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    梵天軸のふたりが、寒い日におでんを食べる話です。

    冬至の救難信号 枕元の携帯の振動に、ゆっくりと瞼を開く。見慣れた天井を暫く眺めていたが、鼻や耳が痛むのにもぞもぞと布団の中に逃げ込む。喉が痛むから寝る前に暖房を切ったが、渇きがないのは良くても顔の至る部分が冷たくなっていて、布団から離れがたい気持ちが湧くのは考え物だと身じろぎをする。
     仕事に行かなくてはいけないから、何時までもこうしてはいられない。意を決して体を跳ね起こすと毛布を羽織って、ヒーターの電源を入れる。送風口から吐き出される暖かい風で足を炙り、体が温まってきたところで洗面所へと駆け込んで、顔を洗う。冷たい水は針のように刺さる感覚に震えながらタオルでざっと水気を拭うと歯磨き粉を乗せた歯ブラシを口に突っ込み、部屋へと引き返す。リモコンでテレビの電源を入れると歯を磨きながら、垂れ流れる映像に目をやる。丁度、生活ニュースが終わり星座ごとの運勢の映像に切り替わる。別に信じちゃいないが、自分と幼馴染の星座を目で追ってしまう癖が出来たのは何時頃からだったか。
     ぼんやりとそんなことを考えていると、都内の週間天気予報が流れた。店を持ってから天気予報だけは欠かさずチェックするようになった。雨や雪の時は路面が滑りやすくなるのと客足が遠のくため、少しばかし早めに店仕舞いしたり、部品の発注や商品の入荷数を見直す必要があるためだ。週半ばの気温の数値がぐんと低下しているのに冬用のグローブは少し多めに仕入れるのをドラケンと相談しようとつらつら頭の中で考えを垂れ流していたら、自然な化粧と清潔感溢れる服に身を纏った女が画面向こうで微苦笑を浮かべて淡い唇を開いた。
    『週末は、今年一番の冷え込みになりそうです』
     天気予報士の言葉に、もうそんな時期かと、ふと口元が緩む。ぽたりと唾液と混ざった白い泡がトレーナーの襟に落ちた。洗濯物が増えたことに頭痛を覚えながらも、仕事終わりにスーパーに寄ることで頭は占められていた。

     一年で一番寒い日に、おでんを作る。この奇妙な習慣が始まってもう八年になる。

    ■□
     クリスマスや大晦日といった歳末を控えた頃だった。いつものようにバイクの整備を終えて、二階から商品の在庫を持って一階に下りると、神妙な顔をした相棒が電話口に向かって一言、二言告げて受話器を置くのに、何かあったのかと首を傾げて問いかければ、小さく嘆息を漏らして声を紡いだ。
    「わりぃ、正道さん風邪で寝込んじまったみたいでさ。早上がりしていいか?」
     その言葉に得心がいく。龍宮寺堅の実家はファッションヘルスだ。家族が居ない場所をそう言うのは少々、語弊があるかもしれないが、生まれ育ったという明確な事実がある点では生家といって差し支えはない気がする。そのヘルスのマネージャーであり育ての親であるのが正道という男だ。おしめも取れない頃から世話になっているのもあり、人手が足りない時などはヘルプでボーイを熟す。
     今日も手伝いがてら、帰りに養父の見舞いに行くのは口に出さずとも分かる。気を付けて行って来いよ、何かあれば連絡くれと声を掛ければ、もう一度悪いなと繰り返して律儀な男は帰り支度をするのに交代で二階に上がっていった。

     商品の補充をして、今日の売り上げを帳簿に記して発注書を書いていると時計の針は営業終了時刻、五分前となっていた。駆け込みの客も来そうにない雰囲気だし店仕舞いするかと看板の照明を落として、シャッター棒片手に外に出た。ジャケットも羽織らずに、暖房の効いていた中から出ると凍てつく寒さに身震いした。
     吹き抜ける寒風に首を縮めながらシャッターに棒を引っ掛けて下ろしていると、騒がしく鳴く金属の音に混ざってカツカツと響く靴音が鼓膜を撫でた。踏み鳴らしていた音がぴたりと止んで後ろに気配を感じるのに、もう少し早く来いよと営業時間ぎりぎりに滑り込こんきた客に心で悪態を吐きながら、渋々と振り返り口を開いた。
    「どういった用件ですか……ココ?」
    「あぁ、そうだな……」
     最後に会った時とはがらりと見た目が変わっていた。襟足が少し伸びた髪は雪のような銀色で、それでも特徴的な鋭く夜よりも深い黒い瞳は間違いなく、幼馴染の九井一だった。
    「あれから連絡取れなくなったから心配してたんだぞ、今なにしてるんだ?」
    「ん、ちょっとさ、色々あって。大丈夫だ、元気にしてる」
     記憶の中の幼馴染は、問いかければ闊達に答えを返していたというのに、銀髪を風に靡かせる男の言葉には躊躇いが滲んでいた。その態度から何らかの用事といった目的を持って足を運んだのではなく、気付かない内に店の前に立ったと表現するのが正しいように思えた。
     幼馴染の身に何があったのだと一歩踏み出して近寄れば、風が吹き荒んで目元に掛かる前髪を舞い上げた。一瞬のことだったが網膜は露になった部分が焼き付いた。当時も剃り込みを入れていたが、数が増えていた。そんなことよりも頭部に入れられたタトゥーに視線が釘付けになった。洒落っ気のある男は衣服やアクセサリーに拘りを持っていたが、体のどこにも刺青は入っていなかった。デザインにしても何かのロゴのようなそれは自身の所属を表すものに見えて背筋がすっと冷えた。危険な状況にある、直感がそう告げる。助けないと、それだけで頭が一杯になって、兎に角どこかに連れて行って匿おうと手を掴むと、切れ長な瞳が丸くなって、そうして柔和に弛められた。
    「おでん、食わないか?」
     すっと表情を取り繕う見覚えのある九井一が懐かしい笑みを浮かべるのに、反射で二の句は喉奥に張りついた。

    ■□
     冬場になると隙間風が差し込むアジトの寒さは、ポータブルヒーターの熱だけでは凌げなくてブルゾンを羽織るなりマフラーを巻いて過ごすが、それでも寒波が押し寄せて冷え込む日は、カイロやコンビニでおでんを買って暖を取っていた。ココと揃って二十四時間営業の看板が輝くそこに足を運び、湯気を漂わせるおでん鍋の前に陣取り、具材を品定めした。はんぺん、餅入り巾着、ちくわ、白滝、昆布巻き、牛すじ、そして定番の大根と卵。店員にそれぞれ二つずつ注文して、汁は多めにからしを付けるように頼むと、お玉で容器に掬い入れようとすると、ココは決まって大根と卵は底にあるのをちょうだいと添えた。
     ぐつぐつと煮込まれたそれは色が茶色くくすんでいて、見るからに塩辛そうで、アジトに戻って箸を渡してくる幼馴染に、しょっぱくねぇのと問えば、煮詰まってそうだけどさ卵や大根はこれくらいが美味いんだと笑って、大根に箸を入れて半分にすると口を大きく開いて健啖に平らげた。惚れ惚れする食べっぷりに、自分も息を上げながら卵を頬張った。少し濃い出汁で味付けされたそれは確かに美味かったが白飯が欲しくなる塩気でもあった。
     過去を懐かしみながらスーパーのカゴに、既製品の練りものと木綿豆腐、下処理の済んだボイルされた牛すじ、竹串と練りからしを放り込んでいき、六個入りの卵を一パック。そして青果のコーナーで大根を選んだ。 
     目利きとまでは言わないが、鮮度のいいものを選べるようになった自信はある。具材の吟味を終えてレジで精算するとビニール袋片手に帰路に就いた。

     部屋に戻ると、買ってきた食材で直ぐに使わないものは冷蔵庫に入れて支度に取り掛かる。キッチンの収納棚の奥に眠っていた土鍋を出して、ざっと洗ってから水を張ってコンロを点火する。チチと鳥の囀りみたいな音を耳に、まずは卵を茹でてしまおう。水が沸騰するとパックから移し替える。湯に浸かり少し顔を出す白が踊り出すと箸でゆるく掻き混ぜて、十分より少し前でザルに流し込む。ザーッと音を立ててシンクの排水溝に流れていく湯がむわりと湯気を立ち上らせ顔を撫でる、薄っすらを湿り気を帯びる肌の感触に気分は高揚する。蛇口を捻って卵を冷やしてから殻にひびを入れる。
     昔はゆで卵を割る時に力加減を誤って、白身と黄身が不細工に崩れるのをココに笑われた。腹に入れば同じだろと言ってたのを思い出しながら、つるりと綺麗に剥けた卵に誇らしい気持ちになって鼻を鳴らした。
    全ての殻を外すと、次は牛すじを竹串に刺して、最後に大根の皮を削いで少しばかし厚めに輪切りにし隠し包丁を入れる。一通りの作業を終えると土鍋にまた水を張り、出汁の素を落とす。本当は乾燥昆布があると良いのだが、具材からも旨味が出るため目を瞑ってもらおうなどと考えながら醤油を垂らした。
     出汁が煮え立つと、大根、牛すじ、卵を入れて弱火にする。歯通りのいい溶けるような柔らかさ、中まで沁みたおでんを作るのに二日前からじっくり煮る。シミが早く煮崩れを起こすものは前日でいい。
     今年一番、寒い日の訪れを心待ちにして鍋に蓋をした。


    ■□
     肌を突き刺す冷気に鼻を赤くし耳の悴む当日を迎えても、仕事中は余計なことを考えず集中して整備を熟していたつもりだった。作業自体は滞りなくきちんとしていたが、営業終わりが近付くと無意識に店の壁掛け時計に何度も視線をやっていたんだろう。ドラケンが、後はオレがやるから先に上がってくれと苦笑を漏らした。一つしか違わないが自分は年上だ、レジ締めをしようとして先に売り上げ伝票を取られる。
    「昔、正道さんが寝込んだ時の借りがあるだろ」
    「何時の話だ、もう時効だろ」
    「それでも返しておきたいんだよ。ほら、さっさと帰れ帰れ」
     ひらひらと手を振る男に溜息を漏らす。八年前のあの日、龍宮寺堅が店に居たらシャッターを下ろすのはオレではなかったかもしれない。奇跡的な偶然が起きなかったら、ココはあの寒さの中で店を遠くで眺めて自分に会わず夜の闇に消えていったただろう。
    「ありがとな。今度、双悪でラーメン奢るよ」
    「いいねぇ、じゃあ遠慮なくチャーシュー大盛り頼むか」
    「味玉もつけてやる」
     軽口の応酬に笑いロッカーからコートを取って羽織れば、また週明けと店を後にした。

     コンビニに寄って六本入りのビールをふたつ買うと帰路を急ぐ。見えてきた自宅アパートに、歩くスピードを落として息を整える。築年数が伺える錆びついたトタンの階段をカンカンと音を立てて上り、二階の角部屋の前に着くとブルゾンのポケットに手を突っ込む。鍵を握ろうとして、目の前の扉が開くと、中から一年ぶりに会う男の不機嫌そうな顔と対面した。
    「いい加減、旧式の鍵から交換しろよ。ピッキングし放題だぞ」
    「盗まれて困るようなもんなんてないから、いいんだよ」
     不用心を窘める男に軽口で返せば、深い溜息を漏らしながら在宅中に空き巣と鉢合わせたらどうすんだと尚も言い募るのに、合鍵なんて渡したら二度と部屋に来ないだろという言葉を呑み込んで鼻を鳴らす。
    「小言より、なんか言うことあるんじゃねぇの?」
     オレがどんな言葉を欲しがってるから察した男はむず痒そうに口を動かすのを黙って見ていれば、観念したのか耳を澄まさなと聞こえない音量で気恥ずかしそうに舌を滑らせた。
    「……おかえり」
    「ただいま」
     襟元の開いたシャツから覗く肌が微かに色づくのを隠すよう、部屋の熱が逃げるから早く入れとぶっきらぼうに零して踵を返すココに続き、玄関先に靴を脱ぎ散らかして中に入った。普段なら真っ先に暖房の電源を入れるのに、室内が暖まっているそんな何気ないことが胸を温めて自然に顔が綻ぶ。
    「突っ立てないで、こっち来いよ」
    「おう、今行く」
     冷蔵庫にビールを移し替えて、二本だけ手に取って向かう。テーブルには既に鍋の乗ったカセットコンロが用意されていた。少し離れた場所にアルミ缶を置き、着ていたジャケットを脱いでベッドに放り投げようとして、皺になるぞと釘を刺されるのにハンガーに吊るし、ココの隣に腰を下ろすのを見計らいコンロを着火した。
     何年も炙られて黒く変色した鍋の尻を眺めながら、プルトップを引く。小気味いい音を奏でるのを耳に、もう一本空けて鍋を見張る男の手に渡す。カンと口をぶつけて乾杯する。
    「今年もお疲れさま」
    「ああ、ココもお疲れ」
     少し早いが、年の締め括りと労いを込めた言葉を交わして缶を傾ける。流し込むビールの発砲が心地良く喉を刺激する。久しぶりのアルコールを堪能して一息吐くと、ココが手拭いで鍋の蓋を開ける。白い湯気の向こうには、ぐつぐつと煮立つおでん。深皿を取って、がんも、はんぺん、こんにゃく、牛すじの串、それに大根と卵をよそって手渡されると、どちらが家主で客か分からない。
     食器がどこにあるか把握してるのも相俟って、まるで一緒に暮らしてるかの錯覚を毎年覚えるんだ。
     まずは牛すじに手を付ける、歯で串から肉を取り咀嚼する。柔らかく溶ける肉の繊維に満足し、もう一杯ビールに口をつける。ココは大根にからしを付けてから半分に割ってぺろりと平らげる。は、はっ、と息を少し上げて頬を動かし喉を鳴らすのに、待ちきれずに口を開いた。
    「大根のしみ具合はどうだ?」
    「味付けが濃いな」
    「ケチつけるなら食わせねぇぞ」
    「バーカ。美味いって言ってんだよ」
     箸を振って笑う男に鼻を鳴らしながら、どのくらい美味いんだと問いを投げかければ男は肩を揺らした。自分でも褒められたい子供や面倒くさい女みたいだと思わないでもなかったから、なんでもねぇと残るビールを一息に飲み干した。
    「イヌピーの作るもの以外は食わなくてもいい、これで分かるか?」
    「ふぅん……そうか」
    「なんだ、もしかして照れてんの?」
    「うるせぇ」
     友人間でするような、たわいもない遣り取りをしていることが夢のように感じる。胸の奥にあるものを隠し続ける幼馴染の本音は分からない部分が多く、勝手にオレが舞い上がってるのも否めないが、独り相撲じゃないと信じたい。意識して四年も連絡を断っていた男が、何故自分の前に表れたのかを考えると同じ想いを抱えているよう感じる。
     確かにあの時は無意識での行動もあったろう、それについては否定しないが九井一を動かす確かな要因があった。それは頭部に入れられた組織を示す刺青で。恐らく、針を刺したのがあの吐いた息も凍りつきそうな寒い日だったんだろう。表の世界と決別し裏の世界を進む覚悟を決めようとしていたんじゃないか。
     あれから、八年経ったけどココが何をしているのか聞いたことはない。花垣のように向こう見ずな勇気で裸でぶつからない、そういう意味ではオレは臆病なままなんだろう。
     けど、信じている。九井一が救難信号を出すことを。その時は何を捨てでも駆けつけよう。だから、それまでじっと待ち続ける。

     十代目の頃にやったこと、仕事中の失敗談、あっという間に三十路近くになったなんて普通の話を肴に空き缶の数が十本を超えて鍋の中身が半分になると、携帯の時計は日を跨ぐ寸前を示していた。一度液晶に視線を落としたココが立ちあがるのに、思わずハイネックの袖を掴んだ。引き留める真似をしないように気を付けていたのに、この楽しい時間が続いて欲しくて手が伸びていた。何か言おうとしても酔いの回った頭はそれっぽい言い訳を思いつかない。
    「その、あれだ、ビール」
    「トイレの帰りに取ってくるよ」
    「うん、わるい」
     まだ此処に留まってくれるのかという期待に胸を撫でおろしたところで、手洗いに行こうと横を通り過ぎる時に頭を撫でられて顔を上げれば、酔いか照れなのか判別はつかなかったが、目元を朱色に染めたココが微かに眉の力を緩めて笑う。 

    「こんなに美味いんだ、鍋を空にするまで帰んねぇよ」

     数分して冷蔵庫から新しいビールを二本取って男が戻ってくる。コンロのつまみに手を伸ばして捻る。チチッと鳴く声に、幼馴染が出す救難信号はどんな音なんだろうか。聞き逃さないように耳を澄ませておかないとなと考えたところで、プルトップが引かれる小気味のいい音がする。助けた暁には祝砲もあげようなんて、未来予想図を夢見るのはオレの悪いくせだ。
     でも、一年に一日くらい、反社の人間とカタギがおでんを食いながらビールを飲んで、下らない昔話にバカだったなと笑って、過ごす日があったっていい。いつかふたりで身を寄せ合って狭いアパートで暮らす日の訪れを願ったっていいじゃないか。

     なぁ、ココ?
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