家族(another side) 先輩は、よく先の話をする。
明日、来週、次の季節、来年、そして、いつかという見えないところまで。
その度に僕は、できたら、とか、そうなるといいですね、とか、返してきた。
そうすると先輩は、張り合いがないな、と肩を竦めていた。
だって分からないじゃないか、先のことなんて。
いつまでもふたりでこうしていられるとは限らない、出会いがあれば別れもある、こんな仕事でいつどうなるかも知れやしない。だから期待し過ぎないようにしないと、って、そういう僕なりの気の持ち方なんですよって、話したことも何度かある。
そうすると、先輩は今度は、何にも言わずに苦しそうに、少しだけ、目を細くしていた。
それから経たかなりの年月。
互いにそれなりの立場に就き、あの頃とは違う気苦労にさらされてはいてもなんの因果か幸運か、帰る場所は同じ。
交わすのは代わり映えのしない他愛のない会話、それでも、おはよう、おやすみ、いただきます、ごちそうさま、いってきます、いってらっしゃい、そんな当たり前の言葉を交わせる日々が有難いと思えていた。
そんな折。
「具体的な、未来の話をしよう」
と、先輩は言った。
今更、とは、思わなかった、思えなかった、その真剣な眼差しを正面から受けてしまっては。
「俺は自分の隊で、俺に勝るとも劣らない索敵能力に長けた者を育てた。お前の隊には、お前の眼鏡にかなう腕前の者がいる、ならばそろそろ、俺たちは、もう少しくらい、我を出してもいいのではないか?」
語りながら握られた手。
それはどちらも、あの頃のような瑞々しさなど、ない。
それでも──暖かさは、変わって、いない。
「俺は、お前と、共に生きたい」
その言葉の意味するところが、分からないような浅い付き合いではない。
「俺は近々、母に吸血鬼にしてもらう。だから、選んでほしい、お前に。
人として生き抜くか、俺と同じく吸血鬼になるか、それとも、使い魔に、なってくれるか」
先輩はそこで言葉を一度、止めて、
「双方に利点と障害がある、まず──」
と、言葉を続けようとしたけれど、
「知っています、貴方は、教えてくれていた、これまで、何度も」
僕は、それを止めた。
先輩は混血、吸血鬼側の親に血を分け与えられればそのまま吸血鬼になれる。
一方人間はそうはいかない、素質の有無、ともすれば傀儡、そうならないための下準備には期間が必要、その代わりの利点として各々が個として存在できる。
要は、永い年月の間で片方、もしくは双方に心変わりがあっても、道を違えて生きていける。
一方使い魔になるには然程の障害はない、成るための期間は個体によって差はあれど、元の性質が変わらないのだから。
代わりに、主から離れられないという制約がつく。
心変わりを是とするならば、永遠の別れ。
それが、利点と障害。
頭の中で反芻して、そして、それから僕は改めて先輩を見つめた。
その瞳は暗くて、そう、不安そうな、色で満ちていて──我慢がならなかった。
握られていた手を掴み返して引き寄せた。
間近に迫った金色、これが見られるのは後僅かだ、近いうちにここは、赤く染まるのだろう。
だけどそれもきっと、綺麗なのだろうな。
想像だけでうっとりしながら、僕は、言った。
「僕は、貴方の使い魔がいいです」
ぎゅっと縮まった金色。
先輩は、驚いていた。
「いい、のか?」
僕は頷いた。
「それが、いいんです」
先のことなんてわからない、その考えは今も変わっていない。
未来にどんなイレギュラーが待っているかなんて知れやしない、だけど、だからこそ──
「どんなときも、『一緒』が、いいんですよ」
死がふたりを分つまで、なんて、くだらない、死ぬときも一緒、それがいいんじゃないか、それができるなんて、最高じゃないか。
抑制なく笑った僕に、先輩も、目を細めてくれた。
今度は、苦しそうじゃなく、嬉しそうに。
その瞳は明るくて眩しくて、目がくらんで、思わず瞼を全部伏せて、笑みの形のままの唇を重ね合った。
──それからしばらーく、後の話。
「やっぱり片方だけでも昼間動ける方が、諸々の手続きなり金融関係なり、滞りなく動けていいですよね」
「……もしかして、だから使い魔を選んだのか……?」
なんて会話があって、じっとりとした半眼の先輩に弁解するのに一苦労だったのは、また別の話だ。