あなたと見る 「初日の出、見に行かない?」と彼女は言った。自分は「面倒なのでパスで」と返した。
「ええ、一緒に行こうよ」
「正月くらいちゃんと睡眠とりましょうよ。あなたも疲れてるでしょう」
時刻は深夜三時前。ESのカウントダウンライブを終えて最低限の撤収も終えて、ライブの出演だったり運営だったりで互いにへろへろになりながらもどうにか家に辿り着いて、ようやく休めるという直前のことだった。自分としてはライブで溢れたアドレナリンもいい加減落ち着きもうさっさと眠ってしまいたかったのだが、彼女は未だに興奮冷めやらぬようだ。暗い部屋の中、彼女の瞳だけがライブの開演を待つ観客のようにきらきらと輝いている。
「茨くん初日の出あんまり興味ない?」
「正直あんまり興味ないですね。あなたとゆっくり朝寝坊する方が魅力的です」
「ううん……そっかぁ……」
それでもまだ納得いかないという顔で小さく唸る彼女の頭を抱き抱えて、この話はこれで終わりだと伝えるように布団を掛け直す。あたたかい。暖かい布団で愛する彼女を胸に抱いて眠ることに勝るイベントなんて他にない。
「じゃあ私、Trickstarのみんなと行ってくるよ。冷蔵庫にお雑煮と簡単なおせち作ってあるから、起きたら先食べてて」
「行きますよ行きゃあいいんでしょう」
年の初めから彼女を他の男に取られてなるものか。
寒いし眠い。それは彼女も同じようで、寝ぼけ眼を覚ますように何度も力強いまばたきを繰り返しており、マフラーの隙間から吐き出された息は白い。それでもどこか浮かれながら頬を染めて、自分の腕をぐいぐいと引っ張りながら人気のない住宅街を進んでいった。
彼女が選んだ場所は土手だった。展望台とかで見なくていいのかと進言したものの、そういうところは人が多くて茨くんと見れないから、と返された。彼女と二人きりで外に出るのは久しぶりな気がする。いや、打ち合わせなどと称して二人でES近くの喫茶店などによく足を運んでいるけれど、そういうことではなく。あたりには同じように初日の出目当てらしい家族や老夫婦などがちらほら見受けられる。念の為、変装として身につけてきたマスクを正し、キャップも深く被り直す。
「まだ眠い?」
「そりゃそうです。満足したらさっさと帰って二度寝しますよ」
「え〜〜〜」
是とも否とも言わず、不満げに口を尖らせる彼女。ここが外でなかったらキスができたのに。だから外には出たくなかった。
「あと三分くらいかな、もうちょっとだよ」
「あんずさんは何がそんなに楽しみなんです?」
あんずさんは笑っていた。小さな子供に笑いかけるみたいな顔。その顔はガキ扱いされているようで腹が立つけれど、その顔を他のアイドルに見せているところを見たことがなかったから嫌いでもなかった。
「ふふ、そうだなぁ……。単純に日の出って綺麗だからっていうのもあるんだけど」
彼女の視線は手元のスマートフォンに落とされる。画面には何度も確認したであろう日の出の時刻表が表示されていた。細い指で画面をなんとはなしになぞりながら言葉を紡ぐ。
「茨くんと一緒に見たことはなかったから、一緒に見てみたかったんだよ。それだけ」
こちらを振り向いて照れ臭そうに笑う彼女の頬をオレンジ色の光が照らす。彼女の髪に、瞳に反射して、彼女を眩いほどに輝かせた。
「あ、茨くん、出てきたよ」
視界の端に朝日が映る。太陽がはるか遠くのビル群のさらに奥から顔を出していた。オレンジ色に光るそれは、今まで経ってきたライブ会場のどんなスポットライトより眩しい。ゆっくりと空に昇り地上を照らし出す朝日の様子を、彼女は目を離すことなくずっと見つめ続けていた。
「きれいだね」
独り言かもしれなかった。小さな声で「そうですね」と返した。朝日に目を輝かせる彼女は綺麗だった。
「茨くん、このまま初詣も行っちゃわない?」
「さっさと帰りたいって言ったでしょうほら行きますよ」
彼女の腕を引く。時に強情な彼女も、プライベートにおいては自分が強引に押し進めれば折れてくれることが多かった。しかし今日は例外なようで、彼女は足を動かそうとしない。
「スバルくんたちから初詣来てるから合流しないかって連絡が」
「行かせるわけねぇだろうが」
彼女を半ば引きずるようにズンズンと歩き出す。少しくらい、余韻に浸らせてほしかった。