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    【巽零】同室if|英零を含む

    ##巽零

    汝、不徳の隣人を愛せよ3:exorcist



     零さんはまず、テレビや音響機器などの各種備品の使い方から、戸棚にストックしてある茶葉やお茶菓子に至るまで、この空間のことをひととおり丁寧に教えてくださいました。
     教わった規則といえば、夜は夜更かし(主に零さんのことみたいです)をしても騒がしくしないだとか、朝も同居人(これも主に零さんのことみたいです)が寝ている時は静かに支度をするだとか、他人と暮らす上では基本的とも言って然るべき決まり事ばかりでしたが、中でもお茶菓子を切らしたらすぐに買い足すというお約束は特に重要なようで、破ると英智さんに口酸っぱくお叱言を言われてしまうそうです。
     室内を粗方見回ったあとはバスルームを案内していただくことになっていたのですが、その前にベッドの上へ見苦しく放ったままの荷物を片付けてしまうことにしました。業者の方が併せて運び込んでくださったと思しきラックへ聖書やら、幼子を抱く聖母像やらを簡単に並べていると、喋り疲れて舌を休ませていた零さんがぎょっとしたように目を瞠りました。そのあまりに露骨な表情の変化は、本能的に危機を察知した小動物の反応にどことなく似ていて愛らしくさえあったのですが、当人は大まじめで、俺がたった今整えたラックを震える指でさして「おぬし、やっぱり天祥院くんのスパイだったのかや? いざとなったらその神聖極まる法具で吸血鬼である我輩を成敗しようという魂胆じゃろう」などと言い出したので、俺は心底驚いてしまいました。
     零さんが弟の凛月さん同様、吸血鬼(などという背徳的な存在を主はお赦しにはなりませんが)を自称していることは知っていましたから、いずれ俺の牧師というもうひとつの身分に着眼なさるかもしれないとは思っていましたが、まさか英智さんのスパイである可能性を疑われていたとは思いもよりませんでした。英智さんには、ユニット結成当時より事ある毎に千尋の谷底へ突き落とされるかのような過酷な試練を課されてきたというのに、どうして今更俺が彼の手先になり得るというのでしょう。
     何はともあれ、張本人の英智さんが戸棚に向かったまま肩を震わせていたので、その疑惑は杞憂に過ぎないということを零さんもすぐにお分かりくださったはずです。
     背後から、肩越しに恐るおそるといった風情で俺のラックを覗く零さんの、もの言いたげに蠢く口許に時折閃く鋭い犬歯を見れば、しかし、その怯えようも妙に納得できてしまうような──もちろん、零さんを本物の吸血鬼だと考えているわけではありませんが、それでもひとならざる何かを目の当たりにするような、後ろめたくうそ寒い背徳の心地を禁じ得ませんでした。
    「あの……朝夕の礼拝もお邪魔にならないところで済ませますし、食前食後の祈りなども目立たないようにしますし、宗教じみたふるまいも極力控えますから、どうかあまり警戒なさらないでください」
     そんなふうに俺が害意のないことを誠心誠意お伝えすると、茶葉を手際よく蒸らしていた英智さんが「風早くん。もしそこの不埒な魔物が悪事を働くことがあれば、ロザリオでも聖書でも何でも使って念入りに成仏せしめてほしいな」と、ただでさえ怯えているご様子の零さんを余計に追いつめるような残酷なことを言うので、俺は慌てて首を横に振り、改めて敵意のないことを主張しました。「成仏は仏語ですし、そもそも俺には祓魔の業を行う資格がありませんから」
     簡易祭壇の前で互いのなんとも言えぬ顔を見合わせている俺たちを尻目に、英智さんは三人分のソーサーとカップ、ティーポットを銀盆に乗せて、ひと足先にソファへとかけながら、不意に苦笑を零しました。「まったく、いつまでぶりっこしているつもりなんだか」
     その発言の所以を暗に探ろうと、傍らで憐れに双肩を縮めていたはずの零さんを見やれば、先刻までの弱々しく儚げな風情はどこへやら、まさに獰猛と喩えるにこの上なくふさわしく輝く真紅の双眸に、溢れんばかりの精気を漲らせて、魔的に艶笑する夜闇の魔王の麗姿がそこにありました。いたずらっぽくウィンクまでされてしまうと、まるで、俺の中に新たに構築されかけていた朔間零という人物像が忽ち音を立てて崩れていくようにさえ錯覚されたものです。
     この、知ろうとするほどに謎めいていくような、神秘的な傑物を前にすっかり当惑し、首を傾げることしかできない俺を見かねて、英智さんが静かに助け舟を出してくださいました。
    「かわいい後輩をあんまり揶揄わないでほしいな」



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    GoodHjk

    DONE【渉零】新衣装の話
    天性回遊 でも、つかまえて『夜のご殿』を出たとたん、青い鳥はみんな死んでしまいました。
     ──モーリス・メーテルリンク『青い鳥』




     ひと言で言い表すならば洗練された、瀟洒な、或いは気品溢れる、いずれの賛辞が相応かと択ぶに択ばれぬまま、密やかに伸ばした指先で、コートの広い襟をなぞる。緻密に織り込まれた濃青色の硬質な生地は、撮影小道具であるカウチの上に仰向けに横たわる男の、胸元のあたりで不審なほどに円やかな半円を描き、さながら内側に豊満なる果実でも隠し果せているかのように膨らんでいる。指先を外衣のあわせからなかへと滑り込ませると、ひと肌よりもいっそう温かい、小さな生命のかたまりへと触れた。
     かたまりが震え、幽かな、くぐもった声で抗議をする。どうやら貴重な休息の邪魔をしてしまったようだと小声で詫びを入れれば、返ってきたのは、今し自堕落なそぶりで寝こけていた男、日々樹渉の押し殺した朗笑だった。床にまで垂れた薄氷の長髪が殊更愉しげに顫えている。この寝姿が演技ならば、ここは紛れもなく彼の舞台の上であり、夕刻になって特段用もなく大道具部屋へ赴く気になったことも既に、シナリオの一部だったのだろう。
    1993

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