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    wui_albion9

    主に書きかけの話をぽいぽいすると思います。twstフロ監♀とジェイ監♀が多めだと思います。

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    wui_albion9

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    フロ監♀、長編になるかな?と考えている小説の冒頭〜書けている部分の公開となります。

    ※完結予定時期は未定
    ※twstの世界観やその設定に関しての捏造あり。
    ※デフォルト名ユウ使用。

    『願い星(仮)』1.


     それは、いつもの平凡な一日の終わりだった。いつものように授業を終えて、図書館で少し予習と復習をして。そしてオンボロ寮に帰ったらグリムと晩御飯の支度をして、ハーツラビュルへ遊びに行く彼を送り出す。今日はラウンジのシフトが無いフロイド先輩も部活終わりに遊びに来ると言っていたので、それを待つ間にクッキーを焼いてみようかな、と珍しく思い立った。
     この右も左も分からない世界に来てから、なんだかんだであっという間に一年が過ぎていた。暴れ逃げるグリムを必死に追いかけた入学式も、やっとの思いで生徒として受け入れてもらえたのも、もう随分と前のことだ。各寮での厄介ごとに首を突っ込んでは巻き込まれ、しかしそのお陰でいざと言うときに助けてくれる人も増えたことで、もうすっかりこの学園に馴染んだと自分でも自負していた。
     相変わらず、帰り道は分からないままだけれど。
     どのようにしてこの世界に自分という異端分子が迷い込んでしまったのかは、未だに解明できていない。方法を探すと言っていた学園長も結局頼りにならず、有耶無耶になったままあっという間に一年が経ってしまったのだ。最初の頃は色々時に病むことはあったけれど、今では正直、殆どどちらでも良かった。もし帰る方法が見つかって、その時帰らなければならないのなら帰ればいいし、見つからなかったら見つからなかったで、特にそこまで執着することでも無いと思っているのだ。何よりこの世界のこの場所に、今は確かに居場所があると言うその事実が、一年前よりも遥かに自分を強くさせていたのだと思う。
    「あ〜、何か作ってる」
    「ふふ、こんばんは、先輩」
     いつものようにふらりと寮へ入ってきて、いつの間にか後ろから抱え込まれている。最初は冷や汗が止まらないほど驚いたものの、今となってはもう笑って、はいはい、と受け流すことの方が多くなってしまった。慣れというものは恐ろしくて、きっと唐突にこの日常がなくなってしまったとしたら、果たして自分はどうやって生きていけばいいのか全く以て分からなくなっていたのだ。
    「見て見てぇ〜、タコちゃん!」
     型抜きで半端になった生地を手にして、男は器用に様々な形を作っていく。これまでいろんな人と時間を過ごしてきたけれど、やはりこの人からは離れ難いな、と、ふと感じたのが最近のこと。本当はもっとずっと前からそう感じて仕方がなかったことは知っているのだけれど、やはり自分なんかがそんな気持ちを抱いて許されるのだろうか、と、持ち前の卑屈さが邪魔をしていたのだ。
     後ろから伝わる温もりが暖かくて、安心して、この上なく居心地がいい。そしてこちらを覗き込む彼の瞳にしっかりと自分が映っていることが分かると、それだけで嬉しくなってしまうのだ。流石にここまで絆されてしまうなんて、思っても見なかった。ぽっかり空いた心の隙間にふらりと入り込んできたこの男は、あっという間にそこに居場所を作ってしまったのだ。どこに行くにも何をするにもいちばんに気にかける様になってしまっていたのだから、やはり不思議な人だな、と改めて思う。
     温めていたオーブンに、生地を並べた天板を入れて時間をセットする。そしてそれが焼ける様子を並んで眺める二人の姿が、ガラスに映っていた。同じような姿勢で、同じような顔をしている。そのことに気がついたら自然と笑いが込み上げてしまって、思わず隣の顔を見やった。するとキョトンとした顔がこちらに視線を移して、怪訝そうに首が傾げられる。
    「え、なぁに?」
    「ふふ、なぁんでも無いんですけど……すっかり似てきたなぁ、って」
    「似てきた?」
     ほら、とオーブンの方を指差せば、その先を見て理解したらしい。二つ並ぶ間抜けな顔のうちのひとつが、へら、と鏡越しに笑った。こちらも同じようにへにゃりと笑って見せれば、ホントだねぇ、と伸びやかな声が上がる。
     この世界へ迷い込んだ頃には到底味わえなかった、穏やかな時間が流れていく。初めは右も左も分からなくて慌ただしく過ごしていたというのに、今となっては自分もこの世界の一つの歯車となって、しっかり地に足をつけて生きているのだという実感がしていた。それもきっと、このひとのおかげなのだ。神出鬼没で、何にも縛られなくて、何事にも余裕で構えていて、一見興味なさそうなのに実は相手をしっかりと見据えている。自分とは全くと言っていいほど似ていない彼が居て、しかしそんなひとに興味を持ってしまったからこそ、自分がただ一人の人間として、この世界で当たり前の生活を過ごせるようになったのだと思うのだ。当たり前のように恋をして、その恋を実らせて。そして彼が生きる時間の中で、自分もその隣で確かに息をしているのだと、その実感がとてつもなく心配性だったこの心を宥めてくれたのだった。
    「先輩、何飲みますか?」
     モストロ・ラウンジで発注する茶葉の試供品をよくお裾分けしてもらうのだが、何せ一人で消費するとなるとかなり時間がかかる。グリムが飲むことも滅多にないので、気がつけばラウンジよりも沢山のラインナップがオンボロ寮に揃っているかも知れないな、と思うようになっていた。
     しかし、その質問への返答はなかった。あれ、と思って顔を上げると、彼は窓の方へ向いたまま固まっている。
    「先輩、どうし――」
    「外に、何か居る」
     あまりお目にかかることのない鋭い眼光が、こちらを向くことなく外の景色を見据えていた。短く静かに放たれた言葉からその集中度合いが伝わってきて、すぐに口を噤む。
    「離れると危ないかもしれないから、一緒に来れる?」
     こくり、と頷けば、一瞬だけふわりと笑った。余裕そうな風に見えるけれど、ほんの少し緊張の糸が張っているのがわかる。こちらを怖がらせないようにと配慮しているのか、それともそこまで警戒するほどのものでは無いのか。どちらかは分からないが、ひとまず注意するに越したことはない。
     談話室の方へと揃って移動すると、カサ、カサ、という落ち葉を踏みながら歩く音が微かに聴こえてきた。確かにその音は近く感じて、いくら鈍感な自分でも、寮のすぐそばに何かがいるらしいことを理解できる。ちらりと見上げれば、そこにいて、という目配せが返ってきた。もう一度こくりと頷くと、彼はこちらの頭をくしゃりと頭を撫でる。その感触に安心して、いつの間にかこもっていた力が身体から抜けていった。
     音もなく近づいた窓から、外を伺う。しかし何も見えなかったのか、古びた窓を努めて静かに開け、顔を出す。そして何かを見つけた――というような素振りがあったものの、彼は攻撃を仕掛ける事も無く警戒を解いたようだった。
     大丈夫と判断したのか、徐に彼はこちらに顔を向けて、手招く。そして自分も恐る恐る窓から外を見て、その光景に目を見張った。
     小さな少女が、ふらふらと寮の壁伝いに歩いていた。時折周囲を見回すものの、その背の小ささでは何も見えないのだろう。やがて疲れ切ったのかすとんと膝をつき、ぐす、という声が聞こえてきた。
    「先輩……」
    「うん」
     考えていたことは同じだったようで、そのままフロイド先輩は窓から外に降りた。そして驚かせないようにという配慮の上か、しゃがみ込む。
    「ねぇねぇ、どーしたの?」
     飛び上がる勢いで振り向いた少女は、転んだのか頬にかすり傷を作っていた。大きな瞳からは涙が伝っていて、しかし驚きのあまり呼吸すら忘れてしまったようだ。
    「わかんない、の……」
     ぐしゃりと表情が歪んで、一際大粒の涙がこぼれ落ちる。すると堰を切ったようにしゃくり上げながら、小さな女の子は泣き始めてしまった。
    「もう、大丈夫だよ」
     不用意に近づくのは危険だと分かりつつも、あまりに小さい背中が可哀想になってつい側へ駆け寄る。背中をさするようにして声をかければ、余程心細かったのか小さな腕が縋り付いてくる。身体はこれでもかという程に震えて、痛々しい。
     この学園はセキュリティが万全な為、一般公開をしていない期間は完全に外部とは遮断がされる。関係者や訪問許可の降りた者以外は、敷地内へ入ることなど到底できないはずなのだ。だからまさかこんな小さな子供が、と、不思議に思わずにはいられない。しかしひとまず帰り道が分かるまでは、保護せざるを得ないだろう。
    「ねぇ、お腹空いてない?ちょうどクッキーを焼いてたの」
     明るく声をかければ、肩に押し当てられた頭がこくりと頷いた。少しだけ気持ちが落ち着いて来たのか、ゆっくりと顔が上がる。
    「暖かい紅茶もあるから、一緒に食べよう?」
    「い、いいの……?」
    「もちろん!困った時は、美味しいもの食べるのが一番だよ」
     最初は戸惑っていたものの、やがて涙は止まらないながらも、へにゃりと少女は笑った。ポケットからハンカチを取り出して拭いてあげれば、小さなお礼が返ってくる。そのまま歩き出そうかとしたところで、それまで静観していた長身の男が小さな身体を抱き上げた。
    「ほっぺた怪我してるけど、他に痛いトコない?」
     急に変わった目線に驚いたのか、びくりと体を縮こませる。しかし包み込む温もりが心地よかったのか、やがてふるふると首を振って答えた。すると先輩は警戒を解いてしまっていたマジカルペンをもう一度握り直して、ふわりと一振りした。
     キラキラと瞬く淡い光が飛んできて、す、と少女の右頬を撫でる。彼女があっけに取られているうちに傷は塞がり、まるで何事もなかったかの様に跡形もなく治っていた。驚いた少女はぺたぺたと頬を触る。しかし何も違和感がないことに驚いて、自分を抱えている男を凝視していた。
    「ど、どうやったの……?!」
    「ん〜?魔法で治してあげたの」
     その言葉がピンと来なかったのか、彼女はキョトンとした表情で固まった。しかしぱちぱちと目を瞬かせると、その疑問が形になったらしい。
    「お兄さん、魔法使いさんなの……?」
    「うん、そーだよ」
     その表情が、ぱっと明るくなる。心細かった事も忘れて凄いすごいとはしゃぐ姿が年相応になり、それを見てようやく安堵の息が漏れた。あのまま途方に暮れた状態で過ごすのはあまりにも可哀想だったが、心からの笑顔が見られて杞憂だったようで一安心だ。
     もう一回、とせがまれて、今度はふわりと小さな光がいくつも浮かぶ。まるで宵闇に浮かぶ小さなイルミネーションの様なそれらが気に入ったらしく、再び少女は嬉しそうに眺めていた。
    「ふふ、体が冷えるといけないから、そろそろ中に入りましょうか」
     はーい、と二つの元気な声が返ってきて、つい笑ってしまった。ついさっき会っただけの二人なのに、ずっと前から知り合っていたかの様な仲の良さが不思議で仕方がないけれど、しかしどこか微笑ましくて妙に心地が良かった。
     再び寮の中へと戻れば、香ばしい香りが鼻をくすぐる。最後まで見ていなかったので不安だったが、幸い焦げた香りはしない。オーブンの蓋を開ければ熱気と共に、きつね色のクッキーが揃って顔を出した。一つを嚙って、その味に胸を撫で下ろす。その場のノリで美味しいものを食べればとは言ったものの、失敗していたらどうしようかと、ほんの少し気にしていたのは自分だけの秘密だ。
     大小不揃いのマグカップを、もうひとつ棚から取り出す。好みが分からないのでミルクと砂糖も多めに出して、途中でブランケットも脇に挟みながら二人の待つ談話室へと向かった。


     いつもは静かな空間に、控えめだが元気な声が響いていた。魔法使いさん、という呼び方が気に入ったのか、ソファに一緒に座っている男も楽しそうに話を聞いている。
    「お待たせしました、出来たてをどうぞ」
    「わ〜!!おねえさん、ありがとう!」
     さまざまな形を手に取りながら、これはハート、これはお星さま、これはお魚さん……と嬉しそうにしている。その姿を見て、自分も小さい頃はこんな感じだったのだろうかと何となく懐かしさが込み上げた。
    「紅茶は甘い方が好きかな?」
    「こう、ちゃ……?」
     まだ飲んだことがなかったのか、まん丸な目がマグカップを覗き込んだ。紅い水色は見覚えがないらしく、上がった顔がこてんと横に倒れる。その小動物の様な仕草が愛くるしくて、自然と心が癒されていく様だった。
    「ひとくち飲んでみる?熱いから気をつけてね」
     おずおずと受け取ったマグカップを大切そうに持ちながら、ふうふうと湯気を燻らせる。そしてひとくち口に含むと、思った通り少し顔が顰められた。
    「ふふ、お砂糖とミルク、多めに入れるね」
     やはり多めに持ってきておいて良かった、と思いながら、自分の好みよりも少し多めに投入する。そういえば小さい頃は甘いものが大好きだった気がする、と珍しく思い返しながら、丁度いい塩梅を想像した。
     はいどうぞ、と改めて渡し直せば、再び恐る恐る両手が添えられる。しかし次にあげられた顔は、満足そうにへにゃりと笑っていた。
    「美味しい!」
     その言葉を聞いて、ほっと安堵の息が漏れる。くすりと笑われた気がしてそれまで見ていなかった方を向けば、いつもよりも柔らかい笑みに見下ろされていた。普段は学内でも感情の浮き沈みに合わせて怖い顔をする彼だけれど、この一年で、少なくとも自分は見なくなった気がする。それよりも、彼らしくない気の抜けた笑顔を見る事の方が遥かに多かったことに気付かされてしまう。
    「ねぇ稚魚ちゃん。何て呼んだらいーい?」
    「ち、ぎょ……?」
    「あ、ごめんね。あなたのことを何て呼んだらいいか分からなくて。教えてくれるかな?」
     ぱちぱちと目を瞬かせた後、あ、と彼女はすこし恥ずかしがる様な素振りを見せた。
    「ユウ、です!」
     その音の並びに、思わず一瞬思考が停止した。え、という声は音にならず、ただ息だけが漏れる。名前を聞いてしまった手前自分も名乗らなくてはいけないけれど、どうにも頭が回らない。しかしそんな様子を知ってか知らずか、横から伸び伸びとした声が自分の名前を口にした。
    「あは、この子もねぇ、ユウっていうんだぁ。一緒だねぇ」
     そうなの、すごい、と目を輝かせる顔に一先ず微笑んでからちらりとそちらを見やれば、数刻前の様に目配せがなされた。その意味がどんなものかは分からなかったけれど、何故だか少しだけ大丈夫な気がしてくるから不思議だ。心細がっている子の前で取り乱すなんて、と、自分自身に喝を入れる。
    「そうなの、ユウっていいます。よろしくね、ユウちゃん」
     見知らぬ土地でも自分の名前が呼ばれて嬉しかったのか、彼女はまたへにゃりと笑った。
    「あ、あのね……お姉ちゃん、って呼んでもいい?」
    「同じ名前だと紛らわしいもんね。大丈夫だよ」
    「あ、えっと……そうじゃなくてね、その……」
     もじもじと言葉を探す様子は、恥ずかしがっている様な素振りの中にも、何となく困惑している様な、動揺している様な、そんな複雑な表情が伺えた。無理に教えてくれなくても良いよ、と伝えるものの、彼女は出来ればその気持ちを言葉にしたかったらしい。しかし結局それを上手く言い表す表現が見つからなかった様で、ただ一言、なんでかなぁ、と呟いた。
    「何て言えばいいか分かったら、その時に教えてちょーだい?」
     くしゃりと、男は悲しそうな顔をする少女を撫でた。もともと子供には優しく振る舞う事が多いけれど、目の前の少女が気に入ったのか、今日は特に甘い様だ。
     ふと、その顔がいつも自分に向ける様な表情をしていることに気がついて、ほんの少しだけ、ちくりと心臓が傷んだ気がした。右も左も分からない場所でようやく落ち着ける場所に辿り着けた少女を、怖がらせる様なことはあってはならない。しかし一方で自分の居場所が奪われてしまったかの様な、そんな気がしたのだ。小さな少女相手に嫉妬をするなんて大人気ない、と、呆れがため息となってこぼれ落ちた。
    「お皿、片付けてきますね」
    「うん、ありがと」
     焦る気持ちを落ち着けるために、一先ず賑やかな空間を後にする。
     いったい、自分はどうしてしまったのだろう。同じ名前の少女に困惑したり、嫉妬したり。見ず知らずの存在のはずなのに、何となく自分に似ている気がして、一方では遥かに自分よりも懐っこいその様子が憎めなくて、感情が目まぐるしく頭の中を駆け抜けていった。
     しんと静まり返ったキッチンが、何とも寂しく感じる。普段と何一つ変わらないのに、なぜか一人だけ取り残されてしまったかの様な、この世界に初めてきた時の感覚が甦った様だ。
     この世界に来る前の事を、自分は覚えていない。どんな環境で育って、どんな友達がいて、自分がどんな風に生きてきたかさえ、実の所分からないのだ。″ユウ″――ただ自分の名前だけは頭の中にあるのに、その実態は霞みがかった様に何も思い出せないのだ。一年という決して短くない歳月をこの世界で過ごしたもののそれが変わる事もなく、余計に薄れていく事の方が多かった。
     『色もかたちも一切の無』。闇の鏡に言われた言葉を、忘れたことなど一度もなかった。あれほど自分自身を的確に表現する言葉など他にないのではないかとすら思う程に、自分の置かれた状況を嫌と言うほど教えてくれたのだ。
     だからもちろん、元の世界に帰りたいという願望も、とうの昔に薄れていった。最初はもちろん帰るのが当たり前だと思っていたし、記憶にはなくても何となく帰らなければならないという本能が働いていたのだ。しかし肝心の帰る方法は相変わらず明確にならず、この学園で過ごすうちに大切だと言える存在がどんどんと増えていってしまったのだ。
     過去を知らない自分にとって、それが何よりも甘い蜜であったことは想像するのも容易い。帰りたいという願望も、確かな理由も把握できない自分は、騒がしくて温かい毎日に知らず知らずのうちに溺れていたのだ。そしてその世界の中で、かけがえのないものを見つけてしまったのだ。
     へら、と笑う顔が、頭をよぎる。
     いつの間にかその表情から目が離せなくなって、気がつけば手を伸ばしていた。そしてそれが、きっと自分をこの世界に引きとどめている一番大きな理由なのだ。
     彼のいない世界など、自分は生きられるだろうか。いつだって自由気ままで、執着するものも殆どなくて、気まぐれで、そうやって何もかもを楽しんで生きてしまう彼だからこそ、自分は惹かれたのだと思う。こちらが求めてもないのに面白いものを見せて、連れ出してくれて、笑うほどの迷惑をかけられて。でも気がつけば、心の底から笑っている自分がいた。暗闇で足元すらおぼつかない世界に彼はひょっこりと現れて、まるで月明かりの様に優しく手を引いてくれたのだ。
     今の自分は、果たして『無』だろうか。
     少なくともこの世界の自分が生きてきた道は確かに後ろへ続いていて、それはきっと誰も否定できない。元の世界へ戻ったらそれが全て掻き消えてしまう気もして、今では自分自身が必死にこの世界にしがみついているのかもしれなかった。
     洗い物が片付いて、ふう、と息をつく。水で悴んだ指先は赤くて、早く暖かいところへ戻りたい。先程はあれほど混乱していたというのに、やはり何かを片付けると思考がすっきりして心地よい。ぐっと伸びをして肩の力を緩めれば、もう心の中のモヤモヤしたものは薄くなっていた。
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    wui_albion9

    MAIKINGジェイ監♀、長編になるかな?と考えている小説の冒頭〜書けている部分の公開となります。

    ※完結予定時期は未定
    ※twstの世界観、魔法の歴史(魔法の成り立ち的な部分)、その設定に関しての捏造がございます。
    ※現時点ではネームレス監ですが、後々名前が出る可能性があります。

    少し推理モノっぽい風味が出せればなぁと思っているのですが、技量がそこまで到達できるかどうか…
    『幸せな終末論(仮)』 1.


     ――明日世界が終わってしまうとしたら、先輩だったらどうしますか?

     昨日の別れ際に彼女の口からこぼれた言葉は、いくら授業に集中しようとも頭から離れていかない。精密な魔法薬の調合をしていても、各国の興味深い歴史に耳を傾けていても、気まぐれな箒を操っている時でさえも、何だか妙な魔法をかけられてしまったかの様に脳裏に色濃くこびりついて、そしてその言葉が繰り返される度に何故だか鋭い痛みを伴って、心臓を薄らと切りつけていく。
     あの時、彼女の顔は見えなかった。暗がりで最後に見た背中はいつもと変わらず小さくて、唐突に伸ばしかけた手は届くことなく宙を撫でただけだ。その言葉の意味を正しく理解できないまま、しかしその言葉の裏側を知りたくて仕方がない気持ちを抱えたまま、ただひとりその場に取り残されていたのが昨晩のこと。
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