コラボ楽しみすぎて書いたアベンシオもどき煌めく電飾は雨に濡れ、あんなに人で賑わっていた黄金の刻は自分と対立するマスターの影だけが艶をもった床に反射するのみであった。静けさの中には、騒がしい金属音が鳴り響き戦いの火花が煌めいては消えていく。目で追う事も許されないその残像達に、アベンチュリンは思わず令呪が刻まれた左手を強く握りしめた。
紫の長い髪を振り乱す相手のサーヴァントの鎖がこちらへ向かってくる。しかし、それは一陣の風のように現れたセイバーによってカンッという甲高い音ともに軌道を大きくずらし街灯といくつかの建物の壁を瓦礫にしながらライダーの手へ戻っていく。当たれば一溜りも無いだろうが、サングラス越しで他人事のように見つめながらも一呼吸つく。
「セイバー、まだ続きそうかい?」
自分を庇うように立つ少女にそう問いかければ、彼女は濡れた髪をかきあげながら不敵に笑って見せた。
「まったく……私のマスターというのは心配性のようだ。
しかしその必要はありません、次で決着をつけましょう。」
彼女からくる威圧感に思わず乾いた笑いが出てしまう。
手にしていた剣からは、雨粒を吹き飛ばす様な強い風が放たれ星の輝きが姿を現した。彼女の金糸の様な髪が一瞬揺らめいたかと思えば、また戦いの渦中へ飛び込んで行った。
そうだ、僕達は必ず勝たなければならない。
勝利と幸運を勝ち取り、願いを叶えるために……
「セイバー令呪を持って命ずる…この戦い、僕に勝利を!」
掲げた左手に刻まれた非対称の翼のような令呪が赤く強い光を放つ。
セイバーはその魔力を一身に受け、攻防戦から一気に優位に立ってみせた。あの細腕のどこにそんな力があるのか、思い切り撃ち込まれたその一撃は相手のサーヴァントであるライダーの肩から腹に深い傷を負わせてみせた。
最後まで足掻こうと、セイバーの大きな隙を狙いライダーが操る鎖に手をかけたが背後からマスターに止められその手をゆっくりと下ろした。
敵対するマスターだった相手は、この戦いを諦めてしまったらしい。どんな心変わりがあったかは知らないが、幸か不幸かアベンチュリンとセイバーにとっては好都合であった。
「マスター、我々はこのまま聖杯の元へ向かいましょう。」
セイバーの言葉にアベンチュリンは頷き、聖杯が保管されているという大劇場へと駆け出した。
その途中、煩わしくなり帽子にサングラス…上着まで脱ぎ捨てた。今、アベンチュリンに必要なのは自分を飾り立てる過度な装飾たちではないからだ。
必要なのは、人の願いを叶えるという器である聖杯……たったそれだけなのだ。
「セイバー、大劇場に着くまでに頼みたい事があるんだ。」
自分を抱え、ひょいと飛び上がったセイバーは不安げな表情を浮かべる。
「マスター、やはり……」
感の鋭い彼女には、言葉は必要ないらしい。
アベンチュリンは「そう、君にしか頼めないんだ。」と何とかセイバーを説得しようと言葉を続けた。
「君の願いが叶わなくなってしまうかもしれない、それに僕も帰って来られないかもしれない。それでも、世界がめちゃくちゃになって…彼がどうにかなってしまうくらいなら僕はやっぱりあの作戦が一番得策だと思うんだ。」
そう、アベンチュリンがセイバーを召喚したその日に二人は交流会という名の腹の探り合いをしている。しかし、セイバーの実直で誠実な性格はアベンチュリンにとって気を許せるものであった。完璧に見えて、きっと自分の不器用さに悩んでいる…アベンチュリンは身に覚えのあるその性格に親しみを感じたのだ。だからアベンチュリンは少女とも呼べる彼女へ願いを託す事に決めたのだ。
『僕には恋人がいて、彼はそれなりに優秀な人でね。この聖杯戦争に参加して欲しくない連中に襲撃を受けてしまったんだ。』
『数日も経つのに彼は目を覚まさない。
だから…僕の願いは……
べリタス・レイシオ……僕の大切な人が、目を覚ます事だ。』
セイバーは、あの時にみせたアベンチュリンの瞳をよく覚えている。運命に逆らう覚悟がある瞳をしていたからだ。
「しかし、マスター!あの聖杯は…」
セイバーはアベンチュリンを大劇場の床に下ろしながらも、自分を切り捨てるようなその姿に懐かしい姿が重なり思わず腕を掴んだ。
「セイバー、だからこそ僕でなくちゃね。
それに、君には胸を張ってマスターである僕を信じて欲しいんだ。僕は必ず帰ってくる、聖杯の奇跡すら凌駕する幸運の持ち主だとね。
それに、彼を目覚めさせたいという僕の願いは間違いなんかじゃない。そうだろ?」
セイバーはアベンチュリンの言葉に、そっと腕を離した。
そうして頭の中に浮かんだその人が笑うように、セイバーも控え目に笑みを浮かべる。
「嗚呼、アベンチュリン…あなたの言う通りだ。
人は人の為に幸せを祈り、現実に立ち向かうことが出来る。行きましょう、私達の理想を突き通しに。」
爪先で地面を蹴り上げながら、二人の影が大劇場の中から伸びる。広いその廊下を走り進めば、厳粛な音楽の流れるホールへ辿り着いた。
中央には偽りの輝きを纏う聖杯が、誰かの望みを巣食ってやろうと悪意をひた隠しながら孤独に口を開け待っていた。
「あれ……が、意外とわかりやすい見た目をしてるんだね。」
一歩、アベンチュリンが赤い絨毯の上を踏み出す。
「伝統のようなものです。
それでは私は、あなたの言う通りここで待機します。」
アベンチュリンは、セイバーの言葉に振り向くこと無く頷いた。
「ありがとう、セイバー。
それじゃあ、僕の尻拭いは君に任せたよ。」
男は分かっている、自分一人にあの聖杯をどうこう出来ることがないことを。サーヴァントであるセイバーも、それを理解している。だが見送るのだ、人の為に戦う者を引き止める術などないのだから。
「そうだ、君の名前聞いてなかった。」
少し先でアベンチュリが振り返る。
「…アルトリア、アルトリア・ペンドラゴン。
はるか昔、遠い国でアーサー王と呼ばれた…未熟者です。」
その名前を聞いたアベンチュリンは、あまりのビックネームに驚きつつも豪快に笑って見せた。
「いいね!じゃあ未熟者同士、友達として君をアルトリアと呼ぼうじゃないか。
それに君を呼べたんだ、きっとアルトリアの手を煩わせること無く帰ってきてみせるよ!」
最後にアベンチュリンは手をおおきく振り、聖杯へ駆け出した。その距離が近づくにつれ握った拳には力が入る、そうして大きく息を吸い込み聖杯へその願いを叶えて見せろ子供のように叫ぶのだ。
聖杯よ、叶えてみせろと_________
泥のようなものに包まれ気を失い、目を覚ませば目の前にはレイシオが立っていた。
暗い空間の中で、彼だけがぼんやりと浮かび上がっていたのだ。アベンチュリンは手を伸ばしながら、歩く事を覚えたての赤子のようにレイシオに近づき、恐る恐る背中へ腕を回し抱きしめた。
「レイシオ……レイシオ……」
名前を呼べば、そっと腕が自分の背中を包み「アベンチュリン」と心地の良い声が、求めたその声がそっと名前を呼び返す。
「ずっとこんな暗い場所にいたのかい……?
もう大丈夫だよ、二人で帰ろう。君を迎えに来たんだ…。」
温かなその血の巡るレイシオの体をアベンチュリンは手放さない様に力を込めた。
「僕は、帰れない。
アベンチュリン、君一人で帰るんだ。」
穏やかな拒絶に、アベンチュリンは勢い良く顔を上げた。
「どうして……」
「僕はどうやら、帰れなくなってしまったらしい。」
遠く先を見据えるレイシオに、アベンチュリンは呆然とするしか無かった。それは絶望に近い感情だったのかもしれない。血の気が引き、低くなっていく自分の体温を感じながらアベンチュリンは腕を解きレイシオの頬を包み自分の方へ視線を向けた。
「ダメだよレイシオ、一緒に帰ろう。
君がいなくちゃ誰が僕の抱き枕になるのさ……ねぇ、」
ズルズルと落ちていく手は、レイシオの胸元に落ち着き服にしがみついた。目からは涙が溢れて堪らない、またもう一度大切な誰かを失うなんでゴメンだとアベンチュリンは何度も帰ろうとレイシオに訴え続ける。
レイシオは、どこか冷めた目をアベンチュリンに向ける。
「なら、ここで二人過ごすか?」
その言葉に、アベンチュリンは手を震わせた。
「え?」
手だけではない、声も全身を震わせながら相手の服が破けてしまうのでないかと思う程にキツく握り締めてしまう。
「そんな事、言わないで……レイシオ、君はそんな事いわないよね……?」
アベンチュリンの瞳に、無表情のレイシオが写り込む。段々その揺れる瞳を覆い尽くすように距離が近くなってゆく。
レイシオのアベンチュリンより少し大きな手が頬を包み、赤に浮かぶ金環が長いまつ毛に隠されてゆく。
悲しげなレイシオの表情に、アベンチュリンは思わず手を緩め迎えるように彼の頬へと手を伸ばそうとする。
嗚呼、あと少し、あと少しで唇が触れてしまうとアベンチュリンが目を閉じようとした時であった。
『ギャンブラー!!!』
頭の中で強く響く声に、思わず殴られた様な衝撃を受ける。
左の手の甲は熱く熱を持ち刻まれた令呪が自分の役目を果たす時を待っていた。
「……レイシオ、愛してる愛してるんだ、だから僕は帰らなくちゃいけない。それって幸せな事だって言ってくれるよね?」
問いかけられたレイシオは何も言わない。抜け殻のように、そこに佇むだけであった。
アベンチュリンは、力いっぱいレイシオの虚像を突き飛ばす。心に芽生えたほんの少しの罪悪感に見て見ぬふりをし、ここまで共にしてきた友人に叫ぶのだ……聖杯を壊せと。
左手が二度ほど輝いた、突き飛ばしたレイシオはマネキンのように転がり泥の様に溶けていた。
「クソっ!」
アベンチュリンは虚像とはいえ、自分の守りたい人が目の前で崩れていく姿を見せ付けられる事に耐えかねて悪態をついた。
「……やはり、」
セイバーは身に降り注ぐ魔力に微かな後悔を抱えたが、それを直ぐに振り切った。
隣には、マスターであるアベンチュリンが一度見せてくれた写真の男がいたからだ。必死に彼を呼び溢れる聖杯の泥に飛び込もうとした時は冷や汗をかいたが、分かった気がしたのだ。マスターであるアベンチュリンが彼を愛した理由も、彼がアベンチュリンを愛した理由も。思いついた全てが事実かどうかは分からないが、あの時とは違う誇らしい気分である事は確かだった。
「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流____
受けるがいい_____エクス……カリバー!!!!!」
アルトリアは全身全霊の力を持って、星を滅ぼしかねないその力を聖杯に振りかざした。眩いその光は、溢れ出た泥すら焼き払い偽りの聖杯を撃ち破ったのだ。
レイシオは隣に立つ少女に抱き上げられ、思わず抵抗しようとしたが一瞬で地面から離れる感覚に大人しくその身を預ける事にした。
「あなたがマスターの言っていたべリタス・レイシオですね。」
レイシオは彼女の首に手を回しながらも、「あのお喋りなギャンブラーめ」と器用に悪態をついた。
その姿にアルトリアは穏やかに笑い、聖杯が砕けた場所に横たわるアベンチュリンの元へ向かった。それに気がついたレイシオは、「感謝する……」と不器用ながらに彼女へ礼を伝えた。
「あなた達は気分のいい人たちだ。
どうか、幸せになって欲しい。」
アベンチュリンの近くへレイシオを下ろすと、アルトリアは足元から光の粒子に姿を変えてゆく。
「…そんな事を言われたのは初めてだな。
ギャンブラーは憎まれ役を買って出る癖がある、それに僕もあまり人好かれする性格では無いからな……ありがとう、彼を守ってくれて。」
レイシオはそっと彼女へ手を伸ばした。
少女は少し驚いたような表情をしながらも、すぐに口角を上げレイシオの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「サーヴァント……いえ、友として当然の事をしたまで。」
アルトリアは差し出された手を握り返した。
その手から崩れる様に、そっと髪の先まで風に揺れる様に消えていってしまった。
「彼女が君のサーヴァントであった事を感謝するべきだな。」
レイシオは倒れているアベンチュリンをおぶり、劇場の出口へと向かった。
きっと、事の行先を見守っていた星穹列車の面々が待ち構えているに違いないと痛む体に鞭を打ちながら。