夢主ズ幼児化 🦋📕視点 説明すると長くなるので細かいことは省くが、ウチのが子どもになってしまった。原因は、……恐らくこのふざけた部屋のせいだろう。
「『育児しないと出られない部屋』って何だ」
なにもない壁に書かれた脱出条件らしき内容に思わずため息が漏れた。
「えっ、と……クロロさん? だいじょうぶ?」
少女の不安そうな瞳に見つめられ、心配させないように大丈夫だと笑って返す。中身まで子どもになってしまったがオレのことはなんとなく覚えているらしい。
「自分の名前は分かるか?」
「……『大紫』?」
「それはファミリーネーム」
少々記憶の混濁もあるが、突然肉体と精神が巻き戻った副作用みたいなものだろう。
「今の姿なら、コムラサキだな」
「コムラサキ……ふふ、なんか可愛いです」
「可愛いのはお前だ」
「えへへ、そうですか?」
コムラサキは照れくさそうに笑った。これが大人になると素直に受け取らなくなるのだから困ったものだ。コムラサキの頭を撫でながら改めて目の前の問題に頭を悩ませる。
「というか、何でお前達までいるんだよ」
「それはオレが聞きたい。レニはどうなるんだ」
「気付いたらここにいた。クラウンは赤子に戻ってしまって念は使えないだろう。……それはお前達のところも同じか」
眉間にしわを寄せこちらを睨む男と恋人が赤子になったというのに冷静な男。まるで鏡を見ているかのような気分にさせられる。性格は多少違うが、本当にオレとよく似ている──正確には別世界の同一人物、らしい。
レニ、クラウンとは別世界に住むコムラサキの友人で前者は幼馴染、後者は別世界のクロロに育てられたと聞いている。
「待て、一人多いな。そのちっさい銀髪そのには……」
「ラズ。レニの双子の弟だ。直前まで一緒にいたから巻き込まれたんだろ」
レニ……さん(面識はあるが軽々しく名前を呼ぶような相手ではないので、一応こう呼ぶことにする。深い意味はない)の世界のクロロは足元で暴れるラズという少年に見向きもしない。
「姉さまをはなせ! このひとさらい!」
「やめろ。人聞きの悪いことを言うな」
「ラズ、クロロだよ」
それを見ていたコムラサキが不思議そうに首を傾げた。
「クロロさんの、兄弟?」
「断じて違う」
「お話してもいい?」
「待てコムラサキ。何が起こるかわか……」
オレから離れるなと言いたかったが彼女は叱られたと受け取ったらしく、小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
そんな顔をさせたかったんじゃない。
「オレがお前くらいの頃はもう少しワガママだったぞ」
「うん?」
その場にしゃがんで小さくなったコムラサキと目線を合わせる。
オレのことをなんとなく覚えていても「クロロさん」と呼んだり、行動する前に確認したのは育った家庭環境によるものだろう。厳しくも大切に育てられたコムラサキだが、他人に甘えるが少し下手だ。親の顔もろくに知らないオレがいうのもなんだがもっと気楽に生きればいいのに。
「少しだけだ。すぐ戻ってきてくれ。オレが寂しい」
「やった!」
元気な声で返事をすると、コムラサキは走って友人のもとへ行ってしまった。
「こんにちは。お名前は?」
「……ラズ」
「レニだよ」
「二人ともきれいだね。ほうせきみたい!」
あっちの世界のクロロはコムラサキを複雑そうな顔で見下ろしていた。懐かなかったラズも歳が近いコムラサキには少し心を開いたのか、三人揃って仲良く遊び始める。
「さすがに急に二人を相手するのは大変だったからありがたいが……なんだろうなこの敗北感は」
「言いたいことは分かるがそれは後だ。今はこの状況を一刻も早く解決したい」
赤子をあやしながらもう一人のクロロも首を縦に振る。その視線の先には楽しそうに笑うコムラサキがいた。
「『別世界と繋がる本』を持っていたり、こういう状況に一番詳しそうなのが子どもになってしまったのはキツイな」
「育児をすれば出られるのならなんとかなりそうな気もするが」
「育児を舐めるな!」
「ふぇ……うぅ?」
突然、カッと目を見開いた相手に思わずたじろぐ。赤子を抱えていうものだから余計に説得力がある。
「まず育児には終わりがない。どこからどこまでやれ、という指定がされてないのなら安心はできない」
「レニとラズは戻らない可能性もあるってことか」
「もしくは大人になるまでここで過ごすか」
それは、困る。他の世界のクロロとは違ってオレは大人になったコムラサキの幼少期を知らない。しかし、いくらまたとない機会といえど彼女が成長するまで今度はオレが待つことになる。絶対待てない。無理だ。
それにまず、食料や生活の問題もある。やはり一秒でも早くこの部屋から出なければならない。問題は育児とはどういうことか、だが……。
「あの、すみません! あかちゃん見てもいいですか?」
オレが悩んでいる間にクラウン(少女相手にちゃん付けは馴れ馴れしい気がするが、クラウンさんと呼ぶのも違和感がある)の世界のクロロの周りをコムラサキ達が囲み、彼の腕の中にいる赤子をじっと見つめていた。
「ああ、いいぞ。この子はクラウンというんだ。仲良くしてやってくれ」
「きゃあ。うぅ」
子どもの背丈に合わせて抱いていた赤子の顔を見せるとそれぞれから「わぁ」と声が聞こえた。
「可愛いです! お姫さまみたい」
「ラズ、あかちゃんかわいいね」
「はじめてみた……」
はしゃぐ姿も可愛いけど。
「コムラサキ」
腕を広げて彼女の名を呼ぶと「クロロさん!」と勢いよく飛び込んできたコムラサキを抱き締める。
「オレのお星さま、楽しかったか?」
「お友達がたくさんできました!」
「よかったな。けどそろそろ構ってくれないと拗ねる」
「えーおとななのに?」
オレの腕の中で笑うコムラサキに「そう。大人だけど」と返す。誰とでもすぐ仲良くなれるのは美点だが、彼女の視界に自分がいないのは落ち着かない。
「本当に、これではどちらが育児しているのか分からないな」
「ラズ、お前も抱っこしてやろうか?」
「いやだ!」
そろそろどうやってこの部屋を出るか本格的に考えないといけない。脱出条件が書かれた壁をもう一度見ると、その下にうっすらと扉らしき影が浮かび上がってきているような気がした。