐いていながら、ココの表情に曇りはない。これで良かったんだ、そう訴えかける瞳に堪らない気持ちになって手を伸ばして頬に触れた。掌を通じて伝わる確かな温かさに、九井一は現実に生きていると告げる。
    「こんなに温かいのにな」
    「明日にはどこにも居ない」
     対等に肩を並べて歩く友人にもなれず、後ろを付いて行く弟にもなれない。黙って守られる子供にも、愛で結びつく恋人にも。乾赤音のことを思い出にした乾青宗と九井一を繋ぐのは幼馴染という事実だけになってしまった。
     無性に遣る瀬無くて頬に当てた手を首に回すと、腰を浮かせて唇を重ねた。少しかさついた皮膜に押し付けた唇、舌先でゆるりとなぞってから離す。童話ならキスをして呪いが解ける。でも、現実は唇と唇を重ねて灯った温もりが一瞬にして消えてしまう。男の夜よりも深い黒い瞳をじっと見つめれば、小さく笑った。
    「気の迷いを起こしそうだ」
    「起こす気あるのか」
    「自分の身が可愛いなら煽るなよ」
    「ココ」
     傍に居てくれと望むなら応えたい。一言そう言って、手を掴んでくれさえすればいい。念じるように男の名前を呼ぶ。
    「また……来年な」
     僅かに落ちた沈黙は九井一の迷いなんだろう。今年会えたからといって来年も会える保証はない。明日なんて約束されてない世界で幼馴染は生きている。月日を重ねるごとに、状況は厳しくなっていくのを知っていて、完璧になりきれなかった優しい嘘を垂らした。


     一年前と同じく、十数分の空中遊泳を終えたオレ達はそのままゲート前で別れた。遠くなる男の背を見つめ、じんと痺れる指先をきつく握る。オレから手を伸ばすことは許されない。また歪んだ執着で九井一を縛り付けてしまうから。
     姿が見えなくなってようやく自分も一歩踏み出す。愛しい男の手の感触を思い描きながら、二日酔いの薬を買うのにドラッグストアに向かう。正面入り口に設置された鏡に映った滑稽な格好の自分の顔は捨てられた犬みたいで、威嚇するよう歯を覗かせワンと一吼えすると大股で店の中へと進んだ。
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