アバンの使途は師であるアバンを父としてたびたび兄弟のように例えられる。
長兄に一番弟子であるヒュンケル、長姉にして二番弟子のマァム、次兄に三番弟子ポップ、厳密には弟子ではないが次女にレオナを置き、末っ子に最後の弟子ダイとなる。
レオナとダイは順番的には逆なのだが年齢や性格もひっくるめてなんとなく末っ子にダイとなっているし、本人たちもそこは特に気にしていないようだ。
それをいうと全員が順番をあまり気にしていないのだが、とりあえず一番上がヒュンケルという点だけは共通していた。
とにかく彼らはよく兄弟に例えられるのだが、もちろん全員血のつながりは微塵もないし、何なら生まれも育ちもてんでばらばらだ。強いて言えば長兄と末っ子が似たような境遇であることくらいである。
さてそんな彼らであるが、最近どうにも違和感を覚え始めた者がいた。
三番弟子にして次兄のポップである。
正直なところ、ポップとしてはこの兄弟扱いはあまり歓迎できない。
何故なら兄弟扱いが定着してしまうと、ますますマァムから男ではなく、弟として認識されてしまうのではないかという危惧があるからだ。
ヒュンケルが長兄扱いされるのは良い。大いに良い。そのまま兄として妹として家族枠でいてくれればポップとしては言うことなしだ。仲が良すぎるきらいがあるが、兄妹の範囲を越えないのであれば許容しよう。嫉妬はするが。
だからヒュンケルが兄なのは文句ないのだが、マァムからの弟扱いは断固拒否したいところだ。
しかしマァムから弟扱いされるのが嫌なだけで他のメンバーとの兄弟扱いはまんざらでもない。
ポップは一人っ子だ。一人っ子だからこそ、兄にも弟にも姉にも妹にも憧れがあった。
その姉に恋するとは誤算だったし、妹があんなに気の強いはねっ返り娘であるとは思わなかったが、兄と弟に関して言えば実は理想通りであるとは口が裂けても言えないことである。
口では厳しいことを言っても全力でポップを支え、守ってくれる兄。
素直で無邪気でポップが泣き言言おうとも軽蔑せずに隣に立ち一途に慕ってくれる弟。
かつて憧れた兄弟そのものだった。
最も兄に関しては経緯が経緯であるし、何より恋敵であるので素直に慕えないのが残念なところだが。
ともかく図らずして理想の兄弟を手に入れたポップだったのだが、ここ最近それが揺らいできている。
無論、二人に何か不満があるわけではない。ないのだが。
何故か最近長兄ヒュンケルが末っ子と同レベルに思えることが多々あるのだ。
そう思うようになったのは本当に最近のことだった。
大戦中はそんなこと一片たりとも思わなかったし、むしろいつも年上の風格を以てポップたちを支えてくれるヒュンケルに頼りがいしか感じていなかった。
それが大戦が終わり、ダイが戻り、平穏な日々を過ごすようになってたびたび感じるようになった既視感。
「そうなのか。ポップは物知りだな」
これである。
こと戦闘に関しては叱責されるばかりで褒められたことなど数える程度しかないというのに、それ以外だと度々このセリフが出る。
なお叱責とはポップの自己犠牲に対していい加減にしてほしいという長兄からのわかりにくい嘆きと矯正への試みであるが、見事なブーメランのため今日まで聞き入れられた試しはない。
そんなこんなで素直な長兄からの賛辞に最初は得意げに鼻を鳴らしていたポップだが、ふと気づいたのだ。
これ、何処かで聞いたな?と。
「そうなんだー!ポップは物知りだよね!」
瞬間、ポップにライディンが走った。発言者は末っ子ダイである。何の話だったかは既に覚えていないが、久々に聞くセリフだったため思い至れなかったそれ。
デルムリン島を離れた当初、事あるごとにダイから飛び出ていたセリフだったのだ。
たとえばつい先日のことだ。
ポップはその日パプニカの蔵書にあった魔導書の解読に勤しんでいた。
だいぶ古いその蔵書は魔界由来の物らしく、当然のように全頁魔族の文字で記載されていた。
図解のおかげで大まかになら解るものの、微妙な言い回しやニュアンスに苦戦しているところにやってきたのがヒュンケルだったのだ。
ヒュンケルは人生の大半を魔界で過ごし、魔族の言葉を読み書きできる希少な人材であった。
これ幸いと解読ついでに魔族の言葉を会得しようとあれこれ質問しているうち、最初はヒュンケルがポップに教える形だったのだがそれが徐々に脱線していき、最終的には連想ゲームのようにまったく違う話に飛んで行ってしまったのだ。
それがちょうどヒュンケルの知らない分野、つまりは人間社会での常識や仕来りなどであったがために件のセリフが飛び出した。
「そうなのか。ポップは物知りなのだな」
「いや、物知りっつーか、常識っつーか、」
「・・・そうか。やはりオレはまだまだ知識が足りんな」
「いや、お前の場合は仕方ねーだろ。これから知ってけば良いだけだしな!」
ほんのわずかに陰った表情を見て、あえて明るく言ってやればヒュンケルの顔にも笑みが浮かぶ。
実際、人間社会のあれこれなんていくらだって挽回できる。本人のやる気次第だが。
「お前が、ちゃんと勉強したいってんなら、付き合ってやらなくもねーけどよ・・」
などと言って、ポップだって知っているのは一般常識程度だ。
日々人間社会で生活していれば自然と身に着くであろう程度のものにすぎない。
正直なところ、ポップは断られると思っていた。ヒュンケルは良くも悪くも他人を頼らない。いくら弟弟子とはいえ、そう簡単に教えを乞うような真似はすまいと。
だから―――
「ほんとうか?」
「へ?」
「人間のやり取りは不可解なことが多くて困っていたのだ。教えてもらえるなら助かる」
あっさりと受け入れられるとは思っていなかったのだ。
ポカンとしてしまったポップに、何を思ったのかヒュンケルの眉根が下がる。
「やはり、迷惑か?」
「全然!」
反射的に叫んだポップにヒュンケルの顔がぱっと明るくなった。
随分とまあ表情豊かになってきたことでと頭の片隅で思いながら、ポップは半ばやけくそに言い放った。
「一から十までみっちり教えてやるから覚悟しとけよ!」
こうして意気揚々と請け負ったポップは知らない。
何でも素直に聞くヒュンケルにいろいろと要らぬことまで吹き込んだ結果、後に大騒動を引き起こすことになろうとはまだ予想さえもしていなかったのだ。