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    zeppei27

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    傭泥小説、「つづき」第4話、昨日の修正分も含んだ続きです。あともう少し!

    つづき #4 国、地域、組織、家族、人は生まれ育ちながら様々な社会に身を置く。母親から産まれる限りにおいて、一人で存在することなどありえまい。そして人は社会に応じて生き方や”常識”を覚えてゆく。だが面白いことに、個々人の思考は樹に生った木の実と同じく様相を変え、独自の価値基準を成熟させる。当人は意図せずとも、とどのつまり個人は個人に過ぎないということである。

     人は何によって動かされるのか?”常識”か、”個人的な価値基準”なのか、それとももっと原始的な――”感情”なのか。どんなに理性が持てる限りの判断で最悪だと断じても、すべてをかなぐり捨てても構わないと激情に身を任せるのは何故なのだろう。あるいは、それこそが”本能”なのかもしれない。

     クリーチャー・ピアソンは客観的にも個人的にも間違っていると知りながらも、自分の行いに至極満足していた。否、間違っているならば『荘園』に足を踏み入れた時点で自分は危険極まりない賭けに出たという時点で間違っている。法外な利益を得るためには道を踏み外してでも危険に身を晒さねばならないと承知していたからだ。例えば、人を害するだとか、命の危険に晒されるであるとか――そうした対価を並べた結果、このところ自分が守ろうとしたものは実にちっぽけだったと考えられるだろう。

    「どんな気持ちかな、サベダー君」

    うっかり笑い過ぎないように気をつけながら、クリーチャーはナワーブ・サベダーの部屋のベッドに腰掛けた。すっかり寝こけた部屋の主人は、ぐったりとしたまま四肢を鉄パイプに鎖で繋がれている。幼さを残した美青年を縛り付ける光景は、好事家が喉から手が出るほど羨ましがる程に完璧だった。オークションにかけたらばいくらで売れるだろうかと想像し、クリーチャーはすぐさま思考を取りやめた。ここに来るまで一ヶ月程苦労したのだから、なんとしてでも最後まで成功させたい。そうでなければ、虚しさで人生を棒に振ってしまいそうだった。

     眠れる青年の頬に触れ、まばらながらも髭が生え始めていることに笑みが溢れる。一応彼は子供ではないというわけだ。しでかした行いがとんでもない割には、涼しげで幼気な顔立ちのままであるものだから、ついつい未成年かと錯覚してしまいそうになる。久方ぶりに触れる肌を十分堪能すると、クリーチャーは躊躇いもなく頬を叩いた。

    「起きろ」
    「あ?」

    気だるげに瞼を開けたナワーブが、反射的に四肢を突っ張ろうとするのに合わせてクリーチャーはベッドから退いた。いくら鎖で繋がれているとは言え、余計な面倒を増やしたくはない。幸い、ベインからちょろまかしてきた鎖の強さは『ゲーム』の最中と変わらず傭兵一人を易々と抑えられるようだった。ビクター・グランツが小道具として持っていた手錠(彼はポストマンであるにも関わらず、何故か警官の衣装があるのだ)と無理やり接合したため、引きちぎられる懸念もあったのだが、クリーチャーの小細工はまだまだ現役であるらしい。抗うガシャンガシャンという鎖の音が賞賛のように響き渡る。散々暴れた後、ナワーブはようやくクリーチャーに目を向けた。

    「どういうつもりだ」
    「叫ばない程度の理性はあるんだな。まあ、叫んだところでここには誰もいないが。知ってるだろう、謎解きイベントの真っ最中だ」

    暗に逃げられないことを示唆したものの、ナワーブの精神状態にはさほど影響は及ぼさないようだった。彼が逆の立場なら、同じ頃合いを狙うとでも考えたのだろう。こちらは最新の注意を払って時期を選んだと言うのに相手は忌々しいほどに冷静で、久々に間近に会ったところで何も変わらないのかと罵りたい気持ちで胸が一杯になる。全員参加必須のイベントは唯一の機会だった。一世一代の賭けに出るほど自分はもう引き返せないところに来たというのに、この男は出会った頃のままなのだ。路傍の石がどうなろうと、捨てたものに興味はないという意味か。馬鹿にするにも程がある。

     感情を暴発させずに行動するには、冷静になるための訓練が必要だ、とエダ・メスマーは言っていた。深呼吸をして、それから数を数えて、自分が今一番何をすべきかを思い出して、それでもどうしても我慢できなかったらばその場を離れなさい。正直なところ、この手のことで医者の指示を仰ぐのはクリーチャーにとっては大変不本意な出来事だった。その労を取ってでも、今回の事案はやり遂げたかったのである。そのために頑張ったのだろう?深く呼吸をすると、クリーチャーは全身を震わせて身を楽にした。

    「私はね、やられたらやられっぱなしでいるのは性に合わないんだ。負け犬は惨めだからな」

    ふさふさとしたナワーブの衣装を引っ張るも、虜囚は唸り声ひとつあげずに冷めた目を向けた。確か『寄生』と呼ばれる衣装で、剥き出しになった肌にまで広がる真っ青な色は人でなしにピッタリの様子を見せている。魔法めいた衣装に相応しく、裸に剥いたナワーブに被せた瞬間、勝手に全てが整った時には驚きで声を出しそうになったものだ。自分には、ここまで自我を乗っ取ろうとするような衣装は用意されていない。果たしてまともでいられるものだろうかと不安も抱いたが、幸いナワーブはあくまでもナワーブのままであるらしかった。

    「俺にこの服を着せたのは皮肉のつもりか?」
    「どうだろうな。自分で考えると良い」

    もちろん皮肉に決まっている。嫌がらせはとことん突き詰めなければ意味がない。サイドテーブルに置いた注射器を手に取ると、クリーチャーは間髪入れずにナワーブの腕に刺した。突然の出来事に目を見張る様子は、初めて見る顔だった。年相応に可愛らしい部分もまだ残されている――この期に及んでも相手を可愛らしいと思う自分は全くどうかしている。

    「暴れるなよ。針が折れたら大変だ。ああ、練習はしてあるから失敗はしないさ。エミリーのお墨付きだ」

    そんなことよりも中身が知りたいだろうな、と唇の端が上がる。だが、わざわざ怪我を増やしてまでエミリー・ダイアーに治療方法の指導と道具の入手を仰いだのだから多少ひけらかしても良いではないか。大人しくなったナワーブの腕をなぞると、あの日見た長く深い傷にたどり着いた。奇妙な衣装を着たところで、彼の本質は変わらないのだと訴えているようでいじましささえ感じる。薬剤を投与し終えると、慎重に注射器を抜いてサイドテーブルに戻す。焦って失敗するわけにはいかなかった。

    「安心して良い。別に人を殺すようなものじゃない。君には死んでもらっても良いが、それじゃあ簡単すぎるだろう」
    「随分情熱的なんだね」
    「君も直にそうなる。さっきの中身は、ルキノ教授が開発した興奮剤だ」
    「は?」

    ルキノ教授ことルキノ・ドゥルギはトカゲになりたい人間か、人間になりたいトカゲのどちらかとしか言いようがない程に道を踏み外した人物である。彼は平気で自身に毒素を入れてあれこれ試している通り、薬剤の専門家でもあった。ならば、自身の体を強化するための薬の一つや二つ、用意しているだろうと踏んだのである。結果は上々、じわじわと熱を持つナワーブの腕に、クリーチャーはうっとりと笑みを浮かべた。

    「『こう言うのはお互い対等でやらないと楽しめないからね』、君が言ったことだろう」
    「……あんたは、嫌じゃなかったのか?」
    「今更それを聞くのか?」

    間抜けなセリフに頭がカッとなる。殴りつけたくなる気持ちは、相手の腕を掴む手に力を込めることで堪えた。自分は最初からずっと彼に抗議をし、馬鹿げた行いをやめさせようと力づくで抵抗しようともした。結果、こちらの意思を無視して骨折までさせたのはナワーブである。彼は一度もこちらの言い分に耳を傾けなかったどころか、『設定』だとか『演技』だとか、訳のわからぬ解釈で持って全てを捻じ曲げた。クリーチャーが嫌がっていたかどうかが、今更何の意味を持つと言うのか。こちらがどんな答えを用意しようが、ナワーブは自分の都合の良いように振る舞ったに決まっている。

     二人の関係は、一度も『対等』ではあり得なかった。勘違いが横行しているのはさておき、クリーチャーはナワーブが与える暴力に支配され、意思疎通のできない状況に狂わされ、夥しい快楽を与えられて情欲の奴隷に成り下がったのである。ナワーブは?ナワーブは少しも変わらない。最初に傷の続きを教えようとしたまま、彼は好き勝手にして弄び、飽きたように去っていった。もしかしたらば、今クリーチャーが手を尽くしたところで、やはり何も変わらないかもしれない。せいぜい出来るのは鬱憤を晴らすだけだろう。返礼は骨折だけでは済まないかもしれないが、クリーチャーにはもう失うものなどなかった。

    「……わからないんだ」

    不意に、ナワーブがか細い声を漏らした。まるで幼い子供のようなセリフに、思わず顔を見遣る。被り物で影になった瞳は頼りなく揺れているように見えた。

    「どう続けたら良いのか、わかっていたはずなんだ。あんたが望んでいるものも、どうしたら良いのかだって」
    「わかるわけがない」

    わかってたまるか、と吐き捨てながらクリーチャーはナワーブの頭を撫で、被り物を外した。殴りつけるよりも口付けたくなるだなんて、全く自分は狂っている。何もかもめちゃくちゃにしてくれた男だ、恨みこそすれ地獄への道連れ以外に望むものなどない、そのはずだった。今のクリーチャーには自分自身さえもわからなくなっていた。多分、ナワーブとてそうなのだろう。共感はすれども、クリーチャーは相手の望む言葉を胸の奥に押しとどめた。

    「私たちは他人なんだ」

    ナワーブが掲げていた『当たり前』はクリーチャーの知るものとはまるで異なる。多分、彼がそれに気づくことはあるまい。自分がこれから何をしようとしているか、わかった時に彼はどんな反応をするだろうか。ごくりと唾を飲み込むと、クリーチャーはベッドから退いて自分の服に手をかけた。

    ショーはこれからが本番だった。




     身動きが取れない。ナワーブは自分の行動に戸惑いを覚えてからというもの、情けないほどに何もできずにいた。クリーチャーに対する接し方を変えれば、もしかしたら上手くいくかもしれないが、所詮は表面上のものにとどまるだろう。彼の骨を折ったことについて謝罪をしてみたらばどうか?その先に待っているのは断絶だ。今の状況を好転させるには何をすれば良いのか、結局のところナワーブの経験と知識だけでは五里霧中のままである。

     と、なればまずは本でも読むかとも思ったが、残念ながらナワーブはこの国の本を滑らかに読み解けるほどの知識がなかった。お悩み相談は兎角面倒な単語を使いがちで、話すことはできても綴りまでは思い浮かばない。生きている本に当たることを思いついたのは、実に自然な流れだろう。読書室に足を踏み入れると、ナワーブは前置きなしに問いを投げた。

    「怖がらせた相手を怖がらせないためには、どうしたら良いと思う」
    「相談相手を間違えていないか。私は暴力性とは程遠い存在だ」

    書き物の真っ最中であったオルフェウスは、ナワーブの問いかけに大袈裟な仕草で応じた。『ゲーム』の時間以外は大概読書室に籠るばかりのこの男は、荘園において幽霊のような不可解な存在である。時折、他の人間が彼に寄り添う少女を見たという証言もあり、小説家だと名乗る彼の大時代的な様子も含めて浮世離れしていることはまず間違いないというのが住人たちの見解だ。要するに誰とも利害関係を持たない、唯一完全に中立的な存在と言えよう。おまけに小説家とは、ありうることもあり得ないことも、あらゆる可能性を描ける存在のはずなのだから、常識外れの事案を相談するにはうってつけだった。

    「どうだか。誰だって、一皮剥けば獣みたいなものだろう」
    「君の方がよほど小説家に向いているようだな。エッセイでも書いてみたらどうだ?回顧録は定期的に売れるぞ」
    「食い詰めたら考えておくよ。それで、あんたはどう思う?」

    詳しく事情を聞いてこようとしない態度は、ナワーブにとって素直にありがたかった。腕を折った一件を話せば、誰しもがクリーチャーのことを思い浮かべるだろう。彼との関係は知られても構わないが、相手は違う考えであるらしい。演技ではなしに羞恥心から拒絶される――こんなくだらない心配を自分がするようになるとは信じがたい――可能性は可能な限り避けたかった。

    「そうだな……ひとまず、距離を置いてみて、相手が気を抜くのを待つべきだな」
    「どれくらいの長さ?」
    「君が与えた恐怖の程度次第だ」

    どうせ君は命の危険でも感じさせたのだろう、と小説家が正鵠を射る。依頼を手短に済ませるため、クリーチャー以外には八方美人で接していただけに意外な発言だった。小説家とはあるいは他人の本質を見抜く力を持っているのかもしれない。与太話を持ちかける占い師や祭司、呪術師といった連中よりもよほど恐ろしいものを垣間見たような心地で、ナワーブは深く息を吸った。所詮は他人の想像だ、事実を知られたわけではない。息を吐いて、ナワーブはそれからどうするべきかを大人しく尋ねた。

    「そうだな、ほとぼりが覚めた頃に小さな親切や優しさで接してやることが一般的なやり方だろう。だが君には不向きだし、どうやら気も短いようだ。手っ取り早い方法は、相手が追い詰められた時にさりげなく助けてやることだな」
    「……それって、自分がやったと知られずに危険な目に遭わせるってことだよね」
    「ご想像にお任せするよ。私は可能性の話をしたまでだ。想像するのは自由だからな」

    非人道的な提案に、ナワーブは思わず舌を巻いた。涼しい顔をして、なかなかどうしてこの男は深い業を抱えている。そうでなければどうして荘園にまで出向いて来たと言うのだろう?常々疑問に思っていた(執筆のための取材が目的など信じられない)が、思いがけず本性を垣間見てようやく得心が行った。彼もまた、荘園に相応しい人物なのだ。

    「優しくするのは面倒だな」

    その場限りのものであれば難しくはない。何も考えずに、当たり障りなく振る舞えば勝手に相手が勘違いして動いてくれる。意図的に優しくするには根気が必要だ。確かに、オルフェウスの見立ては正しい。ナワーブは即断即決、無駄を嫌う、言うなれば気が短い人間なのだ。今、こうしてうだうだとした気持ちに出口を見出せないことが苛立たしくてたまらない。

    「それでも優しくしてみたいと君は思ったんだろう?」

    サリサリとペンを走らせながら、オルフェウスがなんと言うこともない風に呟いた。心持ち唇の端が上がった様子に、ナワーブは初めてこの男の人間臭さを垣間見たような心地になった。先ほどのドロリとした業とは異なる、ひどく暖かな感情はクリーチャーから消え失せた、ナワーブが奪ったものに他ならない。この男にも優しくしたい相手がいたのだろうか。光に反射する片眼鏡の奥はキラキラするばかりで読み取れない。

    「優しくしたいと思ったら、それだけの価値があるということさ」
    「身も蓋もない助言をありがとう」
    「どういたしまして」

    この不可思議な時間を経て、ナワーブは結局手を出しあぐねたままに逃げることを選んだ。東洋には三十六計逃げるに如かずなる、堂々たる戦略が存在すると聞き及ぶ。もとより荘園のスケジュールは全て把握していたものだから、クリーチャーと間近になるような時間を削るのは至って簡単だった。もちろん、他人に不審がらせるような隙を与えることもない。

     ただ、クリーチャーだけは気付き、苛つき、焦燥感を覚えているようだった。恐らく最初はナワーブの計略が読み取れずに警戒していたのだろう。すぐさま体を弛緩させることのない男にナワーブは密かに賞賛を送った。それでこそ自分が見込んだ、抜け目ない人物である。ナワーブは静観を貫き、それとなしに周囲から情報を得るだけに留めておいた。彼を手放すつもりはさらさらない。だが、一体いつまで逃げ続けるべきか見定められずにいた。

     がむしゃらに手を差し伸べたらば、ただ怯えを引き起こすだけだろうと思う。むしゃくしゃして、苛立ち、がっかりして何もかもめちゃくちゃにしてしまうだろう。骨を折るように、力を加えて捻じ曲げるのは簡単で、骨よりも脆い見えぬ形はいとも簡単に失われる。人間関係に興味を抱かぬナワーブとて、再び関係を作り上げることの難しさは理解していた――何より、壊したくはなかった。奪い、傷つけ、殺すことを生業にしている人間が!笑い話にも程がある。

     ナワーブが出方を伺っているうちに季節は次の月へと移り変わり、先週たらふく月餅を腹に詰め込まれたかと思えば、今度は腹ごなしの謎解きゲームをするのだとのお達しがナイチンゲールにより齎された。『ゲーム』は悠長に進んでいる。本当に進んでいるのか、どんどん後退しているのかは相変わらず手応えはなく、人々は泥沼の中で木切れを掴んで翻弄されるがままだった。依頼人からの新たな知らせは梨の礫である。

     普段の行動習慣から離れるため、催し事はいささか面倒だが断る理由もない。ナイチンゲールにより集められた玄関ホールでは、すっかり元気を取り戻したクリーチャーが(屈託のない笑顔が目に毒だった)フレディ・ライリーと軽口を叩き合って地図を弄っている。どうやらサバイバーとハンターの館、そしてその中間地帯である墓場に手がかりが隠されており、宝が待ち構えているという寸法らしい。ただ見つけるだけでなしに奪い合うこともできるのだと、高みの見物を決め込む存在は高らかに歌った。

     チームの振り分けは例によって四人一組で、くじ引きの結果、ナワーブの仲間はヘレナ・アダムスとウィリアム・エリス、そしてガンジ・グプタの三人だった。解読に長けたヘレナに、機動隊が三人配分されているのはいささか偏っているのではないかと思ったが、他人から奪い取ることもあるとするならば有利な組み合わせだろう。くじの結果としては悪くはない。

     最初に与えられた手がかりをもとに、ウィリアムが導いたのは訓練場だった。意外なことに、頭のてっぺんから爪先までラグビーが詰まった青年は謎解きが趣味であるらしい。とは言え、ヘレナの後押しがあって初めてガンジとナワーブは指示に従うに至った。

    「なんで信じないんだよ」
    「普段の言動の問題だろうな」

    存外冷ややかなガンジの物言いに、ウィリアムが沸騰する。今頃はクリーチャーもこうして言い争いながらイベントをこなしているのだろうか。彼のチームは確か、フレディとエミリー・ダイアー、カヴィン・アユソと有利とも不利とも言えぬ組み合わせだったと記憶している。訓練場にたどり着くと、『ゲーム』さながらに配置された小屋や板間などの馴染みの風景の中にクリーチャーの姿がチラリと見えた。どうやら彼らの次の手がかりも自分達と同じ場所――あるいは全く同じもののようである。

    「ナワーブさん、手伝っていただけるかしら」
    「俺にできることなら」

    しかし、残念ながらこちらの方が上手だとナワーブは確信していた。心得た様子でヘレナがトン、と白杖で地面を叩くとビリリとこちらも全身が震える。荘園の技術によって強化された杖は、振動によってヘレナに四方の景色を目が見える人間以上に見せてくれるという。探しものにはうってつけなのだと、いつぞやハッチの位置を当てたヘレナは朗らかに説明してくれたものだ。

    「あのY字の板の辺りに多分、何か落ちていると思うの」
    「わかった」

    ヘレナが指差す五メートル先、確かにY字の形に配置した板がある。自分が隠すならば板と板の間だろうか。この中で一番機敏だという自負もあり、ナワーブは電光石火で移動した。手がかりは他にもあると言うから、ウィリアムが考えてヘレナが確かめ、今度はガンジが動くだろう。悪くないチームプレーだ、と改めて評価した。このゲームのご褒美がなんであるかは興味はないが、良い暇つぶしにはなるだろう。易々と板間にたどり着くと、予想通りに小さな玩具のようなものが目に入る。奥に手を差し入れ、引き出そうとするとパッと脳天が痺れるようにクラクラとした。

    「先客が君とはついてないな」
    「っ、」

    クリーチャーの声がする。反射的に避けようとし、動いた先でふかふかとしたものに足先が触れる。柔らかな感触はそのまま落ち込み、奈落の底はもがく隙さえ与えずにナワーブを暗闇に引き摺り込んだ。痛みが走るかと思いきや、先ほど同様ふかふかとしたものが柔らかく自分を受け止めたばかりか、甘い香りが鼻先をくすぐる。目は相変わらず眩しさで涙が流れるばかりで役に立たない。

    「おい、しっかりしろ!」

    いけしゃあしゃあと叫ぶクリーチャーの声には確かに喜びが溢れていた。これは復讐だろうか。今更?それもこんな手の込んだ形で。命を奪い取りもせず、怪我もさせず、一体どんな腹積りなのかとナワーブはクリーチャーの甘さを笑った。段々と気が遠くなってゆく。どうせわからないならば、どこへ行っても同じだった。

    「『こう言うのはお互い対等でやらないと楽しめないからね』、君が言ったことだろう」
    「……あんたは、嫌じゃなかったのか?」
    「今更それを聞くのか?」

    次にナワーブが過去と現在を結び付けられたのは、仰天のショーが準備万端となった時だった。暗闇から頬を叩かれ乱暴に起こされ、ついで怒涛のように投げかけられる不条理と怒りとで考えがまとまらない。そうでなくとも、長らく触れてこなかったクリーチャーがそば近くにあることで自分がいかに我慢をしていたかを思い知るに至った。追い打ちをかけるようにして興奮剤を打たれたならば尚更で、この犯罪者は勘違いをしていると罵りたくして仕方がなかった。そんなものがなくとも自分は十分に機能できる――苦労するのはクリーチャーの方だろう。

     なんて手が込んだ罠かと思うと、ため息と共にうっとりとした満足感が胸に広がる。多分、あの懐中電灯は特別に改造したのだろうし、自分が落とされた穴はクリーチャーがなんらかの方法で準備をし、誘導した上で虜にしてくれたのだ。オルフェウスの話は半分正解だが、ナワーブの行動はなかなか良い手応えを得たようである。だから、素直に言葉を捧げることを選んだ。

    「……わからないんだ」

    興奮で声がうわずって仕方がない。自分の望みを叶えてくれてありがとうと感謝すべきかもわからなかった。

    「どう続けたら良いのか、わかっていたはずなんだ。あんたが望んでいるものも、どうしたら良いのかだって」
    「わかるわけがない」

    クリーチャーの叫びは血が混じるかのように苦々しく重かった。被り物を外され、真っ直ぐに見つめ合って息を呑む。彼の瞳に過るのは、怒り、焦り、後悔、寂しさ――そして紛れもなく情欲の炎だった。自分のためにそんなにも悩んでいただなんて!なんて可愛い生き物だろう。溢れ出る歓喜で身体中が熱を持ってゆく。興奮剤のお陰かどうかはさておき、今のナワーブは準備万端だった。

    「私たちは他人なんだ」

    悔しそうな呟きが悩ましくてたまらない。彼の言い分はもっともで、所詮自分達は他人なのだからこそこんなにも無駄な苦労をするのだ。手短に済ませたならば、いつぞや壊しかけたように無味乾燥とした虚しさだけが残るだろう。頷くのを押しとどめ、ナワーブは思わぬ好機を固唾を飲んで待ち構えた。炯々としたクリーチャーの目に背筋がゾクゾクと震える。

     喉から手が出るほどに望んだ、クリーチャー・ピアソンの姿がここにあった。
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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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