「「は?」」
ポセイドンとベルゼブブは揃って同じ反応だった。
見開かれた眼は血走っているうえに瞳孔が開いているし、こめかみにはいくつも血管が浮いて今にも弾けそうだ。
どう見ても完全にブチ切れ顔である。
「もう、一回、言って、くれる・・?」
震える声でベルゼブブが問う。片腕を押さえつけてぶるぶる震える様はなんというかもう一人の自分を抑えるみたいな感じのアレだ。彼の場合は実際にいるので間違いではないが。
答えを間違えれば確実に殺られる。そんな空気をひしひしと感じた。
ポセイドンに至っては完全なる無である。光のない瞳がとても怖い。
だがそれを向けられた相手はわかっているのか、いないのか。
おそらく、わかっているが気にしていない、が正しい。
「ん?なんだ、聞いていなかったのか?」
隣でガクガクと震えている相棒の背を不思議そうに撫でながらあっけらかんと口にした。
「朕はこれ以上ないくらい懇切丁寧に抱いているから無問題だ!ハデスも満足そうだし、朕は夫の鏡ぞ!」
事の発端はポセイドンとベルゼブブの相手が人間であるがため、壊さぬよう気を遣うと言った愚痴もとい相談である。
ハデスがアダマスと仕事の話を始めてしまったせいで手持無沙汰になった始皇帝が二人の会話を盗み聞きし、隠れもしないので当然見つかって咎められ、ついでにハデスをちゃんと満足させているのかと二柱に問われたので先の言葉を告げたところ冒頭の反応に至った。
二柱は当然、ハデスが始皇帝を抱いていると思っていたのだ。それはそうだろう。
二柱にとってハデスは強く気高く、まさしく神の名にふさわしい神だ。そんな彼が自分よりも小さな人間に抱かれているなど思いもしなかった。
それが抱いているのは人間なうえに、かの神の夫宣言。キャパオーバーである。
「つまり・・・・」
「慍?」
「つまり・・・貴様、人間の分際で・・兄上を組み敷いていると?」
今だけは完璧でなくていい。どうか聞き間違いであると、冗談であると言ってほしい。
今ならまだ水に流してやる。そんな思いを込めたポセイドンの問いは呆気なく両断された。
「そういうことになるな!」
カラカラ笑う始皇帝に空気がズン、と重くなる。おどろおどろしい雰囲気を醸し出す二柱にアルヴィトが悲鳴を上げて始皇帝の背後に隠れた。
「「殺す」」
「ハッ!やってみるが良い!」
愉し気に笑いながら始皇帝が相棒に神器錬成を叫んだ。
「・・・いいのか?あれ」
「・・・まあ、死にはしないだろう」
あちこちを破壊しながら暴れまくる一人と二柱にアダマスが疲れたように溜息を吐く。
問われた兄はその光景に見向きもしない。書面を眺めながら、ふむと顎を擦った。
「こうなるの解ってて隠してたのか?」
「特段、教えることもなかろう。身内の閨事など居たたまれまい」
それはそうだが、事前にハデスの口から伝えておけばこうはならなかっただろうに。
アダマスとて気付いた時は愕然としたが、本神の口から聞いたのでまだマシだろう。
飛んでくる瓦礫の破片を砕きながら、後始末は己だろうかと胃が痛くなる。
ふと顔を上げたハデスが面白そうにアダマスを見た。
「お前は怒ってくれないのか?」
「ふざけろよ。どうせ兄者がやるっつったんだろ?」
「・・・・まあ、希望もあったしな」
アダマスの指摘に一瞬驚いたような顔を見せたが、あっさりと頷く。
その顔にはありありとつまらんと書かれているのが見えた。
ゼウスほどではないが、この兄も少々享楽主義のきらいがある。ようは面白ければまあいいかという思考。普段は真面目な癖にタチの悪いところで遊び心を出すのだ。振り回される方としては堪ったものじゃない。
「だからっつって、思うところがないわけじゃねぇぞ」
「ん?」
「兄者のことだから良い様にされっ放しでもないだろうが、それでも多少は面白くねぇ。でもあんたが許してるなら外野がとやかく言うことじゃねぇだろ」
その代わり、少しでも嫌なことされたら言えよ。ぜってぇ殺すから。
そんな風に真剣な眼で言われてしまい、ハデスはぽかんと眼を瞬いた。
「アダマスお前・・・いい男になったな」
「はあ?」
しみじみと、まじまじと見られながら告げられた言葉に素っ頓狂な声を上げる。
そんなアダマスに構わず、感心したように頷いていたハデスがふと目元を和らげた。
「少しばかりトキメイたぞ」
面白そうな顔で言うものだから、揶揄われたかと憤慨しかけるがハデスの笑みを見て力が抜ける。
ほんの少し目尻を染めた兄が心底嬉しそうに笑うものだから、何も言えずに片手で顔を覆って項垂れた。
(この誑しが・・・ッ!!)
遠くでドッカンガッシャン破壊音が響く中、この後始末は絶対兄にやらせようと心に誓った。