映画鑑賞『今晩空いてたら泊まりに来ないか?』メールを確認して手帳をめくる。レポートはもう提出したし、午後は講義も予定も入っていない。明日も午前中は休講の連絡があった。これ幸いと行ける旨を伝えるとすぐに『映画観たいのあったら持ってきな。パソコンとテレビ繋いでやるからでかい画面で観れるぞ』と返信が来た。
初めて泊まりに誘われた時も、一緒に観たくてお気に入りの映画を録画したビデオテープを持参した。孔さんは取り出したテープを前に目を丸くして「映画鑑賞ならポップコーンとコーラがいるな、コンビニに買いに行くか」とくしゃっと笑った。それ以来、泊まりの誘いと映画鑑賞はセットになっている。先日お邪魔した時にDVDが観れるノートパソコンを買ったと見せてくれた。最近はレンタルでも新作の映画はビデオではなくDVDが主流になってきている。東京はこんなすぐに最新のデジタル機材に触れる機会があってすごいな、と改めて思う。帰省したら両親にも教えてあげたい。
レンタルショップを出てすぐに「よぉ日車〜」と声をかけられた。声の方を見るとだぼっとしたスエットにサンダル姿の甚爾さんがひらひらと手を振っている。
「こんにちは」
「おす。何借りたん?エロビ?」
びっくりして慌てて首を横に振る。
「冗談だって。今日孔のとこ行くんだろ?俺からおふたりにちょっとしたプレゼント」
箱の入った小さな手提げの紙袋が差し出される。
「ありがとうございます…でも何もしてないのにプレゼントなんて…高価なものは…」
「いーのいーの、若者が遠慮しちゃいかんでしょ。日頃の感謝てやつ?是非あいつと一緒に開けちょうだい」
自分も若者なのに年寄りぽく言って背中をばしばし叩き、甚爾さんはさっさと人混みにまぎれてしまった。少し申し訳ない気持ちになったけど、孔さんと甚爾さんは長い付き合いだそうだし、きっとお互いの仕事とかで何かあったのだろう。ふたりにと言っていたし、まぁ実質はほとんど孔さん宛だろうと遠慮せず受け取っておこう。
チャイムを鳴らすと孔さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。飯は食ったか?」
「まだです」
言われて少し空腹を自覚する。
「だと思ったからピザ頼んどいたぜ。酒は?」
「ええと、お酒は少しだけなら…」
孔さんはニカッと笑ってロング缶のビールを小さめのグラスに注いで手渡してくれる。
「コーラもあるから欲しけりゃご自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
リビングのローテブルにはLサイズのピザの箱が置いてある。知り合ったばかりの頃に地元にはまだ大手のチェーンはなくて、デリバリーのピザを食べてみたいと言った事を思い出す。そんなもんでいいのか?ピザならレストランくらい連れてってやるぞ?と言いながらも、たしか広告が入ってたなとピザ屋のチラシを差し出してくれた事が懐かしい。
ビールを一口飲むと爽快な炭酸の反面しっかりと苦く、これをゴクゴク平然と飲んでタバコを吸っている孔さんはやっぱり大人だなと思った。
食事も済み、それじゃあ映画鑑賞始めるか映画は何借りてきた?と言われて、甚爾さんに預かっていた荷物を思い出す。自分でも思ったより浮かれていたのか、あやうく渡し忘れるところだった。
「禪院が?俺に?」
孔さんは怪訝そうに首を傾げる。
「日頃の感謝だそうです。ふたりで開けてくれって言ってました」
「ふーん?」
まだ訝しげに眉間に皺を寄せつつも、孔さんはガサゴソと袋から箱を取り出す。大きなリボンが結ばれたそれを開けると、何やら液体が入ったオレンジ色の蓋がしてあるボトルとタバコのような小箱が入っていた。
「……なんでしょうかこれ?」
わからなくて見やると、孔さんは絶句している。
「あの野郎…」
してやられたと苦虫を噛み潰した顔に不安になり、居た堪れなくなってしまう。タバコのような小箱には0.01と大きく書いてある。ニコチンの量とかタールの量とか新製品なのだろうか。よくわからずに狼狽えていると、孔さんがその小箱を摘んで目の前に差し出してくる。手にとって検分して、やっとそれが何であるかを理解して一気に顔が熱くなる。そして、本当に今この時初めて、最初に「泊まりにくるか?」と聞かれていた本当の意味を理解した。
「……なんてな。あいつの悪い冗談だ、間に受けんでもいい。さぁ映画でも観るか」
孔さんがパッと明るく言うけど、自分の浅慮と無知と厚かましさで顔があげられなかった。俯いているとわしわしと頭を撫でられる。
「気にすんな、まぁもうちょい大人になったら付き合ってくれ」
「………いや」
「ん?」
「…いや…ではないです………」
タバコを吸おうと指に挟んでいた孔さんはポカンと口を開けてそれをぽろりと落とした。
「子供扱いされていじけたか?」
首を横に振る。肩を掴まれグッと引き寄せられ目をつむる。いつも隣にいる時に感じるタバコの匂いがグッと近くなる。
「じゃあ……映画はやめていけない事するか?」
目を開けると孔さんの顔が鼻先まで迫っていた。小さく頷く。頬を撫でる手が顎を持ち上げると、ザラリと苦い煙の味がした。