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    melo_1106

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    melo_1106

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    自創作。ちょっとだけ加筆修正。

    ##自創作

    夜咄出てくるひと

    ・蜘蛛(ヂーヂュ)
    語り部。大陸生まれの元男娼。男も女も好き。ヂーヂュは本名ではない。24歳。

    ・ラキ
    ヂーの上司。北国生まれの元娼館のボーイ。男嫌いで女好き。30歳。





    ・ユマ
    ヂーの同僚。可哀想。


    *


     戦ごとは嫌いだった。
     腹は空くし、街は荒れ、人は狂う。戦線の地獄を渡り歩き身も心も摩耗した男は挙って、人を買った。
     それを否定するわけではない。人肌が恋しくなる時くらいあるだろう。そしてそれは仕事として存在して、生きる為に必要な事だった。
     その境遇を誰かに強いられた者、自ら赴いた者。楽しむ者、嘆く者、千差万別、それをよく見てきた。だが共通するのは自ら選んだ事である。受け入れる事を選んだ。拒否しないことを選んだ。逃げないことを選んだ。逃げれば殺されるからか?つまり選んだ。殺されることを選ばず、逃げないことを選んだ。一縷の望みを捨て、そこに残る事を選んだ。
     選べなかった、などとんでもない。選択の末に此処にある。選んだから、そこにいる。生きるか死ぬかをわたしは選べる。生きたからここにいる。それは素晴らしく贅沢なことだった。ここにあるのは純粋に、どこまでもわたしの意思でしかない、わたしだ。
    「ラーキさんっ」
     天蓋は人の意思など関係無い、果てない星夜を散りばめて一つの月を飾り、淡く地上を照らす。夜営中の見張りをする上司の顔が篝火に明らんで、人離れした瞳をちりちりと燃やしていた。数張られた天幕の傍で、突然現れたわたしに驚くでもなく、呆れたように一瞥すら遣さず口を開く。きっとわたしの気配に気付いていたのだと思う。彼の実力は確かで、わたしでは遠く及ばない。
    「起きてたのかよ。さっさと寝ろ」
    「なんか昂っちゃったんですかねえ。一発抜いといたらよかったかなあ」
    「ラキの前でモノ出したら殺すからな」
     不機嫌そうに煙草を吸う、彼の存外器用な手が細かく動いている事に気付いた。右手には小刀、左手には…木、だろうか。
    「何してるんですか?」
    「手慰みだよ。ったく…酒も飲めねェ、寝れもしねェ、女も抱けねェ。戦なんざ糞食らえだな」
    「あは、平和主義者だ」
     小刀が木を削っていく。荒く形取られたそれは人のような形をとって、これは。
    「女神さま?」
    「あ?」
    「じゃないんですか?それ」
     女のような丸みをまだ持ち合わせてはいないが、うろの中に顔のようなものが見える。見方を変えれば布を被った人のようだ。はたまた、衣に包まれた赤子か。この人の選択肢にそれはまずなさそうだったので、そう言ったつもりだったが。
    「別に意識したつもりじゃねェよ。これが一番求められたし、作りやすいだけだ」
    「へえ。そういえばラキさん、もともと娼館勤めでしたっけ」
     さも今思い出した、と言う風に言ってみたが嘘だ。彼の人生の殆どが娼婦との関わりにある事をわたしは知っている。かの母は年若いわたしでも知る高名な娼婦だった。
    「ああ。だから?」
    「もー、冷たいなぁ。んふふ、女の子に綺麗な神様、作ってあげたんですねえ。結構似合いますよ」
     笑ってやればふと、上司の手が止まる。木片がぱらぱらと散らばって、水分と空気を含んだ木が篝に弾けて一層燃えた。彼の顔は凪いでいたけれど、それでも柔らかさは微塵もない。彼と同郷だというゲルハルトはその血のせいか時折、獣のような顔をするけれど、この人の顔はいつもヒトらしい。白い顔は共通点で、瞳だけ見ればこの人こそ獣のようなのに、表情がいつもヒトの域を出ず、男としてそうある。
    「ヂーはどう思う」
    「どう、って」
    「これ」
     彼が女神を軽く示す。少しの逡巡、でも素直に答えてみる。
    「…う〜ん、まだ素朴ですね、とか」
    「これは素朴な女神か」
    「まあ、そうですね」
     意図の読めない質問だった。分かりやすいような、分かりにくいような。
    「ラキにとっちゃこれは"これ"だ。これでしかねェ。女神か、木か、彫り物か、贈り物か、生きる指標か、ゴミか。んなこたラキにゃどうだっていい。女が求めた、だから渡した。そうすりゃ女が笑った。それで良い。これはただ、女に渡す為に作った"これ"だ」
     何もかももっと単純なんだよ。
     そう言って彼はまた刃を押し進める。みるみるうちに形が整えられていくのを、わたしは正面に座ってぼんやり見つめていた。それが、それになっていく。
    「…綺麗ですね」
    「無神論者だろてめェ」
    「うふふ、これは"これ"でしょ」
     完成したらくださいと言うと、男に贈るくらいなら火に焼べたほうがましだと言われた。
     端正で甘い顔が、紫煙の向こうに揺れる。
    「ラキさん、娼館で女の人にもてたでしょ」
    「手は出してねェぞ」
    「えらーい!」
     わざとらしく囃し立てても、彼の顔は不変だった。
    「当たり前だろ。娼婦は娼婦だ。金を払う客か、恋人が抱いてやるもんだろうが」
    「かわいそーな女の子を攫って逃げるとかなかったんですね、意外」
    「女達の選択をラキに踏み躙れってか」
     吐き捨てるように言う男。
     わたしは上手く生きてきた方だ、と思う。
     弟妹達のために生国を捨ててきたけれど、あの子達はきっとわたしを覚えてもいないだろう。もしかすると、存在すら知らないかも。
     それがわたしの選択だった。稼ぎが無い、子が多い、仕事が無い、両親が手放しで嘆いたが、それが彼らの選択で、わたしはそれを嗜めたことなどない。故に、わたしも選択をした。あのまま弟妹を飢えさせながら、わたしは普遍的に嫁をとり、加齢を貪り死んでゆく。そんな選択はどうも嫌だった。偽善、ですらない。
     男娼として生きている時分に、わたしを哀れと言う男はそれなりにいた。といってもその情感は様々で、それに興奮を感じるもの、優越感に浸るもの、憐憫に耽るもの。
     けれどわたしは哀れでもなんでもない、自分の意思でそこにいた。口減らしに家を追われ、職はなく、流れ着いたこの国で拾われ、そのままに体を売る。それがわたしの選択だった。嫌ならば逃げ出せばよかった。殺してしまえばよかった。死んでしまえばよかった。わたしの世界を思うままに、作り変えてしまえばよかったのだ。けれどしなかったのが、わたしの選択。
    「…いっしょに逃げて、って泣かれても?」
    「それがその女の意思ならラキはそうしてやる。でもいなかった。求められてねェんなら、ラキの出る幕じゃねェ」
     想像に難くない。女に遍く友愛を注ぎ、暴漢を挫く。そして簡単な同情など持ち得ないこの男。きっと彼と逃げたい女は居ただろう。でも女はそれを選ぶことはなかった。その女の選択ごと、彼は女を愛している。
    「やっぱりもてたんでしょうねえ」
     返答はないまま。代わりに荒く、それでも綺麗な"それ"が出来上がった。彼は数秒それを見つめていたけれど、やがて彼の手からこぼれ落ち、炎の中に消えていく。
     彼は男。帝国軍少佐。戦嫌い。セイラの息子。女好き。ラキ=レヴァンスキー。それらは全て、彼の選択。彼が定めたもの。彼は、彼。
     わたしはどこまでもわたしだった。良い選択じゃないか、と自分でも思う。良い選択だ。
    「あーあ、ラキさんに抱かれてみたいなー」
     そう言った途端強烈な肘鉄がみぞおちに入って、私は泣きながら眠る羽目になり、隣で眠るユマもとばっちりを食うことになったのだった。痛い選択をしたものだ。
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