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    kotobuki_enst

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    kotobuki_enst

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    人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。

    ##茨あん

    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
     広々とした研究室は伽藍堂で他の者の姿はなかった。自分用の一室なのだから第三者が勝手に入室するようなことはありえないが、本来なら彼女がこの部屋で自分を待っていなければならないのだ。彼女に整理を頼むつもりで抱えて持ってきた資料と報告書の束を傍の机に放りボウルに近寄る。置き手紙の一つすら残していないらしいことは辺りを見渡さなくたって明らかだ。昔は他に用があれば何処へ誰と何の為にを欠かさずに書き残していたくせに、遊び呆けることが日課になってしまった今となってはそんなことをするつもりはないようだった。
     訪れたばかりの部屋を後にして廊下を歩く。すれ違う雑兵に彼女の居場所を尋ねるも有力な情報は得られなかった。いくら人魚が魚と同様に鼻が利くといえど、大勢の密集する城の中では一人の残り香を嗅ぎ分けるのは自分には不可能だ。尾びれと前科を頼りに探す他ない。まずは最も可能性の高い浅瀬の方を目指すべく、下半身を目一杯にくねらせた。
     全ての人魚は生まれたときからその生を何に費やすべきかが定まっている。生まれ持つ性質を活かし、この狭い世界を発展させるために皆が与えられた自分の役目を全うしている。自分のそれは魔法技術の研究と発展であり、彼女のそれは自分の補佐だった。目が覚めてから眠りにつくまで自分のため、ひいてはこの海底の世界のために尽くすことこそが彼女の使命だ。だと言うのに近頃の彼女といえば、自分の役割をおざなりにこうして遊びに出てばかりだった。
     人魚の住まう海域を抜け出して、いくつかの崖を登った更に先。自然光の届く大陸棚は魚も多く色付いた珊瑚の溢れる美しい場所だが、この辺りは最早人間のテリトリーとなってしまった。下手すれば人間と鉢合わせる危険だってある。滅多なことがない限り人魚たちは近付かないはずのこの場所に、彼女は近頃足繁く通っている。ここまで来れば鼻を頼りに彼女の居場所を探すことなど造作もなかった。

    「——帰りますよ、あんずさん」

     白い珊瑚で覆われた大岩の影に、彼女は尾びれを丸く畳んで佇んでいた。こちらの姿を認めるとゆるゆると顔を上げ、いつもの凪いだ瞳を向けるのだ。その瞳が暗く沈んでいたことにほんの少しばかり溜飲が下がる。

    「……いばらくんだ」
    「あまり手間をかけさせないでくださいね。業務態度が改善されないようであればこちらにも考えがありますよ」
    「うん」

     惚けた返事だった。どうせ自分の言葉なんて右から左へ通り抜けてしまっているのだろう。手首を掴んで強引に引っ張ると、彼女が渋々と言った様子で尾を一振りして浮かび上がる。岩陰に潜んでいた小魚達が突然の水流に何事かと顔を覗かせた。
     細腕を掴んだまま元来た道筋を引き返す。彼女はほとんど自分に引っ張られるように、それでも大人しく後を着いてきた。早く戻らなければ。海の底へ。人の手の届かない世界へ。

    「いばらくん」
    「なんですか」
    「最近、歌が聞こえないんだ」

     もう夏も過ぎましたからね、と言いかけてやめた。代わりにそうですか、だか残念でしたね、だか当たり障りのない返事を吐いた気がする。人間が海辺で歌い踊る馬鹿騒ぎをするのは夏が人間を高揚させる季節だからであって、海辺での祭りが一年を通して常に行われるものでないことを人間文化の知識が乏しい彼女は知らない。けれど茨は知っている。陸はいつだってありとあらゆる誘惑を尽くして、生きていけるはずのない世界へ人魚を誘っていまうことを。有史上これまでに何人もの人魚がそうして陸に恋焦がれ、やがてはその身を滅ぼしていることを。

    「もしかして夏にしか歌わないのかな」
    「百年に一度の大祭だったのかもしれませんよ」
    「あんなに楽しそうなお祭り、百年に一度しか開かないのは勿体無いよ」

     独り言のように呟いた彼女は自分など見ていない。あの日からずっと、海ではない場所だけを見つめている。

    「人間ならいつでも、あの歌を聞けるのかなぁ」
    「……かもしれませんね。自分たちには到底叶いっこない望みでしょうが」

     彼女の一七歳の誕生日のことだった。生まれて初めて海上まで上がることを許された彼女が望んだものは空に浮かぶ月でも夜空を覆う星々でもなく、人間の営みであった。それを知っていれば無理を言ってでもついていったと思ったが、もしかしたら彼女はそれをわかって自分に何も告げなかったのかもしれない。そういうしきたりだから行ってくるね、なんていういつもの無機質な態度で城を出た数時間後、戻ってきた彼女の瞳にはひどい熱がこもっていた。
     地上の祭りを見たのだと言った。歌声は雷鳴のように海までビリビリと伝播して、祭りの会場は海中に差す陽光よりも眩く照らされていたのだという。ただ河口からやぐらを遠目に眺めただけの彼女は、あの日以来もう一度あの歌が聞きたいと、祭りの全容が見たいと駄々を捏ねて聞かない。こうして暇を見つけては城を抜け出して陸に近づき、その歌とやらを待ち続けている。この手を離せばふと何処かに消えてしまいそうな危うさをずっと募らせている。

    「……いいなあ」

     思わず漏れ出たようなぼやきを聞き流して海溝の奥へと潜る。この女は何もわかっていないのだ。どうして人魚が身を潜めて暮らさなければならないのか、人間に姿を見られた人魚がどんな末路を辿るか知らないからこんな夢見がちなことばかりが言えるのだ。
     しばらく彼女を採集に行かせるのはやめにしよう。自分の目の届く城の中で大人しくさせておけばそのうち熱も冷め、あの穏やかな瞳を取り戻すかもしれない。守ってやらなければいけない。自分が、この手で。
     その旨を口にすれば、彼女は脱力したな声でうんと返事をしただけだった。本当にわかっているのかと思わず後ろを振り向く。彼女は自分の顔など見ておらず、未だ名残惜しそうに海面を見上げていた。





     本の崩れ落ちる音がする。研究室に併設された、彼女の籠る資料室からだった。相変わらず鈍臭い女だ。また何もないところでバランスを崩して貴重な資料を床にぶちまけたのだろう。もしくは本の中に埋もれて動けなくなっているかもしれない。けれども彼女は自分の心配を他所に勢いをつけてこちらの部屋へ飛び込んで来たものだから、危うく資料室を覗き込んだ自分と額同士をぶつけてしまうところだった。

    「っあなたねえ、もう少し周りを見て——」
    「いばらくん!! これ見て!!」

     自分の苦言はこれまでに聞いたこともないような大声に掻き消される。ひどく興奮した様子の彼女が眼前に押し付けたのは一冊の古びた本だった。近すぎて表題すら読むことのできないそれを彼女の手から奪い取る。

    「こんな苔の生えた本どこから見つけてきたんですか」
    「そんなのはいいから、ここ、ここ読んで」

     言われるがままに彼女の開いた頁を端から辿る。そこには掠れた古い文字で、けれど確かに『尾鰭を人間の足に変える妙薬』と記されていた。
     何を息巻いているのかと思えば、また厄介な遺物を掘り出してきたものだ。何が足だ馬鹿らしい。尾の先が意思に反して勝手に渦を形作る。
     頁の大半を占める内容は薬の製造工程を記したもののようだった。そう難しくもなく手に入るいくつかの材料を加工し混ぜ合わせるだけ。自分の手にかかれば再現は容易だろう。さて彼女を何と言いくるめようかと頭を回すが、端から端まで余さず読み進めるとそう難しく考えずとも良いのだと知れる。頁のある一点には自分にそれは都合いい文章が綴られていた。

    「いばらくんこれ作れるよね? お願い、作って!」
    「無理に決まってるでしょう」

     聞かせるように大きく嘆息する。きょとんとした顔で首を傾げた彼女は、このレシピの全容は解読できなかったようだった。

    「材料は確認しました?」
    「全部は読めなかったけど、そんなに珍しいものは使ってないよね?」
    「人間界に興味を持つ前に古文をもっと勉強してくださいね」

     ここです、と原材料のまとめられた箇所を指先で叩く。上から順に二枚貝の粉末、遠方に生息する化石珊瑚をひとかけら、深海に住む甲殻類の抜け殻、海月の傘に鯨の髭。辿々しく読み上げた彼女の声は、リストの一番下で止まってしまう。

    「読めませんか?」
    「……読めない」
    「飲用者の肉片と書いてあります」

     大きな瞳が揺れ、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

    「——に、く」
    「肉片です。骨も鱗も混ざっていない、あんずさんの肉片が必要です」

     脅すようにしてわざと肉片の四文字に力を込める。本を持つ彼女の手が怯えたように強張って、頁に皺が寄った。彼女が生唾を飲む音がこちらまで届く。

    「……嘘ついてない?」
    「自分が信用ならないようでしたら辞書でも使ってご自身で確かめていただいても構いませんけど」

     突き放すようにそう言えば、彼女は力なく項垂れた。いつもひらひらと揺れる尾鰭も地べたにぺたりと伏せている。ひどく落ち込んだ様子の彼女の姿は、これ以上なく自分を安堵させた。
     脱力した彼女の手から古書を引き抜いて近くの机の上に放る。これは後で内容を見直した上で処分してしまおう。叶うはずのない希望を抱かされて可哀想に。

    「諦めがついたのならその本は元に戻して、向こうの部屋も片しておいてくださいね。どうせ散らかしたのでしょう」

     小さく丸まった肩に手を乗せる。体裁だけでも、落ち込んでいる彼女を気遣い、励ますように。
     彼女が俯いていてよかった。自然と上がる口角を抑えることができなかったから。

    「……いばらくん」

     彼女はゆっくりと顔を上げる。大きな瞳がこちらを射抜く。
     瞳は星空を映していた。あるいは夜分に光り出す陸地の街並みのように、絶えぬ光を宿らせていた。

    「舌はどう?」

     白い歯の間から見せつけるようにちろりと赤い舌先が覗く。

    「骨も鱗もついてない肉」
    「……正気ですか」
    「本気だよ」
    「そこまでする必要、ないでしょう。恐らくは口がきけなくなりますよ」
    「それでもいいよ」
    「その怪我からどんな不調を引き起こすかわかりませんし、海上に上がった際の呼吸に影響を及ぼす可能性だってあります。そもそもこの薬が本物なのかだって——」

     思いつく限りの懸念点を列挙する。それは心配などではなく、『そんなに危ないのならやっぱりやめるよ』の言葉が欲しいがための脅しだった。けれどどれだけ言葉を重ねても、自分の言葉は何一つ彼女に響いていないようだった。何が彼女をそこまで駆り立てるのか、自分には到底理解ができなかった。

    「……ここで自分と生きていくことの何が不服でしたか」
    「……? なにも? 海が嫌いになったわけじゃないよ」

     自分にもわかる理屈で説明してほしかったのに、彼女は理屈なんて持ち合わせていないようだった。せめて俺のことが嫌いだとか、研究は退屈だとか、そう言ってくれた方がまだましだったろうに。
     
    「ね、いばらくん。お願い」

     ここで拒絶するべきか、わざと薬の制作を誤るべきか、そんなことを考えるのも馬鹿らしかった。彼女が目の前で離れていくか、いつか自分の預かり知らぬところで消えるのか、違いはそれだけだろう。





     鋭く研いだ貝殻を彼女の小さな舌に当てる。軽く押し込んだだけで一筋の赤い血液が浮き出て、すぐに水に混じって見えなくなった。鉄の匂いだけが鼻奥にこびりつく。舌を引きずり出していた右手を離して、しかめ面の彼女の頬を撫でる。痛いのなら止めていいと、強がる必要はないのだと、甘やかすように。
     だというのに、彼女は不満げにじっとりとこちらを睨めつけた。

     はやく。

     声にはならなかった。唇の動きだけがその三文字を形作った。
     彼女の瞳は陽光を反射する海面のように輝いていた。深海の深い蒼は消え、ただ遠くの輝きだけを真っ直ぐに見据えていた。もう何を言ったって無駄なのだと、彼女の心はもうこの海の底には存在しないのだと認めるしかなかった。
     指先にぐっと力を込める。大きな血の滴が泡みたいにいくつも浮かんですぐに消える。体のどこかが痛くて痛くて、自分が今何を切り落としているのかわからない。それなのに彼女は痛みなんてこれっぽっちも感じていないようだった。自分はこの痛みと共に海底で過ごすしかないのに、この女は希望だけを胸に抱いて地上へ行くのだ。そんなのはあまりにも不公平だと、そう思った。
     叶うならば、彼女にとっての陸が辛く、絶望に塗れたものであるように。苦しさに打ちひしがれ、瞳の煌めきを失い、再び深海と同じ色を宿してここへ戻ってくるように。俺にできることなんて、そんなちっぽけな呪いを込めながら彼女の舌を切り落とすことくらいだった。
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    kotobuki_enst

    DONE人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。
    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
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    kotobuki_enst

    DONE膝枕する英あん。眠れないとき、眠る気になれないときに眠りにつくのが少しだけ楽しく思えるようなおまじないの話です。まあ英智はそう簡単に眠ったりはしないんですが。ちょっとセンチメンタルなので合いそうな方だけどうぞ。


    「あんずの膝は俺の膝なんだけど」
    「凛月くんだけの膝ではないようだよ」
    「あんずの膝の一番の上客は俺だよ」
    「凛月くんのためを想って起きてあげたんだけどなあ」
    眠れないときのおまじない ほんの一瞬、持ってきた鞄から企画書を取り出そうと背を向けていた。振り返った時にはつい先ほどまでそこに立っていた人の姿はなく、けたたましい警告音が鳴り響いていた。

    「天祥院先輩」

     先輩は消えてなどはいなかった。専用の大きなデスクの向こう側で片膝をついてしゃがみ込んでいた。左手はシャツの胸元をきつく握りしめている。おそらくは発作だ。先輩のこの姿を目にするのは初めてではないけれど、長らく見ていなかった光景だった。
     鞄を放って慌てて駆け寄り目線を合わせる。呼吸が荒い。腕に巻いたスマートウォッチのような体調管理機に表示された数値がぐんぐんと下がっている。右手は床についた私の腕を握り締め、ギリギリと容赦のない力が込められた。
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