家族「生意気なんだよ! チビのくせに!」
こんな、こんな台詞を口にするのは何年──いや、何十年ぶりだろうか。
『大事な話がある』
そう言って家族を集めた兄が実家に連れてきたのは、かつて話に聞いていて、写真を強請ったこともある素敵な人。あの頃から歳を重ねても凛々しいその姿に見惚れるより前に、なんでこの人がここに、という疑問を抱いたけれど──それはすぐに解かされた、兄によって。
曰く、兄はもう随分と前から──それこそ私が写真を寄越せと詰め寄った時期とそう変わらない時から、その人と恋仲であったそうだ。
そして今日の話というのは、その人が近々お母さん──吸血鬼だ──の齎しにより吸血鬼になるから、自分はその人の使い魔になり共に永く永く、生きると、そういう内容だった。
絶句した。
他の家族もそうだった。
混乱した。
何を急に、と。
だがその空気にも兄の言葉は淀まなかった。
続いたのは──
『だからまだいくらでも働ける俺には何も残さなくていい、全てアミとその家族に託してくれ。それから、もう俺は今以上衰えないから始末が必要なことも全部任せてくれていい』
だった。
語られている途中で私は兄の隣にいる人を見た。
話に聞いていたとおりの美丈夫は、背筋を伸ばしたまま、黙って、そして神妙な顔つきをしていた。
なんだか、なぜだか、それが、私の腹の奥を煮え立たせた。
『急な話で悪いとは思ってる、だけど──』
並び立てられそうになった兄の言葉を、私は、遮った。
それは半ば叫び。
「生意気なんだよ! チビのくせに!」
部屋中の視線が、私に向いた。
「なぁにが『何も残さなくていい』だ なぁにが『任せてくれていい』だ そんなん、お前が! 赦されたいだけだろうがよぉぉぉ」
勢いでぶっ叩いたテーブルの音がこだました、私の絶叫とともに。
喉が痛い、息が早い、みんなどんな顔してる? そんなんどうだっていい!
「誰も反対しねぇよ お前が! 好いた相手と! 一生一緒に生きていきたいから、その手段を取ったから、っていうご報告に、誰が待ったをかけるってんだよ 家族だろうが それくらい信用しろよ 『イイ相手が見つかって永遠に仲良くやるし頭も身体もこれ以上老けないんで困ったことがあったらお任せなんだぜ〜⭐︎』くらい、こんな、こんなにおめでたい報告のときくらい調子乗ればいいじゃんかよー」
……熱い、身体中煮えたぎってる、でもスッキリした、特に、兄貴以上に目をまんまるくして、なんなら上半身を仰け反らせている美丈夫さんを拝ませてもらっちゃったりしたらさ。
「……っふふ、全く、人を呼びつけたと思ったらそんな話?」
立ち上がった勢いのまま、兄貴に言ってやった。
「おめでとう、……でもせいぜい覚悟しときなさいよね? アタシはひ孫見るくらい長生きしてアンタにオムツの世話させてやるから」
ふふんと鼻を鳴らすと、兄貴は──ようやく笑った。
「任せろよ」
なんて、言いながら。
ほんと、チビのくせに生意気。
だけど──
そのあとなんやかんやで家族みんなで──そう、これから家族になる兄貴の相手もご一緒に──あれこれ和気藹々と話しながら結局は丸く穏やかに場はおさまったし──
『ありがとうな、アミ』
なんて、しおらしくアタシに頭を下げる兄貴が、滲んだ視界に、見られたんだから──
アタシは満足だよ。
幸せになれよ、兄さん。