それを人は愛と呼ぶんだよ 先輩は、特に横顔が綺麗だよな、と、改めて思った。
額からの鼻筋がすぅっと通っていて、尖った鼻先から薄い唇に下りるラインも短くて、そこからさらに進んだ滑らかな顎の線を辿ると頬下から耳たぶの元までするりと届く。
うんうん、睫毛がちな眉間近くからぴんと立った耳の先まで何のつまづきもなく辿れる形、どれだけ眺めていても飽きないなぁ、なんて、僕が頬杖つきつつ見つめていた、その先輩は、今の今までテレビに視線を向けていたはず、なのに──
僕がぼんやりと、なんども、その輪郭を辿っている間に瞳だけを、こちらにむけていたようだ。
「どうかしたか?」
「いえなにも」
ただ見つめていただけだ、だから嘘じゃない。のんびりとしたままそう答えたら、先輩は、ふふ、と声を漏らして唇の端を上げてから続けた。
「ならあまり見るな、期待してしまうから」
……期待?
「何を?」
聞くと、先輩はテレビに視線を戻した、ように見えて、さらにその向こうを見ているような瞳で言った。
「俺のことを、もっと好きになってくれるんじゃないかと」
その唇の小さな動きすら綺麗で、見惚れてしまったせいで、言葉を頭の中で反芻して、それから返答するのに結構な時間を使ってしまった気がする。
「足りない?」
付き合い始めた頃よりは、確かに甘ったるい時間は減った僕ら。元から無かった遠慮もますます減って、触れ合うのだって稀になった。
惚れた腫れたの時期を過ぎて、きっと今居るのは情と惰性の位置。
だけどそれでも、何の苦もないどころか安らげるのにはそれなりの理由がある。
それが伝わっていないのだろうか、それなら僕に問題がある、だから聞いた。
そうしたら先輩は、ぎゅっ、と、唇を噛んで、それから顔を背け、ながら、
「足りないな」
と、言った。
ああそうか。
それなら、僕が省みなければならない。
僕は満たされている、だけど先輩はそうではない、と、言うのならば。
悲しみ、寂しさ、焦燥、それから、不安。
一気に湧き上がったいくつもの感情に押し潰された胸ではうまく呼吸ができなくて、声を出せなかった僕に、先輩は気付いてない。こっちを見てすらいないのだから当然だ。
だけど──見えた、赤く染まっていく、耳先、が──
「きっと、一生、足りないままだ」
聞こえた、声は、何処か覚束なくて、拙い。
「今のままでも俺は、充分にお前に想われている、分かっているんだ、伝わるから。それでも、それでももっと、と求めてしまう、俺は自分でも驚くほどに強欲なようで、……ふふ、笑ってしまうな」
くつくつと漏れる笑い声。
「っくく、気にするな、俺が──」
「先輩」
ひらりと振られた手を掴んだのは無意識だ、だけど、それで良かった。
「こっち、見てよ」
「……」
ぐ、と一度押し黙って、ふた呼吸分時間を置いて、それからゆっくり、僕に向けられた顔。
それは久し振りに見る真っ赤なもので、微かに寄った眉間の皺も引き結ばれた唇も、全てが『気恥ずかしい』と訴えかけている。
先輩は特に横顔が綺麗だ。
それは間違っていない、だけど──
「大好きですよ。最初にあなたにそう伝えたときよりも、今の方がもっともっと」
そう告げながら見つめた、正面からの顔も、すごくすごく綺麗だし、
「ありがとう、俺も、大好きだ!」
今にも泣き出してしまいそうなほど目尻を下げた、先輩のきらきらした、僕だけを映している瞳も、ものすごく綺麗で──
僕は、そのあまりのまぶしさに眩んでしまいそうな目をどうにか薄く開けたまま、愛おしい恋人を抱きしめた。