敵に捕まった。
まぁ、そこは構わない、いや構わなくはないんだけど。
いつもの上司の無茶振りで、いつもの台詞でニュータイプハラスメントされて、いつもの「この任務、君にしか頼めないので」と笑顔で資料を渡されたら、断れるわけがないじゃないか。
だって僕はこの人に認めて欲しいし、なんならいつだって褒めて欲しいっていつだって思っているんだから。
まぁ、その結果がこのザマである。
情報は奪って本艦に送信済み、あとは離脱するだけ、というタイミングでブービートラップを踏んで捕まってしまったのだ。
ほとほと僕は運がない。
後ろ手に椅子で縛られて1時間ちょっとだろうか、時計のないこの部屋じゃ自身の体内時計に頼るしかないが多分そのくらい。
今頃は合流地点でソドンに回収されて「良くやりましたね、エグザべ少尉」とあの手袋に包まれた、大好きな手で頭を撫でられている頃だったのに。
「はぁー、ついてないなァ…」
「おや、いったい何がついていないんですか?」
とうとう幻聴まで聴こえてきた。
ストレス耐性は高いはずなのになぁと目を開ければ、そこに見えたのは僕の尊敬する無茶振りニュータイプハラスメント常習上司兼恋人の姿で。
「これってニュータイプの新手の感応だったりします?」
「ここまで現実味を帯びた感応は私も知りませんねぇ」
「ってことは、マジモンのシャリア・ブル中佐ですか」
「ええ、君の大好きな手を持ったシャリア・ブル中佐ですよ」
「勝手に読まんで下さい!」
「ふふっ、訓練が足りないようですね」
椅子に縛られてる僕を見つけたシャリア中佐は、口元だけの笑顔で近付きながら首を傾ける。
いつものジオン軍の軍服に身を包んでいる中佐は、ちょっと小腹が空いたから売店にでも出かけてくるわ、といわんばかりの歩調でこちらへ近付いてくる。
違うところと言えば、いつもの白い靴ではなく、赤い……赤い、靴……?
「見つけましたよ、私の可愛い子犬ちゃん。まさか他の人間に尻尾なんて振っていないですよね?」
「まさか、貴方にだけですよ」
「いい子ですね」
シャリア中佐は、僕と目線を合わせながらゆっくりとジャケットを脱いでいく。
こんな場面でなかったら今すぐ飛びかかってしまいそうなほどの色気、いやなんでこんな所で脱いでるんだ。
赤くなったり眉間にシワを寄せたり忙しい僕の表情が楽しいのか、クスクスと笑いながら僕の膝に跨がってぐいっと鼻先を触れ合わせる。
「速く縄を解いていただきたいのですが」
「可愛くないですね、私がこんなに頑張って君を助けに来たのに」
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません、というわけで縄を解いて下さい」
「嫌です、他の人間に縄を結ばれるだなんて癪に障ります。私は怒ってるんですよ」
「心配させてしまってごめんなさい」
「許しません、君は私のなのに」
「はぁー…どうやったら許してくれますか?」
首をすっと伸ばしてシャリア中佐の唇に軽く触れると、嬉しそうに唇に噛み付いてくる。
なんだこの人可愛いな、これではどちらが犬か分かったものではないじゃないか。
「君、今失礼なことを考えてますね」
「まさか、速くこの縄を解いてもらって貴方を抱き締めたい、って考えていますよ」
「ふーん…まぁ、嘘ではないですね」
「そうでしょう、だから速く」
「最近の君、可愛げがなくなってきていませんか」
「僕はいつだって貴方の可愛いエグザベ・オリベですよ」
納得いきませんね、とブツブツとつぶやきながらシャリア中佐は持っていたナイフで縄を切りはじめた。
縄を切るために僕に抱きつくようになるが、仕立ての良いシャツからシャリア中佐の香水だけではない匂がする。
NTじゃなくても分かる、この人には似合わない、硝煙と埃と血の匂いがふわりと鼻を掠めた。
やっぱり、いつも白い靴が真っ赤に染まっていたのはそういう事らしい。
わざわざこの人が出向かなくても良かっただろうにと思いながら、久々に自由になった両手で目の前の上司兼飼い主ー恋人ーを抱き締める。
くふくふと笑いながら楽しそうに笑うシャリア中佐を横目に見ながら、そろりとその腰に手を伸ばす。
上着を脱いだせいで細さの目立つ脇腹を撫で、指を滑らすようにベストとベルトの境目を撫でる。
「んっ…」
鼻にかかった吐息を聞かないふりをして、シャリア中佐の腰とベルトの間に挟まれた銃を引き抜き、部屋の入り口に乗り込んできた敵(勘だけど多分敵だ)に銃口を向けて引き金を3度引く。
軽い発砲音と共に、敵は崩れ落ちて動かなくなった。
「全員やったんじゃなかったんですか」
「格好良い君が見たくて、つい」
「ついじゃないんですよ…」
「ふふっ、でも格好良かったですよ」
「そりゃどうも」
溜め息を吐けば、シャリアがするりと腕の中から抜け出していく。脱いだ上着を拾っている姿を見つめれば、目を細めてこちらを見つめてくるシャリアと目が合う。
「早く帰っていちゃいちゃしましょう」
「その前に僕は報告書を書かないといけないのですけども」
「そうでした、早く終わらせてくださいね」
「了解しました」
そう告げて、シャリア中佐の横に並ぶ。
ちらりと見上げれば、嬉しそうな表情でこちらを見つめのてくるからたまらない。
するりと伸ばされた腕に抱き込まれながら、予想通りに真っ赤に染まっている廊下を進む。
今度から任務は十分気をつけよう。
この人を心配させないようにと固く決意しながら、少しだけ首を伸ばしてシャリア中佐の唇にキスをした。