📛×👮♂️「あら実弘さん!今度うちに男の先生が入ることになったのよ!」
保育園にパトロールで顔を出すと、馴染みの先生がニコニコと教えてくれて、俺は正直少し安心した。
この保育園の周りは良く言えば住宅街の中の自然豊かな場所ではあるが、悪く言えばもし何か起きた場合、駆け付けるのが遅くなる。
一応周りは住宅街ではあるが、此処は共働きの家庭が多く、更に悪いことに、核家族が多い。
一応こまめに見回りをしてはいるが、派出所からもそこそこ距離があるので男手が出きるとなると、此方の心の余裕が少し出来る。
「へー!良いじゃないですか!」
「うふふ、私頑張っちゃったわ!来週から来てくれるから、紹介するわね」
ニコニコと優しそうな顔で笑う園長先生。
あの頃、藤の家紋の家で迎え入れてくれた頃よりももっとずっと優しく柔らかい笑顔に、自然と此方も笑顔になる。
このまま話をしたいところだが、この後の予定を考えるとそろそろ次に行かなければならない。
「園長先生、楽しみにしてますね。ところで、他に何か問題とかありましたか?」
「無いですよー。平和平和。良いことよー」
「お巡りさんが暇なのが一番だぁ。んじゃひさ園長、また明日」
「はいはい、また来てね」
今は切り火はされないが、園長とこっそりお部屋で起きていた子供が手を振ってくれるので、此方からも手を振って自転車に股がる
頬を撫でる風が気持ちがいい。
今日も一日頑張ろう。
昔と違い、はっきりと市民のために働けるのはとても気分がいい。
あの頃の自分のように全てを絶望した子供が産まれないように、匡近のように手を差しのべられる人間になりたい。
そんな決意をして交番勤務に勤しみはや10年。三十路を越えたが見た目はほぼ変わらなかった。
後輩も出来たっーか記憶のない玄弥にも会えたし、新しい関係も築けた。あと記憶のない匡近にも会えた。
御館、いや輝利哉にも会えた。
まだ生きておられるとは思わなかった。
でもよぼよぼでも子供や孫に囲まれて笑っている姿を見て毎回泣きそうになってしまう。
輝利哉は俺を見てまるで生前の俺と良く似ていると笑ってくれてた。
俺が俺であると気が付いて気を使われるのも何なので記憶の事は話さずに、実弘としていつもお話をさせていただいている。
ひさ園長も初めて会った頃には新任の園長だったが今は皆に信頼され、頼りにされる立派な園長になったし、男性の先生も今までの後藤先生が親御さんの介護の為、退職される事となり、今度は次の男性の先生が入られるらしい。
今日は後輩と新しい先生に会いに保育園へ向かっている。
「後藤先生の次の先生どんな人ですかねぇ」
「さぁなぁ」
異様にテンションの高い後輩に苦笑いを浮かべながらも、二人で自転車を引いて歩く
「にしても暑いっすね~まだ春なんですけどねぇ」
「そうだなぁ」
大正の時代も暑いと感じたが、今程ではなかったな。
暑いと言っても軽く扇ぐ程度でかなりマシにはなっていたからなぁ
「あー楽しみだなぁ」
「おいもう着くぞ。顔引き締めとけ」
「はい」
無事に保育園につくと、門のところから子供たちが此方を覗いている。
「おままりさーん!」
「おまわりさん!先生~おまわりさん来たぁ」
きゃあきゃあと可愛い声につい二人で敬礼のポーズをとってしまい、お互い顔を見合わせてぷっと吹き出してしまったのは仕方がないだろう。
門が内側から開けられて園内に招き入れられると、ひさ園長がニコニコと笑い、さよ先生が室内にパタパタと駆け込んでいくが、相変わらず彼女の声が大きく此処まで彼女の声がはっきりと聞こえてくる。
「姫先生!お巡りさんいらっしゃいましたから庭にお願いしまぁ~す!」
「はぁーい」
さよ先生の声の大きさに周りまでついつい大きくなるのはいつもの事だが、間延びした声に相手の男性も間延びした声で返すやり取りについに後輩が盛大に吹き出した。
「玄」
「いや、すいません。何か面白くて」
「素敵な先生なのよ~」
ひさ園長もほのぼのとニコニコと笑っているが、隣に立つ後輩の横っ腹を肘でつつくと、後輩が真っ直ぐ立ち直す。
全く、でも、昔のおどおどとした姿よりも今のような姿の方が数倍いい。
わいわいと最近のこの辺りの治安について会話をしていると園内からずいぶんと大きい、大き…
あれ?えっ?
あのでっかい人は悲鳴嶼さんじゃね?
額の傷は無くても、昔は白く濁っているだけだった瞳に黒曜石みたいな真っ黒な瞳があったとしても、なんて言えばいいのか分からないが、魂がこの人は悲鳴嶼さんだと伝えてくる。
「申し訳ありません。悲鳴嶼冥と言います」
「不死川実弘です」
「品川玄武です」
大きな身体、あの頃と違いにこやかな顔、楽しそうで、幸せそうで、泣きそうになってしまう。
あの頃は俺の方が若くて、悲鳴嶼さんの方が強くて。俺は彼に少し甘えた事すらあった。
何より鬼殺を大切にする彼がとてもとても好きだった。
強さ以外価値もない俺を甘やかす大きな手が最初はとても嫌いだった。自分がダメになるような気すらした。それなのに年単位で与えられるとそれが当然だと思ってしまい、褥を共にするような関係になってしまった。
その頃には自分の事も彼に知られてしまったし、彼の事を少しづつ知ることが出来た。
子供が嫌いと公言していたが、本当は子供が大好きなこともその頃に知った。
ただ、その関係が今で言う恋人なのかセフレなのかは正直良く分からない。
でも俺がそんなことを許したのは彼だけで、俺にとっては恋仲だった。
「先輩!どうしたんですか?急に無口になっちゃって」
「こんなに背の高い人は初めてなんで、驚いちまったんだぁ」
後輩の声に正気に戻る。
目の前の彼は無害な笑顔で首を傾けていたが、俺の言葉に顔を赤くしてフワッと笑って見せた
「あはは、確かに別に特別なことをしている訳ではないんですが、すくすく育ってしまいまして」
「マジっすか!?俺もなんですよ!先生何センチですか?」
「2m20cmです」
「俺は193で、俺でもでかいと思ってたけど、井の中の蛙でした」
二人が笑い合う姿に遠目から二人の姿を眺めていた時を思い出す。
「あのねヒロくん、悲鳴嶼先生はまだ社会人なりたてでね、ヒロくんしっかり先輩してあげてちょうだいね」
「ひささんに頼まれちゃぁ引き受けるしかねぇなぁ」
「流石ヒロくんねぇ、宜しくね」
「うん、まぁでも年が近い玄に任せると思うけどなぁ」
俺もひささんも二人で会話をするときはお互い下の名前で呼ぶようになったのはいつだったかちっとも覚えてないが、そのくらいの関係を築いている。
「それでも良いのよ。自分の事気にかけてくれる人がいるってだけで強くなれるのよ」
ひささんの笑顔にふと調子はどうだと何度も顔を出してくれた姿が眼に浮かぶ。
巡回の帰りに軒先からヒョコっと顔が此方を覗いて目が合うと少し照れ臭そうに笑うのだ。
最初は信用されていないのだとイラッとした。
傷をしたときなんて、普段は道から庭を挟んで声をかけるだけなのに、俺の血の匂いには敏感で、普段は踏み込まない庭をひょいと飛び越えて入ってきた彼に俺は眼を真ん丸にしてしまって、説教されながらも信用してないんじゃなくて、心配してるんだって気付いて心を許してしまったんだ。
「そーだなぁ」
「そーなのよ」
岩師弟が楽しそうに笑い合う姿に眼を細めた