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    melo_1106

    文庫ページメーカーで枚数が多くなってしまうやつ置き場

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    melo_1106

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    荷物の少なさに生の薄さを見るか、或いは。そういうらくがき。
    テーマは楽しかったけどどうもまとまらなかったので供養。再挑戦したさはある。

    ##自創作

    彼と此の渡殿に出てくるひと

    ・コーシャ
    真面目で不器用、清廉で潔癖。嘘はつかないしつけない。ヴォルフのことはよくわからないけど、その上で信頼出来る。

    ・ヴォルフ
    嘘つき。汚れ役。








    「それだけでいいのか?」
     支度を済ませた途端、見計らったように声を掛けてきたのは流石としか言いようがない。抑揚も緩急もない音程同様に感情がさほど乗らないそれは、まさしく声を掛けるためだけの言葉だろう。
     答えに関心は無かろうが、応えない理由も特に見当たらなかった。
    「多ければいいということもない、と思う」
    「ああ、身軽なのはよいことだがな」
     声の主…ヴォルフは、先程俺の部屋にやってきてから、持参した本を今の今まで静かに読み続けていた。勝手に窓辺へ移した椅子に座り、俺に背を向けていたにも関わらずこうなのだから、相変わらず勘がいい。
     白日に照らされながら頁を捲る静謐な背中は常ながら現実味が無く、幽かな気配は生気さえも殺していたが、こうして振り向く男の顔は当たり前に品の良い笑みを飾って、手の中の本を丁寧に閉じた。ぽふ、という小さく籠った音だけが間抜けだ。
    「よもや、あれがないこれが足りないなどと中将に泣きつく事はあるまいな?」
    「…万が一にも中将相手にそれはない」
    「フフ、ならば良いが。…しかしお前は昔から優秀よな。よくそこまで荷を抑えられる」
    「そう、思うか」
     歩み寄ってくるヴォルフに言われ、苦々しい気持ちで床に置いたままの革の旅行鞄を見やる。確かに、同輩の荷と比べれば小さいだろう。
     今度の任務は北の国境支部への監査を含めた北国に対する牽制であり、俺たちの上司・ガロウズ中将直々に赴くという事でそれなりの期間が設けられたのだが、その間、このヴォルフは本部に残る事となった。
     季節は秋で特別な装備も不要とくれば、荷は片手で抱えられる程度に無事収まった。必要最低限のそれらはまとめられて、存在感も控えめに時を静かに待っている。
    「お前、嗜好品も本も持って行かんのか。いやあ、いやいや、なかなか、ふうん」
    「おい!勝手に漁るな!」
     帝国軍に籍を置いて十年近く経ち、遠征や視察は何度もあった。旅慣れている自覚はある。長い道程や難儀な隘路は険しく立ちはだかるが、それとしか向き合えない、それとしか向き合わずに済む、という点で嫌いではない。何かに打ち込むことは好きだった。落ち着かない寝床も味気のない糧食も疎んじるほどではなく、犠牲者さえ出ないのなら、旅自体はどちらかといえば好きだと言えるだろう。まして今回の作戦はいずれにも当てはまらない可能性すらある。
     しかし。
     不意にヴォルフは、俺を見透かすかのような瞳を寄越した。
    「見られて困るものも無い、それがお前の欠点よな」
     そうだ、支度だけはどうも苦手だった。
     勿論過剰よりは良いのだろう、身軽に越したことはないのは理解している。
     だが俺は、本当に何も必要と『出来ない』だけなのだ。何を必要とすればいいのか、しているのか、よく分からずに、人に紛れて素知らぬ顔をしているに過ぎない。
     がらんどうの己を見つめ直しているようで、恥じ入りたくなる虚しさがどこかに存在する。
     無駄を削ぎ落とし軽やかにある眼前の男とは違った、遮二無二掻き集めても貧相な身の裡を、自ら暴いているような。そういう、意味の無い自責。
     無論どこまでも愚かしい話だ。そんな事で人を計れるとは微塵も思っていないのに、初めに自らをそこから外す。そうやってどんな説得力も置き去りにしてしまう。
    「…覗くな、と。常識的な話をしているだけだ。俺の欠点が貴様に何の関係がある」
    「拗ねるな。同時に美点でもあろう」
    「誰がいつ拗ねた」
     ヴォルフはその返答の代わりに片眉を上げ、しかし円やかな口調で続ける。
    「虚飾をオレは是とせんよ。纏おうと思えば手当たり次第に幾らでも纏えるものだ。同時に、削ぎ落とす事もな。はなからお前のように在る方がよっぽど困難で、貴重だ。…しかし面白みもないのは事実だ、甘い果実酒などどうだ?忍ばせて持ってゆけば悪戯を仕込む童子のようではないか」
     応じる訳のない軽口を叩き、今度こそ揶揄う響きで笑われる。真っ直ぐな、角のない言葉に一瞬戸惑うが、すぐに思い直した。
     俺への評の正誤はともかく、この男は嫌味よりも他者を立てる耳触りの良い言葉をよく使う。意外に思うかも知れないが、敵を作らん為といえばそうだろう。あくまでこの男にとってそれが利になるならば、という条件付きで、そこから外れた途端容赦の無い軽蔑の言葉と侮蔑の眼差しに射抜かれよう。
    「俺が童子か」
    「身に無いのならば演じればいい」
    「虚飾ではないのか」
    「違うな。演じることが己となろう。内容が、ではない。行為こそが意義だ」
     先ほどの揶揄の延長線上、しかし真意がまだそこにあるのか分からず、或いははなから無いのかも知れず、奥歯が少しわなないた。音が立たなかったのは幸いだった。
    「そんな顔をするな、小難しい話ではない。演じた末の結果は内容に依らず結果として残る、それだけの話よ」
    「要らん世話だ。それより、俺の居ない間に、特務班から死者など出すなよ」
    「惚けたことを。軍人に約束された形の死などあるまいて」
     ヴォルフは肩を竦めてはぐらかし、大したことにまた違う形の笑いを見せた。口角が上がるだけで、馴れ合うつもりなどかけらも無いのだろうに、人慣れした所作がある。紛れもない粛清の担い手の、ほの甘く芳る香が場違いに優しかった。
     微笑む仮面は盾のようにある。
     ここで引いてはいけない。
    「…その手で死者を出してくれるな、と言っている」
    「…死者が出る前にこの手で止めろ、と。そう言われたと受け取ろうか」
     まただ。また逃げられる。ヴォルフの腹を読める日は、果たして俺に来るのだろうか。
    「……ヴォルフ」
    「なんだ?しおらしい」
     細めた灰色の眼は確かに俺に向けられている。
    「…留守を。頼む」
    「任せておけ。お前よりも余程人付き合いは上手いつもりよ」


    *


    「しかし…俺に何か用があったんじゃないのか?わざわざ俺の部屋まで本を読みにきたわけでもないだろう」
    「ん。ああ…餞別だ、持ってゆけ」
     思い出したとでもいう風に、ヴォルフは上着から小さな紙袋を取り出して俺の手に握らせる。思いの外ずっしりとしたそれに想像が追いつかない。
    「これは?」
    「乾燥させた桃よ」
    「桃?」
    「少ししかない、考えて食べるが良かろうな」
    「…感謝する」
    「………お前…今食べるのか?」
    「あ、…いや…ひ、ひとつだ。…貴様も食え。ひとつだ」
     勢いで小袋を差し出すと、ヴォルフは笑った。朗らかな笑いだった。
    「は、ははは。オレにか、そうか。ふふ、ひとつだな?頂こう」
     好ましいものなど何もない男。寄る辺も無く、一人立つ男。
     しかし、この男の不意に見せる笑みは時折柔らかで、虚偽であるかの実否が分からなくなるのだ。こういう、少年のような笑み。それすらも計算尽くなら本当に、本当に俺は分からない。
    「…うん、どうした、オレに穴でも開けたいのか」
    「…いや。貴様桃が好きか?」
    「考えたこともないな」
    「俺が帰るまでに答えを出してみろ」
     寄る辺を見つける事すらも厭うているように見えるのは気のせいだろうか。
    「何を言い出すかと思えば。良かろ。よもやこの答えを聞く為に帰ってくる気ではあるまいな」
    「戯れるな。…任務を軽んじるつもりはないが、ガロウズ中将が居られる、ある程度の余裕もあるだろう」
    「僥倖。お前は働き詰めだからな、羽でも伸ばしてこい」
     何か必要なものはあるか。などとは無論言える筈もない。子供じゃあるまいし、遊びでもない。そもそもこの男は何も求めないだろうし、俺は何も与えられない。手に持つ紙袋の中で、桃がざらりと小さな音を上げた。
    「では、武運を」
    「貴様も」
     何も映さない灰色の瞳が弧を描く。
    「ああ、生憎と答えはもう決まった。だがやはりお前が帰還するまでは秘めておこうか」
     本当に見送りというわけでもないようで、ただヴォルフは俺に背を向けて部屋を出ていく。癖を殺した凡百に溶け込む為の足取りはしかし、かの男の孤独になかなかどうして似合うのだ。

     果たして、ヴォルフが俺の部屋に来た理由。窓辺で視線は本に向けて落ちていたのか?窓外の何かに向けられていたのではあるまいか。例えば鳥や、雲。…或いは、嫌疑のある消されるべき軍人など。俺の部屋は裏門に近く、よく観察出来て。
    「……っ…ヴォルフ!」
     口をついて出た叫びに、今度は怒気を孕んだ足音が立つ。床を踏み鳴らす軍靴の行先は俺に。ぞんざいに投げた言葉で引き留められる男でもない筈だった。
     やがて現れたのは勿論、白い顔を歪めたヴォルフだ。本を棚に荒く置いて、不機嫌に声を漏らす。
    「……コーシャよ。オレとて普通に怒ることもあるぞ。お前の声は無駄に大きい、廊下でオレがどれだけの人数に見られたか──」
    「約束は違えるな」
     刹那、ヴォルフの大きな瞳が揺れる。だが綻びと呼ぶには余りにも微かで、そして純だった。すぐに、いつもの様な調子に戻る。
    「…フフ、どの約束であろうな?」
     色を忘れた白髪を掻き上げながらヴォルフが笑った。なので笑わずに答えてやる。
    「敢えて言わずとも貴様は聡い。そして聞き流す振りをしてなお、俺のこの言葉を忘れるわけでもないだろう。だから、いい。貴様の、形だけの返答は要らん。俺が口にした時点で全て完了した」
    「…………たわけが。案外可愛げのない男よな」
     用は終わりだ。そう告げると、忌々しげな顔と共に夜闇の如き外套を翻し再び廊下へ踏み出した。揺れるそれは深い夜のように全てを覆い隠してゆく。
     あの男は存外約束を反故にしない。それとも俺が気付いていないだけだろうか。だが、夜には星も月もある。
     貴様が何も語らないならば、俺は全て言葉にしよう。そう思う。
    「…ならばそれこそ、土産の希望を訊いておくべきだったか」
     独りごちても勿論、誰にも届く事はない。
     奴が置き忘れた本を手に取るが、当たり障りの無い、ただの物語が記されていた。あの男が最も興味のない部類の本だろう。つまり盾であり、仮面であり、一番外殻の部分。
     これを読んだところでヴォルフに近付ける訳もあるまい。…だが敢えて読んでみようか。即ちそれは、演じることに等しいと思え得る。
     貴様はきっと、桃が好きでも嫌いでもないのだろう。寄る辺も荷物も突き放した男。
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